『『深い森の入口にあるコテージで』の続きB』

(まえがき)

おととい書いた作品で4つのオチ候補がありました。きょうはその2つ目です。


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「差し支えなければ、どのような?」

「個撮ってわかります?首吊る社畜っていう需要あるんすよね」


にわかには理解しがたかった


「ど、どういうことでしょう…?」

「きょう時間あるなら、見ます?」


時間ならいくらでもある

売ってやってもいいくらいだ

もっともカネにも困ってはいないが…


きょうも男はその個撮とやらを樹海で行うという


男はスーツに革靴だが

私はハイキングウェアと登山靴で

後を追うことにした


数分歩いたところでふと我に返る

安易についてきてしまったが

危険はないのだろうか


その不安は払拭された

個撮なる老齢の私にとって耳慣れない言葉

個人撮影の略だという


ほどなくすると

男を待ち構えるカメラマンが

3人ほど手を振っているのが見えた


また社畜とは

私の現役時代にはない言葉であったが

いわゆる会社に飼いならされたサラリーマンを

家畜になぞられて自虐的に指すものであるという


ひとつ勉強になった


「じゃあ始めますかね」


そう言って

男はカメラマンたちが用意したであろう

立派な幹から伸びる一本の枝に寄りかかる脚立に

足を掛けた

手にはロープを持って


「ほんとうに、首を吊るんですか?」


心配した私が思わず問うと

どっと一同が笑い声をあげた


訊けば男はスーツのなかに安全帯を着込んでおり

手に持った”首吊り用のロープは”

あくまで見た目だけのものだという


言われてみれば

男の首に痣などは一切なかった

安心した


そこから小一時間に渡る撮影の光景は

正直趣味がいいとは言えない

異様なものだった


ただ間違いなく

この暇とカネを持て余した私を

刺激する何かがあった


「そうだ、あんたもやってみる?」


そういった誘いを

私は半ば期待していたのかもしれない


カメラマンたちも沸き立つ

男のような若者の首吊りも悪くないが

私のような老齢が演じれば

その悲壮感たるや


私はさっそく自宅からスーツと革靴を取り寄せた


約束の日時に

例の場所に集まる面々


私の心は

踊った


体験したことのない

高揚感


「さ、さ、早く早く」


促されるまま用意された脚立を登る


渡されたロープを首に掛ける


吊る


脚立が外される


あぁ


失念していた


安全帯を付けてもらっていないではないか


遠のく意識の中に聞こえる

感嘆の声


どうやらいい画が

撮れているらしい


ひとつ勉強になった










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