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『電話が途中で途切れたかを』
「あぁもう最悪だわ、先週の模試、数学でD判定」
「そしたら数学だけ講習追加で受けたりするんか?」
その問いかけに対して
Mは返事をよこさなかった
背後で鈍い音が聞こえたような
聞こえないような
無言がしばらく続いて
何回か俺も呼び掛けたんだけど
仕方なくそのときは
受話器を置いた
まだケータイもなかったから
Mの家に行くくらいしか
安否の確認手段はなかった
Mより一足先に大学に入っていた俺は
都会での生活を満喫していて
正直
勉強はしなかった
(いまの情けない身の上もこの頃が祟ってるのかな)
毎日が楽しくて楽しくて
盆暮れにも帰省せず
ただ
親友のMのことだけは
気にかかっていた
Mは現役の受験には失敗した
俺よりも偏差値の高い
というか
俺みたいな半端な私大じゃなくて
国立を目指して
地元で浪人
どうにも数学のスコアが伸びないという悩みを
俺は上の空で聞いていたところだった
そろそろ大学のツレが迎えに来て
繰り出す時間だったわけで
そんな生活を毎日繰り返していたから
世事にも疎かった
Mの住む地区が
地すべりで被害を受けて
無念なことになったのを知ったのは
あの電話での会話が途切れてから
ずいぶん経ったあと
俺が1年余計に学生を続けて
その翌年
社会人になってからだった
就職して初めて
親のありがたみみたいな
口に出して言えば気恥ずかしい感情を知り
夏休みに帰省したとき
母親から知らされたっていう
ただ母親はMとは面識がなくて
(高校の友達ってそんなもん)
あの辺りの地区に地すべりがあって
けっこうな数の家が被害を受けて
とだけ聞かされて
調べてみたら案の定
せめて線香の一本も
と思ってみても
問い合わせるアテがない
そうしてまた
月日が経って
もう両親も他界したから
実家は引き払って
帰省することもなくなった
Mはもしかしたら
被害にあっておらず
勉強を続けて
志望の大学に入って
そんなことを考えたりもする
SNSから通知が来る
信じられなかった
Mだった
安心なのか
驚愕なのか
思いに耽っていた矢先だったから
なおのこと
とにかく俺たちは
再会を喜んだ
近いうちに実際に顔を合わせようと盛り上がった
地すべりのことは直接聞かず
どうしてあの日
電話が途中で途切れたかを
問うてみた
「あぁ、愚痴ったら急に、おまえと会話してる時間無駄だなって思って」
おかげで二浪が避けられ
立派な職業に就いているようだから
まあ良かったのかな