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『「危ないからいつでもヘルメットを被っていなさい」』


 「危ないからいつでもヘルメットを被っていなさい」

 母のいいつけでというか強制的に、アタマをやっちゃうと危険だからという理由で、物心ついたときにはヘルメットを被せられていた。

 常に。

 自転車に乗る時なんかは被っている子も多いけど、そんなもの比べものでなくて、外出時は言わずもがな、室内でも被っている。もっとも外出時には、室内用に比べてより頑丈なモノを装着させられたわけで。

 食事のときも寝るときも、すべてヘルメット生活。風呂だって、ヘルメットのままカラダを洗って浴槽につかったのち、ようやくヘルメットを外して洗髪、髪を急いで乾かしたらすぐに洗い替えのヘルメットを装着するという流れ。洗い替えをきらしていたときなどは、僕の洗髪中に急いで母がヘルメットの洗浄もするなんて始末だった。

 そんな風に育てられた僕のアタマは、自分では気が付かなかったけど、すっかりヘルメットに馴染んで変形してしまったみたい。身体的な害はなかったのがせめてもの救いだと思う。

 学生のうちは、ずっとヘルメットを被っていて滑稽だと馬鹿にされたり、無礼だと叱られたりしても、母の助けもあってなんとかやり過ごした。実際、机の角にアタマをぶつけたこともあったし、ゴルフボールが遠くから飛んできて僕のアタマに直撃したこともあった。助けられたと言っていいだろう。

 しかし社会人になった矢先にやはり困ったことが、いや厳密には就職をしようとなった段で不都合が生まれた。それはもちろん予期できたことであった。書類で全部、落とされた。証明写真からして不自然なわけ。

 母は発狂した。なぜウチのコがと。それはそうだよ仕方ないよ、と見かねた父が慰めた。思えば僕のヘルメットのことに関して、父が口を開いたのは、少なくとも僕の目の前では初めてのことだった。ちなみに父も僕と同じようにヘルメットを被っている。それは母と結婚するに際しての条件だったようだ。

 話がそれた。けっきょく僕は就職をあきらめた。考えてみれば、父だって雇われ人ではない。いつもヘルメットを被っている珍妙なオトコとして社会を生き抜いている。

 父はヘルメットのメーカーと契約して、装着感や耐久性の性能試験を行っている。あまりの衝撃に首を折りかけて、何か月も入院していたこともあった。また別のときには、首から上がもげるのではというほどのG(重力)に耐えたとも言われている。あまり知りたくはなかったけど、そんな理由から父は陰でモルモットと揶揄されているらしい。

 でも僕は父を尊敬している。あんなに首が太いオトコは他に見たことがない。それにギャランティーも悪くないと思う。だって我が家の生活は標準以上。とはいえ、もうそろそろ体力的にも精神的にも父は限界だろう。

 だから僕が父の後を次ぐと決めた。父のやり残したあれやこれ。たとえば対戦車砲ミサイルの直撃に耐えるとの噂の(あくまで噂の)、新商品の性能試験。そんなのも若い僕ならきっとこなせる。きっと世の中の役に立つ。

 僕の人生、もしかしたら他にも良い選択肢があるんだろう。だけどヘルメットのせいなのか思考回路はすっかり停止してしまって、他のアイディアが浮かばないんだよ。

 母はなんだかんだで、そんな僕を応援してくれるみたい。とても誇らしい気分だ。ちなみにそんな母は、髪が乱れるからといって、絶対にヘルメットを被らない。















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