『百も承知です』
ワタシは世界的に名の通った
ラグジュアルブランドで働いてる
都会のど真ん中のショップで
花形の販売員として
きょうもいらっしゃった
お得意様の
X山ご夫人
今回はご主人も引き連れて
いっそうお買い物に
お気持ちが入っていらっしゃる
ドアマンが重厚な扉を開けて
お迎えする
ご夫人はいつもそこで
決まってビンタ
ドアマンをビンタ
屈強な体躯から
微笑みを返す
我らがドアマン
続いてご案内するのが
ワタシの役目
つま先をグイッと
踏みつけられるのは
お馴染みのことで
ご夫人に
この夏の新商品の棚に
ご足労いただく
どうやらご主人のほうは
いつものとおり
気の合うドアマンと
ラグビー談議のご様子
ご夫人は
鮮やかなワンピースをお手に取って
舌打ちがかすかに聞こえる
続いてご覧になったのは
機能美を兼ね備えた
エナメルのヒール
あるわよね?
とは
ご夫人のサイズにぴったりの
在庫があるかどうかの問い
用意していないはずは
ございません
「あぁあーーー見てられねぇな!」
ワタシはご夫人の接客対応で
まったく気づいていなかった
先程までドアマンと歓談なさっていた
X山様のご主人はいずこへか
ショップの入口から
大声を発したのは
普段お見かけしない
小柄な老…
ご老人…
大変失礼ながら
当店には
あまりにつかわしくない服装と
ご容貌で
「おまえも偉くなったもんだなぁったく!」
X山様のことを
ご老人はご存じのよう
「どんだけ成りあがったか知らんけど!」
いっぽうご夫人はわれ関せずと
ショッピングをおたのしみに
「人として大事なものを失ったなぁ!」
ご夫人は
ご老人の大声に
いっさい困惑する様子もなく
この新作の棚を全部頂戴と
”いつもの通りの”
ありがたいお言葉
「なぁ店員さんよ、それでいいのか?」
ご老人はどうやら
ワタシのことを指していらして
「さっきなんて背中に唾吐かれてたぞ!」
そんなことは
百も承知です
ワタシの営業成績
ワタシのノルマ
どれだけの数字が
X山様に
助けられていることか
ご夫人のお買い物を
お包みする隙に
ドアマンの後輩に命じて
小柄で大声のご老人には
お引き取りいただきました
すみませんが
そういうことなんです