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『誰に感謝したらいいのかわからないけど』


モノレールには人身事故がないから良い

その代わりに

台風などの影響は多いものの


転勤を命じられた先の

会社の借り上げマンションは

最寄駅がモノレールだった


高所恐怖症の僕にとっては

死活問題


たまに観光目的の親子連れなどが

良い景色だなどと言っていると

こっちの気も知らないでと

不条理な怒りが込み上げてくる


自転車通勤をしようかと思ったけど

真夏の暑さや

大雨へ立ち向かう意欲はなく


ちょっと不便にはなるけど

マンションから出て

モノレールの駅とは反対方向に

地下鉄の駅がある


それはそれで

閉所恐怖症でもある僕は

嫌なんだよな


ふつうに地上を走る

電車で通いたいんだよ


いつかこの高所に慣れる日が

くるんだろうか


まいにち

プラットフォームに着いても

絶対に下を見ないよう気を付ける


幸いホームドアが完備されているから

少しは気がまぎれて


そんな生活を始めて

そろそろひと月


毎朝同じ時刻に乗る

僕と同世代の女性


今朝は彼女と僕が

隣どうしになった


僕が座ってから

彼女が隣へ


実はこのモノレールで

いちばん怖い箇所があって


切通しの間を進んで

それがパッと開けて

街の上を高架で走る


その瞬間を絶対に見ないように

僕はまいにち目を閉じるんだけど


きょうは隣の彼女が気になって

僕はずっとチラチラ見ていた


そしたらなんと驚いたことに

彼女はきっと僕と同じ

高所恐怖症


なんせ僕と同じように

切通しの終わりに差し掛かる頃に

ぐっと目を閉じて

しばらくそのまま

次の駅に着くまで


なんだか僕は

とても高揚して

勢いあまって

彼女に話しかけてみた


「ここ、怖いですよね」


はいとか

えぇとか

無視とか

あるいはビンタとか

それならどれだけ

よかったことか


返ってきたのは

あまりにも想定外の返事


「この切通しの端から、彼氏が身投げしたんです」


だから供養のために

ぎゅっと目を閉じて

祈るんだって


そんな重々しい話を

いきなり聞かされた僕は

何もリアクションが出来ず


それからなんだか

僕の恐怖症なんて

たいしたことないって感じはじめて

すっかり景色を

楽しめるようになりました


誰に感謝したらいいのかわからないけど


その日以降

彼女とはたまに食事をしたり

遊びに出かけたりして


つまりその

交際が始まって

もうすぐ入籍することになりました


もう彼女は

モノレールのあの切通しの場所で

目を閉じません


それはそれで

どうなんだろう

まぁいいか









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