『係員と男』

男は戸籍を抹消したいと申し出てきた

そんなことはできないと係員は答えた

男は窓口に肘をつき

梃子でも動かないという姿勢を取った

係員は眉間に皺を寄せて

迷惑ですからお次の方どうぞと呼んだ

じゃあと男が口を開いた

じゃあなんなんですかと係員は問うた

男は囁くように窓口越しにこう言った

俺はこのあとこの街で

史上類を見ない悪事を犯す予定だと

じきに気づくだろう

あのとき戸籍を抹消しておけばと

そういい残し男は窓口を去った

やれやれと係員は次の対応に移った

しばらくしてテレビの臨時ニュース

ひとりの男が

この街のあらゆる場所に火をつけ

モノを破壊し

ヒトを殺めたという

おそらくただ一人

予告の事実を知っていたであろう係員は

戦慄した

あのとき戸籍を抹消していれば

そうしていれば

あいつは犯罪者ではなかったんだ

あいつは人間ではなかったんだ

あいつを生かしておいたのは

わたしの責任だ

やがて男は逮捕され

役所の戸籍係に身元の照会が入った

係員は慌てながらも

思いついた

男の戸籍を抹消してしまおうと

照会システムにログイン

ところがそこに登録されている戸籍の全てが

何者かによってすでに抹消されていた

警察は戸籍抹消の件まで

先に逮捕した男を疑った

ところが男は容疑を否認した

男の胃袋では

飲み込まれたフロッピーディスクが

いまも疼いている

係員の身は

保たれた

(あとがき)
なんとなく実際の事件にインスパイアされてますねそんなもんです
※アップ後タイトルを『係員』から『係員と男』に変更