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『その晩ただ一人の宿泊客は』


おんなひとり

高原のコテージでキャンプ


他にひとはいないから

妙な心配や気遣いは無用

反対に

獣や災害が

ちょっと怖いけど


そろそろ眠りにつこうかなって

夜空を見上げたら

偶然にも

流れ星を見つけた


その流れ星は

わたしに

いっしょについておいでと

呼びかけている気がして


一瞬のうちに

地平線の先に消えてしまったけど

わたしは

その流れ星に引かれるままに

ふらふらと

歩き出したわけ


靴も履かずに

コテージを抜け出したから

夜露に濡れた芝生で

足元はひんやり


視界にはひたすら

野原がひらけていて

そういえば

昼間ここへ来たとき

どんな風景だったかな

思い出せなかった


とにかくわたしは

ふらふらと

着の身着のまま

流れ星の落ちた方向へ


眠気に襲われて

夜空におやすみを言おうと

ふっと見上げただけなのに

なぜだかいまは

すっかり目が冴えて


水辺についた

ちょっとした池や沼かと思ったら

もっと大きな

湖のような水面みなも


月夜の晩に映える

真っ白なボートが一艘

わたしの目の前に


漕いでいるのは

見覚えのない

老紳士


「お嬢様、お迎えにあがりました」


どうやらわたしは

どこかの令嬢で

この老紳士は執事みたい


タキシード姿で

オールを漕ぐ姿は

少し滑稽


執事は立ち上がり

わたしに向かって手を差し伸べ

ボートへいざな


「お嬢様、夜が明けてしまいますよ」


そんなことを言われても

わたしはただこの高原へ

キャンプにきた一般人


あぁそっか

これは夢だね

夢だ


いつのまにわたしは

ベッドへ潜り込んで

眠りに落ちていたんだろう


執事に出迎えてもらえるなんて

わるい夢じゃないから

いいかもね


--


流星群がこの晩

列島各地に降り注いだという

めずらしいニュースが

翌朝のヘッドラインを飾った


幸いにも

全国でひとりとして

死傷者はなし


唯一の被害は

とある高原のコテージ


とはいえ偶然にも

その晩ただ一人の宿泊客は

外出中だったとのことで

難を逃れたそう


--


老紳士の夢のなかにいたら

背後でとんでもなく大きな音


コテージのほうだ

って

焦って戻ったわたし


大きなクレーターは

おそらくコテージの跡地


ええっと

わたしのお財布も着替えも

それから朝まで

どうやって過ごしたらいいの


スマホもないし

どうしよう


もういちど湖のほうを

振り返ってみても

もう執事はいない








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