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『素敵なテニス仲間を持っているようで』


ちょうど南にひらけて陽光が差し込み

眼前の池がきらきらと眩しい

その池を挟んだ向こうの小高い丘は

白樺の林で隣家とのほどよい目隠しになって


午前中はどうしても瞼が重い

頭も冴えずぼうっとする


すでに書き溜めた原稿があったから

それを吐き出すことで今日は事なきを得た


妻は仲間とテニスに出かけたみたいで

おそらく夕方までは帰宅しないだろう

いつも私に一切の断りもなく

勝手に出かけてしまうのが不満だが


いっぽうでどこどこへ行くなどと

いちいち報告されてもたまらないし

ましてや一日中同じ屋根の下で

過ごすほどの距離感ではもはやない


あぁ午餐をどうするか

とくに腹も減っていないんだが


あぁ〇〇さんにあの件で電話を入れないと

たいした用事じゃないがおっくうだ


そうこう考えている間に睡魔は私の意識を奪い

気づけば日が暮れていた


池を縁取る照明のあかりを頼りに

この部屋のあかりをつける


「あなた、お誕生日おめでとう」


妻の笑顔と豪勢な手料理

いつのまに


私が下戸なのを知っていても

なぜかシャンパンまで


こんなサプライズ

始めてじゃないか


「ところでね、相談が」


あぁやっぱり来たか

まぁ聞くだけ聞こう


「最近SNSを始めたから」


あぁなんだか言ってたな

若者ぶって


「表向きだけでも、仲良くしましょうよ」


いまさらそんな必要があるか

別に不仲の評判があるでもなし

私の作家業にもさして得がない

そんな言葉を返した


「違うのよ、違うの」


普段よりもなんだか

歯切れが悪い


「テニス仲間の男性に言い寄られちゃって」


夫婦円満なところをアピールすれば

相手は引き下がるだろうとそういう目論見


そういうことであればまぁ協力するよと

しかし我が妻なかなかやるではないか


「あぁそれでね」


まだ何かあるのか


「庭の池を埋めてテニスコートにしない?」


また急にバカげたことを

なぜにと問いかけた


「言い寄ってきた人があまりにしつこいから」


その男とうちの庭と何が関係するんだ


「ついラケットでね、頭を…」


打ちどころが悪く男は絶命してしまったという


「他の仲間に手伝ってもらって、いま池に沈めてあるの」


素敵なテニス仲間を持っているようで

よかったじゃないか


「それであなた、隠蔽トリックをお願い」


私へのサプライズは

そういう魂胆か























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