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原民喜「椅子と電車」

本日は原民喜「椅子と電車」を朗読しております。

ラストの男のつぶやきに、全幅の共感を私は抱いてしまいます。
特に「止まることのない電車」というのはステキ。
比喩ではあるのでしょうが、私なんぞは現実的に、心地よい天気の日に心地よいゆれに体をゆだねていると「このままずっと乗っていたい。どこにも着いてほしくない」(笑)と思うのであります。

小学生のときの夏休み。東京から2時間ほどの伯母の家に泊りがけで遊びにいくことになりました。それ以前に伯母の家にいったときは父か母といっしょでしたが、そのときは初めて、ひとりで向かいました。

電車に乗ってかなり経ってから、私は気づきます。いつまでたっても目的の駅に着かないし、途中過ぎていく駅名もなんだか聞き覚えがない…どうやら、間違った電車に乗ってしまったらしいことに。

けれどそのとき私は、不安というよりはどこかワクワクしながら、車外の見知らぬ風景を眺めていました。ずっとずっと、このマチガイ電車に乗っていたいなと思っていたのです。
でもさすがにそれはマズイだろうというぐらいの分別はあったので、途中下車して駅員さんに質問をし、目的の駅にいく経路を聞き、だいぶ遅くはなりましたが、伯母の家の最寄りの駅までたどり着きました。

家で待っているはずの伯母が、改札口に立っていて、私の姿を見つけほっとした表情になるのを見て、私は、しまった、と思いました。
スマホなどない時代でしたが、公衆電話かなにかでも、事の経緯を、自分の家か伯母の家に、連絡しておくべきだったのです。
伯母の家に着いて、自分の家に電話をすると、案の定、母にこっぴどく叱られました。

しかし私はいまでもおぼえています。
あのマチガイ電車にゆられていたときの、すべてから解放されたような幸福感を…。

原民喜の作品はほかに「青空の梯子」「気絶人形」も朗読しております。
あわせてお楽しみいただけましたら幸いです。