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第39話:妄想

 やるべき具体的行動を確認し、それをただただやっつけ仕事よろしく実行することにより、事は万事、予定通りに進む。
 さてその後、幸太も交えて改めてメイコと話をする機会を持った結果、満場一致で介護の相談をすることに決まった。
 思いの外スムーズに進むと、しのぶの悪い癖が、ひとりでに闊歩し始める。
 しのぶはぶっこちゃんを家で自分が見る気でいる。世間ではデイサービスを活用すると良いような話も聞くが、ぶっこちゃんが自ら行きたがるとは思えないし、自分は専業主婦なのだから時間はいくらでも提供できる。何より、しのぶ自身がぶっこちゃんと一緒に居たい気持ちが強かった。それは決して育ててもらったお礼とか感謝という意味ではなく、今一緒に居ないことを選択したら後悔する気がするからだ。あまり考えたくないことではあるが、そう遠くない未来に必ずぶっこちゃんはいなくなる。若しくはまだまだ先かもしれないが、年老いていくぶっこちゃんを見ていると、そうした時間の経過を考えないではいられない。今元気な内に、少しでも一緒に居たいと思うのだ。そして、それが許される状況なのだから、そこは周囲のみんなに感謝しかないとしのぶは思う。
 ヘルパーさんに助けてもらいながら自分がキーパーソンとなって今までのようにぶっこちゃんと過ごす。この先、ぶっこちゃんの妹を家に誘ってみたら遊びに来るかもしれないな。また、他の人にも声をかけたら遊びに来てくれるかもしれない。その内に、近所の子どもたちが、ちょっと寄ってくれたりして、家に上がり込むかもしれない。私は笑顔で歓迎するのだ。子どもは、冒険心で無邪気にやってくる。また、その母親なんかが、お世話になってますーなんて言ってやってくる。そうしている内に、我が家が誰でも来られる集会所になるわけだ。ぶっこちゃんは賑やかなのが好きだから、たいそう元気に笑うだろう。
 ……とまぁ、このくらいまでお風呂で思考して、またやってしまったと思ってしのぶは頭を振った。
 思考の飛躍は確かに楽しい。がしかし、しまったと気付かねば、えらいことになる。現実をちゃんと見つめねばならない。
 時々夢見がちになって困る。そう、ちゃあんと、現実を見るのだ。でないと、つまづく。
 風呂から出て「老子」を読んでみたが、なるほどと思うところもありつつ、半分以上はしっくりいかないなと思った。少々眠いせいもあるかもしれないが、まぁ教えなんてそんなもんだ。
 冷蔵庫から炭酸水を取り出して棚にあるウイスキーでハイボールを作った。
 やはり人は、共感したいんだよね。
「だよねー、そうそう」って話せると、すごく楽しくなるもんな。
 くいっと一口目が最高に美味しい。
 ふと、台所の開いた扉のところにぶっこちゃんが立っているのに気付く。
「どうしたん、こんな時間に」
 しのぶが言うのでぶっこちゃんは時計を見た。が、首をかしげる。
「えらい針が多くてわかりにくいわ」
「一本やったらわかりやすいのになぁ」
 共感、してみた。
「そうや、私は一本針で……」
 そうつぶやいて、そのまま去ってしまった。
 共感、してくれる支援者さんに出会えるだろうか。表面的に合わせるのではなくて、正面から向き合って、心から寄り添ってくれる支援者さんに会えるかどうか、そこが重要だなとしのぶは思った。

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