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ロードオブザクッキング①

料理の数だけドラマがあるよね な話

昨日は料理する行為について記事を書いた。
今回は料理そのものについて。

料理にまつわる様々なエピソードを少しずつ書いていこうと思う。

その1 塩結び

学生の一時期付き合っていた彼は、家庭がなかなかにハードだった。

彼の母と姉は統合失調症による心神喪失で仕事ができず生活保護を受けており、給付金を貰うため彼は同居せず近所に1人で住み、バイト代を家族の生活費に当てていた。

家族の住むアパートの方が広さはあるので、家デートは大抵そちらで過ごした。
母姉は昼夜逆転した生活を送っていたため、18時頃起き朝ごはんが始まる。

「まきちゃんおはよう。ご飯食べてく?」
ボサボサ頭で寝巻きのまま、おかあさんはニッと笑って部屋から顔を出した。

床は衣類や物が山積みで、爪先立ちして遮蔽物を避けながら室内を歩かなければならない。

扇風機はファンに埃が溜まりすぎて回らない。
ちょっとよろけたら壁や浴槽にぶつかりそうな程狭い浴室は、髪の毛やヘドロで排水溝が固まりシャワーの湯を出すと足元が池みたいになった。
(流石にこの浴室は掃除してから使うようにした)

学生時代、山岳部に一時的に所属していた為か「外も汚い家も変わらないや」という精神のもと私も大抵の事には驚かず、すっかり慣れてしまっていた。

そんなワイルドライフを送るおかあさんは、料理がとても上手だった。
亡きおとうさんはおかあさんの料理の腕にも惚れ込んだのかもしれない。

よっこいせ とおかあさんが散乱物を器用に避けながらキッチンへ向かう。
不思議とキッチン道具だけは、汚部屋で輝くダイヤモンドのように綺麗だった。

山菜の味噌汁、だし巻き卵に焼き魚。
世の中はこれから1日の終わりを迎えようとしていたが、この家はそんなことおかまいなしに逆走し朝ごはんを拵えていた。

いただきまーす
と手を揃え家族に混じり食べる夕方の朝ごはんは、少し特別なかんじがした。

残った米飯はおかあさんが塩結びにして、深夜のおやつ代わりにみんなで食べていた。

ある晩、彼と空き部屋で眠っていたら救急車のサイレンの音で飛び起きた。
おかあさんが「またやっちゃったよ。ちょっと行ってくる。」
とストレッチャーに乗せられた娘に付き添い、近所に買い物位の気軽さで救急隊と共に家を出て行った。

彼の姉は、向精神薬を何種類も処方されており時々オーバードーズして救急車に運ばれるらしい。
介抱するおかあさん自身も、精神病院から退院してまだ数ヶ月だ。

なんだかすごい場面に遭遇してしまった と思いつつ寝起きで動揺していたため「あっちゃんお大事に…」と彼の姉にそんな頼りない言葉しかかけられなかった。

結局、丑三つ時を超えても2人は帰ってこなかった。
おかあさんが作った塩結びを齧りながら、「大丈夫かな」と深夜番組をぼんやり眺めていた。

塩気がキュッと効いて、握り具合も絶妙。
優しいおかあさんの人柄を感じるおにぎりだった。

私は朝帰宅し、昼には2人とも帰ってきた と彼から連絡が入った。

その後彼も私も大人になり、悲しかったけれどお別れをした。

夜勤中やふと眠れない休日の深夜、窓の外を見るとあの日の救急車や塩結びを思い出す。

あの親子がどこで何をしているかは分からない。
生きて、どこかで今日もおかあさんが塩結びを握っていたらいいな と願った。

#日記 #エッセイ #思い出 #塩結び #おにぎり
#料理 #人生







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