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2021/8/8 ひとつの香りには切なる祈り

台風によるなかなか圧の強い雨が降る中、美味しいハンバーガーが食べたい衝動を抑えられずバスを2本乗り継ぎ、渋谷、というには駅からかなり歩く(故にバス)レッグオンダイナーへ。
ハンバーガーが好きな今のパートナーと相当あちこち食べ歩いた結果、私はここのがいちばん好きだなと思う。これといって特徴がなく、その代わり、パテとバンズと野菜とが最高に調和している、唯一無二のハンバーガー。

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そして帰り道、近くの渋谷郷土博物館に行くはずが、財布を忘れて現金がない。入場料は100円、ただし現金のみ。。しぶしぶ渋谷に引き返す。そして贔屓のカフェ、茶亭羽當に行こうとし、やっぱり気が付くのだ。財布を忘れて現金がない。茶亭羽當は、こちらも現金のみ。

明治通りを原宿方面に歩きながら現金がなくても入れるカフェを頭に浮かべ、渋谷cocotiのスタバを思いつく。ただそのスタバに行く前にはいつも立ち寄るところがあって、それが1FにあるTOMORROW LANDだ。

渋谷にはハイブランドの専門店はあれどセレクトショップはあまりなくて、唯一ここのTOMORROW LANDが気軽に色々手にとれるラインアップ。
ロエベハンモックのミニサイズが20万を超えることに驚愕し、MARNIショッピングバッグのカラフルさに心奪われ、そしてそのうち履いてみたいマロノ・ブラニクのハンギシ、いったいどの色にしようかを考える。(ただ履くならヒールありがいいからしばらく先だ)要は何も買わずに、ただ愛でる。

BYREDOのコーナーに来るとちょっと風向きが変わる。たとえば渋谷ヒカリエのジョー・マローンのカウンターはいつも賑わっているからあてもなくフラフラ香りを確かめることがとてもしづらい。ところがここ、TOMORROW LANDのBYREDOコーナーは基本誰もいない。試香できる香りもそれなりにあるから、立ち止まってあれこれ試しては魅了される。
この日はGYPSY WATERという香りが気になり、結局手に入れて帰ることにした。実に3つめのBYREDOだし、我ながら移り気にも程がある。

香水に纏わる小説は色々あれど、いちばん何度も読んだのは山田詠美「放課後の音符」に収録されている"Keynote"。

「なんていう香りなの?これ」
(中略)
「ミルって言うのよ」
「どういう意味?すごく高価な匂いみたいだ」
「1000っていう意味なんだって。ママのなの。私が引きついだの」
「へえ。1000回ぐらい、おまえとこうしたいな」
(中略)
「床もこの匂いがする。おまえが帰ったら、どうしよう。ひとりで、こんな気分になるのって耐えられねえよ」
山田詠美「放課後の音符」"Keynote"

中学生だった私はこのエピソードに感激し、私もそんな風に思われてみたい、と憧れた。

ただ現実は残念ながら、むしろ同じ香りをつけ続けることで、どうかこの香りをかいだら私のことを思い出して欲しいと願をかけるようなものだった。
今のパートナーと出会った頃も他の香りに浮気などとてもできず、ずっとCHANELのCHANCEをつけていた。

久しぶりに「放課後の音符」を読み返し、思い出すのは、CHANCEをひたすらつけていた日々のこと。あの時の祈るような心持ちと、胸の痛み。

最近は日によってずいぶんと違う香りをつける。ある時はバルダフリック、ある時はインフロレセンス、イングリッシュペア―&フリージアという甘い香りの時もあるし、最近仲間入りしたのはブルガリのオ・パフメオーテブラン。

あちこちの香りをつけて楽しめるとは、なんて幸せなことなのか。

恋愛は決して楽しいばかりじゃない、そんなことさえ知らずに恋に憧れていた10代になりたてな頃を思い出して、苦笑い。



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