見出し画像

優れるな、異なれ

そういえば、修了式で袴を着た。
青と紫の矢絣に、濃い緑の袴。帯は黄色である。

大学のキャンパスには、たくさんの袴姿の学生がいた。
ほとんどは学部生だ。

一方、袴を着ていた院生はほとんどいない。
そして、青と紫の矢絣に、濃い緑の袴に黄色い帯を合わせていたのも、
おそらく私だけだろう。

好きで着てるからよいのだけれど、
「無難にみんなに合わせた方」が、よかったのか?

式典の際、後ろから見ていると、前後の席に全く同じ柄の着物で全く同じ色の袴を合わせている学生が見えた。同じ柄、同じ袴って、心地よいの?

私は、まったくそうは思わない。


そういえば、入学式では…

私たちの入学式は2020年春。コロナが流行だし、全国で学校が休校になった時期で、中止になった。次の春、ひとつ下の新入生とともに入学式が行われたのだが、そのとき見た景色は忘れられない。

女性も男性も、みんな黒のスーツ一色だった。
決められた制服をみんなで着用しているようにも見えるほどだった。

同期の25歳の学生に聞くと、黒のスーツを一着用意すれば、実習にも行けるし、就活にも使える。つまり黒いスーツが「無難」で「コスパがいい」のだそうだ。みんな経済的なことも考えて、無駄がないよう選んでいるのだ。

でも…。
服装は個性を表現する手段でもあって、それが奪われているように思えて残念な気もする。そもそも、中学や高校で制服を着用しているのも、様々な意図があってそのような伝統になっているとしても、個性を尊重するという点では私服には劣る。

みんなと同じ制服で、みんなと同じ安心感のなかで育ってきた学生に、大学生になったからすぐに個性を表現することを期待する、方がおこがましいのか。

就活も、「黒が無難」って、
「無難」ってなんなんだろう。

「無難」は必要な感覚なの?

「無難」な感覚は、
日本という社会で生きていくために、
身につけなければならない感覚なのか。

この先のSociety5.0 の時代、
みんなと同じを選んでいて大丈夫なんだろうか。

AIは、人間の仕事を
つぎつぎとこなすようになる。

Creativeな仕事だけが、
生き残る、とされているよ。

決められた価値観のなかで優劣をつける世界じゃなく、
ひととは違う個性を尊重していくことが、
もういま、必要なんじゃないのかな。

優れな、異なれ。
誰かが言っていた。
まさにいま、もうそんな時代なのでは。


#自分の感性を大切に

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?