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イノセントワールド 小説

 直哉は机にあった鏡で自分を見た。

そこには、十七歳の少年が映っている。
自分はこんな顔だったのだろうかと驚いた。
大量の汗と、悲痛な表情。
これが自分だと理解出来なかった。
思考回路が急速に、ある終着点に向かっていくのがわかった。頭の中でそれを否定するが、どうしてもそこにたどり着こうとする自分がいた。
嫌だ。
嫌だ。
いやだ?
いやだ?
それをするのがいやだ?
いや、考えるのももう嫌だ。
いやだ。
いやだ。
いやだ。
いやだ。
いやだ。
楽になりたい。
考えるのさえもう嫌だ。
楽になりたい。
嫌だ、もう考えるのさえ嫌だ。
もう、もうここにいる意味はない。
直哉は机の引き出しを勢いよく開けた。
乱雑にモノが詰め込まれている。
中をひっくり返し、あるモノを探した。
ない。
ない。
いや、きっとあるはず。
絨毯に机の中身を出して、必死になって探した。
ない。
ない。
どうしてないのだ。
机がぐちゃぐちゃになろうが気にしない。
探す。
どこだ、どこにある。
あった。
その瞬間、目から涙がこぼれた。
ついに直哉は目当てのモノを見つけた。
一年前に、ネットオークションで落としたサバイバルナイフ。御信用として購入したが、まさかこういう使い道がされるなんて、あの頃はちっとも想像出来なかった。
これでやっと楽になれる。
愛おしいモノを見る様に見つめた。
躊躇なんてしない。
右手で強く握ると、左手首をそのまま切り裂いた。
血が皮膚から漏れる。
まだだ。
まだまだ、これでは足りない。
もう一度
そしてもう一度、同じ個所を切った。
続いて血が飛び散った。
感覚が麻痺しているのか、不思議と痛みはない。痛みは何かとさえ思う。しかし、なかなか思う程血が出ない。
一心不乱に
何度も皮膚を裂いた。
しかし、一向に望んだ結果には結びつかない。
これじゃあだめだ。
直哉は部屋を見渡した。
電源が入ったままのパソコンと机、
本棚、
ベッド、
そして窓。
これだ。
直哉は窓を開けた。
夜風が顔に当たる。
15階なので見晴らしが良い。
見慣れた風景だ。
涙が両目から流れおちる。
いやだ。
いやだ。
早く楽になりたい。
もう
もう、考えるのをやめにしたい。
息をするのでさえ辛い。
窓から見える景色が目に焼き付く。
俺の育った街。
これが、生きている間に最後に見る景色。
迷いなんてない。
直哉は窓から外に出た。
すぐに、地上で命が壊れる音がした。


静まり返った教室。
どれだけシャープペンシルを右手の人差し指と中指を使って器用に回しても、タカシは一行も書けないでいた。
村上直哉が自殺して一週間。
その彼のクラスでは今、緊急ホームルームが始まり、アンケート用紙が全員に配られた。
何か彼のまわりでおかしなことはなかったか。
いじめはなかったか。
どんな事でもいいから、気づいた事を書いて欲しいと担任は言った。
悩み事があったら先生にいつでも相談する様にとも付け加えた担任に、誰が相談等するのかとタカシは思った。
このペラペラの紙に、担任に本音を書く者なんていないのに、馬鹿な大人はじっと廊下で待っている。
バカだ。
本音が書ける様に、無記名で書いて、書き終わったら教卓の上に置く事になっているが、先生が出て行って三十分経過するも、まだ誰も提出していなかった。
いくつも質問が並んでいるが、やはり答える気にはなれなかった。
直哉が自殺した理由を、大人達はクラスの問題と決めつけているみたいな質問ばかりで、この紙を配った担任を軽蔑した。
直哉が自殺した。
それはみんなにとって、そしてタカシにとっても衝撃的であった。
タカシはよく直哉と遊んでいたうちの一人で、自殺した直後、校長室に呼び出され、校長、教頭、担任に質問責めにされた。
直哉の死もショックだったが、そうやって自殺をした理由と犯人探しをしている大人が憎かった。
色々質問されたが、タカシは答えられなかった。
何故なら、自殺した理由がわからないのだ。
どうして
なぜ。
本当に、タカシはわからなかった。
そもそも、それが自殺なのか疑ったが、確実に自殺と断定されたと言われても納得出来なかった。
そもそも、直哉が自殺なんてする訳ない。
しかし、直哉が自ら死を遂げたのは事実だ。
それは揺ぎ無い事実。
自殺。
自殺をするには理由が必要だ。
一般に自殺をする人にはどんな理由があるのだろう。
借金苦?
人間関係?
いじめ?
将来を悲観して?
病気?
しかし、そのどれも直哉には当てはまらないと、タカシは思っている。
直哉の家は裕福とまではいかないかもしれないが、決して貧乏な訳ではない。
明るく、友達も多い。いじめの対象に等一度もなった事がない事も知っている。
自殺した三日前に、将来はバンドを結成して、東京ドームでライブをしたいと語っていた。
見たところ元気そのものだったし、いつもと何も変わりはなかった。
直哉には自殺する理由が一つもない。
だが、直哉は自殺した。
直哉に何が起こったのだろう。
直哉は明るい性格で、クラスでも人気があった。
彼の周りには自然と人が集まり、笑いが絶えなかった。タカシは家が近い事もあり、よく休みの日に遊ぶ親しい間柄だった。彼女もいる事も知っていた。今彼女はどういう心境なのだろうか。
どうして。
どうして。
事故、他殺という可能性は残されていないのだろうか。
緊急ホームルームが終わった後はもう、授業がないのでそれぞれ鞄を持って廊下に出た。
結局、タカシは白紙のまま提出した。
「なーなーどうしてあいつ自殺しちまったのかな」
直哉と一番仲が良かった大山がタカシに話かけてきた。自殺直後は憔悴して学校に足が向かず、昨日から登校していたが、いつもの元気はなかった。無理もない。
「どうしてだろうな。何か知っているか?」
大山は首を横に振った。
何も知らない。
「こっちが知りたい位だ。どうしてだよ。本当。意味がわかんねーよ。突然死んでしまうなんて信じたくもない」
大山とは帰る方向が同じなので、一緒に帰る事にした。
家から自転車で大山とタカシは通学していた。学校から15分走った公園に自転車をとめ、ベンチに腰をかけた。
「あいつ、死んだんだよな」
「ああ、死んだ。葬式に行ったよな?」
「行った。俺はあいつの家にもよく遊びに行っていたし。おばちゃんとも仲良かったからな。けど、おばちゃんが見ていられなかったなー。今にも、あいつのあとを追いそうだったし」
大山は空を見上げながら、ぽつぽつと話をした。葬式を思い出し、涙がこぼれおちそうになった。
「俺、まだ実感が湧かない。あいつ、ひょっこりどこかから現れそうだし。ごめん、冗談だって。あいつ、死ぬ理由なんかないよな」
やはりそうだ。
親友も同じ意見。
けど、直哉は死んだ。
タカシは、ずっと疑問だった事を大山に聞いてみた。
「なぁ、本当にあいつ自殺したのかな?事故とか他殺とかじゃないのかな?その方が変な言い方だけどしっくりくる。どうしても、あいつが自殺したなんて考えられない」
「ああ、それは、同じく俺も思った。けど、残念ながら自殺だ」
「どうして?」
「あいつの親父に聞いたよ。サバイバルナイフで、自分で手首を切って、自分の部屋の窓から飛び降りたって。事故でも、他殺でもない。自殺だよ」
「そ、そうか・・」
やはり、自殺。
それも、サバイバルナイフで自ら手首を切り、飛び降りるという、衝撃的な最後。
あの陽気な直哉が選んだ最後。
何故
何故
疑問だけが残る。
幾ら二人で話をしても答えなんて見つからないのはわかっていたが、二人はずっと直哉について語った。
まだ若かった。
どうして死んでしまう必要があったのだろうか。
何か悩みがあったのだろうか。
全然気付かなかったが、言えない何かがあったのか。
どうして相談してくれなかったのだろう。
タカシはよく直哉に恋愛相談をした。
その時、いつも笑って、大丈夫、男も女もいっぱいいるさ、これからもっと良い人に出会える、前向きに楽しんでいこうと助言を受けたのを思い出した。
その直哉がなぜ・・・。
「直哉って、どうしてサバイバルナイフなんて持っていたのかな。あいつ、ヤンキーでもないのに。何に使う為に持っていたのかな。知っていた?」
「さぁ、俺もそれは知らなかった。喧嘩とか好きじゃなかったし。護身用として持っていたのかも」
「そうか・・親父さんと話したって事は、自殺した理由も聞かれたのか?」
「ああ、それとなく。ただ、いじめとかなかったのは知っていたからな。ああいう性格だからいじめとか関係ないし。それは親である親父さんが一番わかっていると思う」
「あーどうして死んだのかな。手首切るってめちゃくちゃ痛いよな?あいつにそんな根性ってあったか?俺は絶対に無理、だよ。それにあいつ、高所恐怖症だった気がするけど」
「そうだ、そう。高いとこに住んでいる癖に高所恐怖症で、高いの、全然だめだった。あれ、だけど、窓から飛び降りているし・・あいつ、死ぬにしても他の死に方を選ぶと思うのに。高所恐怖症な人間にとって、飛び降りは一番避けたい死に方だよな。それに、喧嘩とも無縁だったよな。ナイフなんて持つ必要あったのかな」
喧嘩が嫌いで、血を見るのも好きじゃない。そして高い所が苦手なのに、最後に選んだ死に方がそれ。
いったいどうなっているのだろう。そうまでする必要があったという事か?
「もしかして・・」
タカシの中で、ある考えが浮かんだ。ぼんやりとしたその考えを、否定したかったが、そうとしか思えない。
「うん?どうした?」
「急いで、いたのかな?」
「急いでいた?」
「そう。直哉は急いでいた」
「何を?」
全くわからない、といった表情の大山。
「死ぬのを、だよ。早く死にたくて手首を切ったけど、なかなか死ねない。早く死にたいのに。そこで、目に入ったのが窓。迷わず窓を開けて、ダイブ・・」
自分の発言だが、自分で口にしてぞっとした。
死に急いだなんて。
しかし、大山は反論をしなかった。
そう考えた方がしっくりくるのだ。
大山は手首を切っているのに飛び降りをどうしてしたのかわからなかったが、答えが出た。
しかし、それは気持ちの良い答えではなかった。
直哉の死。
それは、これから起こる恐怖の始まりに過ぎなかった。


タカシと大山は、今月二回目の緊急ホームルームの後、森の家に集まった。
森信也は学年で常にトップの成績をたたき出している秀才だった。クラスの誰よりも頭がきれ、タカシ達の悪友でもあった。
「どうなっているんだ、全く」
森が煙草を灰皿でもみ消しながらため息をついた。森は学校では吸わないが、極度のヘビースモーカーだ。
「澤田も自殺したなんて・・・」
そう、クラスメイトの澤田麻衣子も自殺をしたのだ。
タカシはホームルームでその話を聞かされてから、とてもじゃないが、一人ではいたくなく、大山を誘ってここに来た。
頭が混乱して、とてもじゃないが家でゲームをする気にはなれなかった。
「森は知っていたか?」
「いいや、ちっとも。さっき知った。びっくりした。直哉が自殺した時も驚いたけど、あの澤田が自殺するなんて。クラスでも一番自殺なんてしなさそうな奴なのに・・・。」
「そうだよな。派手で、クラスの女子のヤンキー集団のボス的存在だったのに・・。どうなっているのか・・」
派手。
ヤンキー。
気性の荒い。
自己中。
澤田麻衣子を説明するなら、その言葉を真っ先に並べるだろうとタカシは思った。
「何があったのだろう・・」
「そう、それだよな」
大山は煙草の煙を天井に向けて大きく吐いた。
「とにかく、おれたちの周りで何かが起こっているのは確かだ」
森はそう断言した。
「そうか?たまたま、じゃないか」
「たまたまで、自殺しそうにない奴が立て続けに二人も自殺するかよ。絶対何か良くない事が起こっているはずだ。あいつらは自殺する様な人間じゃない。」
「だとしたら何が起こっているのかな・・」
「そうだよな・・」
そう、一体何が起こっているのだろう。
「直哉と澤田って仲良かったよな?」
ふと、タカシは思いだした。
「仲良かったはずだ、確か。それが?」
「後追い自殺って考えられないか?」
「澤田には悪いが、あの性格悪い女がそんな事をする訳ねーだろ。第一、付き合っていたっていう話は聞いていないし」
「そうだよな・・・。けど、繋がりはあった・・。なぁ森、これって事件なのかな?」
「どうかな、俺にはわからねぇ。ただ、自殺が二件も起きるのはおかしい。二人共自殺する理由なんてないし。調べる必要があるな」
「調べる?」
二人同時に森に聞いた。
「そうだ。調べてみるよ。気になるだろ?お前たちも、二人がどうして自殺したのかって。怨霊にとりつかれていたりしたら、自分も同じ道を辿るのかもしれないし」
「よせよ、そんなのある訳ねーだろ。俺は自殺なんてしない。まだまだやりたい事沢山あるし」
「やりたいこと?セックス?」
大山が茶化す。
「バカ、まあ、それもあるかな」
みんなで笑った。
ここで、三人は団結した。
得体の知れない何かに立ち向かうとか大きく出たのではなく、大山とタカシは恐怖心から、森は興味本位からだった。
解散してから、それぞれが独自に動き出した。
直哉と仲が良かった人間に接触し、澤田の周りの人間に連絡をとった。
この時点では、一番自殺の真相があると言っていた森だったが、繋がりなどなく、単なる偶然と思っていた。
事態は動く。
 森の家に集まった日から二日後、学校の昼休み,音楽室に森が二人を呼び出した。
軽音楽部の部長を務める森は、ここに自由に出入りする事を認められている唯一の生徒だ。この時間に誰も入って来ないのも知っている。
「澤田は死ぬ直前、笑っていた」
森の話は簡単だった。
澤田は自分の部屋から直哉と同じ方法である飛び降りで自らの命を絶った。
 第一発見者は、澤田の家に遊びに行く為にマンションの正面玄関から入ろうとしていた人物だった。それが、林真理子という女だった。林はよく深夜に澤田の家に遊びに行っており、その日もいつも通りにマンションに入る直前、運悪く遭遇してしまったらしい。
 目の前にそれが降ってきた時はすぐに人間だと理解出来なかったが、顔を見たら麻衣子だった。
 血を吐き、あらぬ方向に体が曲がっていたが、麻衣子は笑っていたらしい。その顔は脳裏に焼き付いて頭から離れないらしい。
澤田と一番仲が良かった女子の目撃証言なので信憑性は確かだ。
「死ぬ直前って人は笑うものなのか?ましてや自殺だよな。飛び降りって死ぬ位だからかなり痛いよな?どうなっているのかな・・」
「どうして笑っていた?死が待っているのに、だぞ。怖いよな。すごく、すごく痛い。普通泣くよな?なー森、林の見間違えじゃないか?夜だったしさ」
「嫌、それはない。仲がいい人間が笑っているのか泣いているのか位、わかるだろう。理由はわからないが、麻衣子は笑っていたらしい。直哉と違って手頸を切った後はなかったらしいが」
「意味がわからない。どうなっている、何があった」
タカシも大山も、報告をした森も理解不能だった。
「自殺した事ないからわからないけど、死ぬ時に笑えるのかな?どうして笑っていたのだろう」
どうして麻衣子は笑っていたのだろう。
どうして。
どうして。
三人で麻衣子が最後に笑っていた理由を探してもちっともわからなかった。
タカシと大山は大した情報を得られていなかった。
直哉と麻衣子は殺されたのか。
やはり自殺をしたのか。
タカシ達は、心のどこかで、どうせ自分達なんかが調べた所で、真相に近づく事などできる訳がないと思っていた。
いつしか話題は、自殺からクラスメイトの話になっていった。
誰と誰が付き合っていて
誰が誰の事を嫌っていて
そういう話をこの年頃の人間は好きだ。
ジュースを飲みながら延々と話す。
「タカシは好きな人っていたのかな?」
「いねーよ。森はいた?あ、浜田と付き合っていたよな?」
「一応な」
「一応って何だよ。いいなー俺達はいないよな。あーほしいよなー。紹介してくれよ」
大山がふざけて森に対して頭を下げた。
「紹介って・・・自分たちで探せよ。ナンパしろ、ナンパ」
「おい、そんな根性俺達にあると思うか?直哉が生きていたらなーあいつとよくナンパ行ったなー・・あいつは全く人見知りなんてしなかったから、俺はただ、その横に立っているだけで、良かったからな。あーあ・・直哉、どうして死んでしまった・・・」
そうだ。
どうして死んでしまったのだろう。
「俺なんてナンパした事ないし・・・」
「え?タカシはナンパした事なかったっけ?」
「した事ねーよ。悪いかよ」
「悪くはないけど、なー。タカシはどんな人がタイプ?」
「タイプ?顔はかわいいにこした事ないなー。目が大きくて、あとはやせている子。性格は明るくてやさしくて、おもいやりあって、一緒にいて楽しい子。なぁ、そういう子周りにいないか?紹介してくれよ」
タカシまでもそう言って森に頭を下げた。
「おいおい・・」
「タカシ、森が困っているぞ・・・」
「だってよ・・・」
「あー彼女ほしいなー。どこかにいないかな、フリーな子・・・」
「クラスに沢山いるだろ?ほら、例えば金田とかどうだよ?」
「金田?冗談はよしてくれよ。あいつだけは勘弁」
タカシと大山は明らかに嫌な顔をした。
それ位嫌っていた。
 金田。金田紀子。クラスの男子のほとんどが苦手としている女子。
「どうして?あいつずっとフリーだぞ」
「勘弁してくれよ。幾ら金を積まれたって絶対無理だよ。あいつと付き合うなんて想像しただけで息苦しくなる」
「そうだな。俺も不可能だ」
「そこまで嫌わなくていいじゃないか?」
「いやいや、無理だって。性格終わっているし」
性格が終わっている人間。
「終わっているって・・ひどい評価だな・・」
そう言う森の目も笑っている。
「あいつはだめだろう。人間としてどうだろう。てか、どうやったらあんな性格、あんな考え方になるのかな?わからない、わからない・・」
「そうだな、まさしく親の顔がみたい。どうしてあそこまで自己中心的な考え方なのだろう?どうしてあそこまで上から目線で接するのかな」
「あ、わかる、わかる。大山に対してもそうなのか。むかつくよなー。意味がわからない。お前は何様何だって。あいつから上から目線で言われる筋合いなんてない。なんかむかつく。一番空気読めないし、浮いているの、わかっているのかな?」
「どうだろうなー。わからないのかな?わかっていたらあれはないだろう。女じゃなかったら絶対に、しばいているぜ。あいつ、友達いるのかな?」
「いないと思う。あいつが友達と遊んだっていう話を周りから聞いたこと、ないしな」
「そりゃあ無理だよな・・・。」
「ああ、無理だ。自慢話しかしないし・・」
「わかる、わかる、どうして自分の自慢話しかしないのかな?人の話を聞かないし。正直に言うけど、あーおれあいつ嫌いだ」
「同意見」
全員の意見が一致。
自然と盛り上がる。
「けど、金田って森の事絶対好きだぜ?」
「マジか?冗談だろう」
 それは勘弁して欲しい。
「絶対好きだって。俺もそう思う。もうバレバレだよなー。見ていてわかる」
「え、本当に??」
タカシは思い当たる金田の行動の数々を暴露した。薄々感じていた森を驚愕させるのに十分な材料だった。言っている本人でさえ寒気がする。
「普通に気持ちが悪いな・・。どういう神経しているのかな?」
「さぁ?とにかく見ている方も気持ちが悪いぞ」
自己中心的な考えによるその行動、上から目線での接し方、自慢話しかしない口、全部嫌いだ。
「俺、彼女いるのに」
 森には彼女がいたが、金田にとっては関係のない事らしい。タカシは、森が彼女と喋っている時、冷たい視線を彼女に送っているのを知っていた。
「あいつにとってそれは関係ないじゃないかな。だってさ、お前と彼女が喋っている時、彼女を睨みつけているぜ」
「マジ??全然気付かなかった。睨んでいる?」
「ああ、マジやべぇぞ。睨みつけている」
「どうして睨みつけているのかな?」
「さぁ?許せないのかな。お前と彼女が付き合っているの。付き合うのは私だって言いたいのかな。あー気持ち悪いな」
「やめて欲しいな・・・・」
森は彼女に今度会ったら訊いてみようと思った。それにしても、金田という人間はどういう思考回路を持ち合わせているのだろう。そして、どれだけ協調性がなく、自己中心的なのだろうと森はあきれ返った。
「いいと思う、金田と付き合えよ」
「無理、無理。俺には彼女がいるし。それにしても怖いなー。この後、昼休み中に学級委員一緒だから職員室に一緒に行かないといけない。そう考えたら憂鬱だよ・・・」
「もてるなー。いいと思う」
「嬉しくなんかない。大山にあげるよ」
「遠慮しておく」
「あ、そう。金田にも訊いておこうかな。何か情報がえられるかもしれないし」
「ないだろー。あいつ、直哉とも麻衣子とも親しくなかったの、知っているぞ」
「わからないだろうー。ていうか、大山もタカシも調べようって言ったのに、ちっとも調べてないじゃないか、どうなっているのかな」
「どうもこうも、警察じゃないから、すぐにそんなに、わかる訳ないだろう、今の所自殺の方がかなり可能性高いみたいだし」
森は携帯で時間を確認して、腰を上げた。
「時間だ。俺、行ってくる」
「いってらっしゃい。いちゃついてこいよ」
「うるさい。さぁ、お前たちも出るぞ」
森は面倒くさそうにズボンのポケットに手を入れてだらだらと職員室に向かって行った。
タカシは森の無事を祈った。
大山と二人、教室に戻った。
帰る間、タカシは、自殺をする可能性があったのは麻衣子じゃなくて金田の方だと思った。麻衣子は友達もいて、毎日楽しんでいる。勉強は出来ないと思うが、それに悩んでいた様子もなかった。対してタカシの目には、金田は、勉強こそ、出来る方だが、一人も本当の友達がいない様に映った。
人は、笑って自殺をするものだろうか。
死ぬ瞬間まで笑っていられるのだろうか。
タカシは、自分であったら笑って自殺等出来ないし、ましてや自殺なんて決行する意思なんてないし、ましてや万が一飛び降りてしまったとしても、死ぬ瞬間は死への恐怖と生への未練でとでもじゃないが、笑ってなんかいられないと思った。
二人には果たして共通点があるのだろうか。
「なー、ちょっと考えてみてくれ。大山は笑いながら飛び降りってできるか?」
「考えるまでもない。無理。そんな、死ぬなんて怖すぎる。痛いし。死ぬなんて、おもしろくとも何ともないし、ただ痛いし怖いだけ。誰が笑いながら喜んで死ねる。あいつら、ドラッグでもやっていたのかな?」
「ドラッグ・・・」
それはタカシもまず一番に思い浮かんだ事だった。それならば不可解な死も納得できる。
しかし、ドラッグであったら親しい間柄だった大山達に警察から呼び出しがあっても不思議ではないが、今も、お呼びがかからない事から、その線はないものと勝手にタカシは判断していた。
「直哉ってドラッグやっていたのか?」
「ぶっちゃけると、やっていた」
「あのバカ・・・」
そうタカシは言葉を吐き捨てた。
「けど、あいつは最近はやっていなかったはずだ。それもあいつがやるのは合法ドラッグばっかりだったし」
「どうしてそれを隠していた。ドラッグで決まりだろ、どう考えたって。これで解決した。直哉も麻衣子も、ドラッグで自殺した」
「ちょっと待てよ。そう決めつけるのはまだ早いぞ」
「どうして?決まっているだろう。あいつらは、笑いながらダイブした、ドラッグだろ、確実に」
タカシはドラッグをやった経験はないが、ドラッグを使用したらどうなるかは知っている。悪い先輩が公園できめている現場に遭遇した時を思い出した。
夜の公園で、街灯に怯える男。
警察が来る、警察が来る、街頭は八個に見える、と喚き散らす先輩。全身を震わせ、見える幻覚を説明していく。
あの状態であったら笑いながら高層から笑いながら飛び降りるのにも納得がいく。
「そう考えるのが自然だろう?」
「だけどよ・・・。あいつがやっていた合法ドラッグでは自殺しようとまでハイにならないはずだ」
「ドラッグだろう。自殺しても不思議じゃないだろ。どうなるか量とかその時の体調によっても変わるはずだろう」
タカシはあの先輩を見てから、ドラッグをする人間を軽蔑していた。
直哉もやっていたのか。
信じていたのに。

学級委員会は冒頭から騒がしくなった。
 議題は勿論生徒の自殺理由の解明と、自殺防止についてだった。
 会長が生命の尊さを説き、どうすればこの様な悲劇が再び起こらないか、学級委員同士で意見をぶつけ合った。
 森はメモをとって参加を装いながら傍観していた。
 くだらねぇ。
 甘ちゃんが。
 勉強しか能がない平和野郎、こんなの無駄だよ。
 森は頭の中でそうつぶやき、この時間が終わった後何をするか考えていた。
「絶対に自殺はいけない事。先生に相談して、クラスで命の大切さを話し合う時間を作ってもらえないかかけあいませんか?」
森は軽く舌打ちをした。
隣に座っていた金田のこの発言こそ、森からしたら偽善野郎の代表格だった。
黙っていればいいものを、金田は黙っていられない性格だったことに気づいた。
「いいですね、凄くいい。是非、先生方に掛け合って、ホームルームを開いてもらいましょう」
最悪な事に、頭でっかちな会長も金田に同調した。
くだらない。
ここでこいつらと議論した所で、何も良い事はないだろう。
はやくおわれ。
ペンを走らせ、無駄な文章でメモ用紙を埋めていく。
森は無駄な時間が最も嫌いだった。
加えて、横には同じ空気さえ吸いたくない人間がいる。これは一種の拷問かとさえ思えた。
この委員会に出席しているのは、おせっかいか、正義感が美徳と勘違いしている馬鹿と、タダの目立ちたがりしかいないのだろうと、森はいつも冷やかな目で見ていただけだったが、今日ばかりはぶち壊したくなってきた。
 くだらない。
「ねぇ、森君もそう思うよね?」
ふいをつかれたが、森は一瞬で動揺を隠した。
「そ、そうだね。良い意見だと思うよ。クラスのみんなで議論をして、この際腹をわった方が良いだろうしね。どうして自殺したのかも気になるけど、再発防止が最重要課題だよな」
優等生の意見だと、我ながら笑える。
「そうだよね。でもどうしてあの二人亡くなってしまったんだろう?私に相談してほしかったな。友達なのにね・・・」
「そうだな。相談してほしかったなー」
 確かに、相談して欲しかったとは思った。
 どうして直哉は俺に相談してくれなかったのだろうか。
 どうして。
 どうして。
 まぁ、何があっても、直哉と澤田は金田には相談をしなかっただろう。
 「そりゃあ、生きていたら嫌な事もあるよね。私だってあるもん。あ、毎日楽しいけどねー。けど、自殺は絶対だめだよ。うん、だめ、絶対だめ。残されたひとはどうなるのってね。森君も、何か悩みあったらいつでも私に言ってね。」
「あ、うん・・・。」
 死んでも相談等するものか、と言いそうになる。
 全く、空気の読めない人間だ。
「ねぇねぇ、ホントの所、二人は自殺したのかな?」 
議題は、どういう風に委員会の要望を学級主任の先生に話すかになっていたが、金田が小声で森に更に話かけてきた。
森のイライラは頂点に達しようとしていたが、表には出さぬ様、懸命に務めた。
「ホントの所って?自殺だろう」
出来るだけ苦手な人間と喋りたくないが、今は仕方がない。
ああ、拷問だ。
「そうかな?私は、誰かに殺されたんじゃないかって思っているんだー。あ、あくまでも私が考えているだけだけどね」
その考えは一緒だった。
「へーそれはどうしてそう思うのだろう?」
「だってさー、あの二人、自殺する理由なんてないでしょ?」
「そうだよな。思い当たるふしはない。けど、誰にも言えない悩みって誰でもあるからな。明るくふるまっているやつに限ってあるかもしれないし。それが自殺じゃないっていう理由?」
「うん」
やっぱりそうか、何か知っていると淡い期待をした馬鹿な自分を軽蔑する。
「だから、私なりに今、いろいろ調べているの。二人は自殺する様な人じゃないしね」
「調べているのか。俺も自殺する人間とは思わない」
「うん。こう立て続けて起きるのはきっと繋がりがあるはずだし」
「繋がり?」
「そう、繋がりがあると思うの。言うならば、共通点。ねぇ、森君は二人の共通点って何か思い浮かばない?何だろう・・」
「共通点?共通点・・・二人共明るい、人気者、あほ、ばか、やんちゃ、あまり勉強は得意な方ではない・・。スポーツが得意・・。何だろう?」
それは森も散々考えた事だった。
「うんうん、あとはー同じ中学出身」
「え?そうなのか?」
「あれ?知らなかったの?そうだよー澤田さんが中学二年の時に引っ越してしまったけど、私たちと同じ中学だったのよー」
「え?直哉と同じ中学だったのか?」
「そうそう。クラスも一年の時一緒だったんだよ。知らなかったの?」
こんな所から新事実がわかるなんて。
「二人って、中学の時仲良かったのか?高校ではそんなに仲が良いとはわからなかったけど」
「仲良かったよー。あの二人、確か小学校も同じだったと思うよ。森君と直哉君仲良かったみたいだけど、そういうのは知らなかったのね」
「全然知らなかった。二人はじゃあ幼馴染か・・」
幼馴染の二人が短期間で似たような方法で自ら命を絶った。関係ない方がおかしいだろう。何かある、何かあるはずだ。
森は、胸の奥で何か熱いものが動いたのを感じた。
「これ、二人の死って繋がっているかもしれないな。ほか、何か共通点ってあるかな?」
「さぁ?私も考えているけどね。自殺の方法って似ているよね?自殺の前の行動も似ているのかな?その前って何をしていたのかな?」
 自殺の前・・?
 自殺直後、林の証言によると、澤田は笑っていたらしい。じゃあ直哉はどうだろう?
 もしかして、直哉も笑っていた?
 しかし、それを確認する術はない。
 直哉の両親にそれを聞くのは酷だ。
 まてよ、しかし、あいつの部屋に行って、現場を見るのもいいかもしれない。
 何も得られないかもしれないが、見ないよりましだ。何かヒントがあるかもしれないし。
 まだあいつは家にいるだろう、会いにいってみるか。線香をあげて何を語りかけたら良いのかわからないが、友達としても会いにいくべきか。
「森君?森君?」
「ん?ああ、ごめん、ちょっと考えていた」
「もー、完全にどこかの世界に意識が飛んでいたよ」
「ごめん。共通点なー・・」
「森君は何か思い浮かんだ?」
「まったく」
「そう・・じゃあ、また何か浮かんだら教えて?私が近いうちに原因を解明してみせるから」
「期待しているよ」
 この女には不可能だろうと思ったが、自分が気付かなかった所に辿り着いたので、泳がしておくのも悪くはない。またヒントがわかれば儲けものだ。
 写真の直哉は笑いながらこちらを見ている。
 写真の下には白い布で覆われた箱、直弥の骨がおいてある。
 線香をたて、手を合わせた。
 何を語る?
 直哉、俺、タカシ。そっちはどうだ?おもしろいか?女沢山いるか?ナンパしまくっているか?急にあっちに逝ってしまってびっくりしたよ。どうしてだよ。俺に何故相談してくれなかった。いきなり死んじまって、今も、訳わかんねーよ。残された俺達はどうすれば良い?なー、直弥?おかあさんめちゃくちゃ悲しんでいるぞ。見えるだろ、ほら、今も泣いているじゃないかよ。お前、アホばっかりやっていたけど、友達おもいで、家族好きだったろ、いつも俺の親が作るご飯はめちゃくちゃうめーって自慢していただろ。それが、どうして泣かせている。お前、本当に自殺しちまったのか?誰かに殺されたのか?教えてくれよ、どうして死んでしまった。後悔ないのかよ。俺と語ったよな、夢をさ・・。まだまだやりたい事いっぱいあったろ?死ぬなよ、なぁ・・。
どうして、死んでしまったのだろう。
直哉、なぁ、教えてくれよ。


 タカシと森と大山の三人は、日曜の午後に直哉の家を訪れていた。
 目的は、直哉に線香をあげるのと、直哉の部屋の捜索だった。三人は直哉がいる部屋でしばし母親と直哉の想い出話をした。直哉のバカな話も、今日ばかりは全然笑えない。頃合いを見計らって、タカシがトイレに行くと言って部屋を出た。もう何度もこの家に来ているので、断りだけいれると、案内をされないのも知っている。廊下を進むと奥がトイレだが、トイレには入らず、その手前の部屋のドアを開けた。そこが直哉の部屋だった。
 久し振りに見る、直哉の部屋。これからもずっとその空間でくだらない話を延々とし、テレビを見て、音楽を聴いているものだと思っていた世界。
 しかし、もうそれは叶わない。
 部屋は以前来た時とちっとも変っていなかった。
 ベッドに机にパソコンに、でかいプラズマテレビに海外ロックバンドのポスター。
 ああ、感傷に浸っている時間はない。
 タカシは携帯電話をズボンのポケットから取り出すと、シャッターを次々に押していった。
 整ったベッド、壁、床、机。手当たり次第、携帯にその光景を収めていく。
 そんなに長い時間離れているのはおかしいので、出来るだけ早く、そして調べる為に多く撮らなければならない。タカシは森の指示通り、目に見えるものは全部残す勢いカメラのボタンをおした。
 多少気は引けたが、机の引き出しも開けてシャッターをきった。どんなものがあるのか考えず、とにかく写真を撮る事に神経を集中させた。
 とにかく早く、そしていっぱい。
 もうそろそろ時間か。
 一瞬ためらったが窓も撮った。
 直哉はそこからあの世に旅に出たのか。
 窓を開け、そこから見える景色も撮った。
 直哉が部屋で、手首を切ったから、血が飛び散っていたはずだが、父親が丁寧にふいたのか、その痕跡は確認出来なかった。
 タカシは部屋に戻ると、森とアイコンタクトをかわして、任務が無事遂行された旨を報告した。
座り直し、直哉の母親と再び想い出話をした。それにしても、母親はひどく老け込んでいた。息子を自殺で亡くしたばかりなので無理もない。元気な方がおかしいだろう。しかし母親は元気がないばかりか、生きる気力を一切放棄したかのようにタカシの目には映った。子供が先に死ぬと、親はこうなるのだ。涙も枯れ、今直哉の母親は絶望の中にいる。
 本気ではないが、自分もあー死んでしまいたい、とか自殺したらみんな悲しむかな、死んだら楽になるよな、とタカシは正直一度や二度考えた経験があるが、この母親の憔悴しきった姿を見て、なんてバカな考えだったのだろうと思った。
 直哉の母親は、絶対に死んだらだめ、悩みがあれば大人を頼りなさい、一番の味方だから、決して一人で抱えこまないでと、三人に訴えた。その言葉も、当事者から言われれば凄く重みがある。
 自殺はだめだ。どんなに苦しくても、自ら命を絶つのはだめだ。
 あとに残されたものは一体どうなるんだ。
直哉の家を出たあと、さっそく撮った写真を現像する為、写真屋に向かった。全部で100枚撮った。どこにヒントがかくされているかわからないので、とりあえず全て写真にする事に決めた。
 写真になるまで、時間を潰す目的でコンビニに寄って雑誌の立ち読みをし、次にアイスを買って歩きながら食べた。
「アイス、おいしいな」
「そうだな。チョコアイスはウマイ」
「うまい」
 タカシと大山はメロン味を選び、森はチョコアイスを買った。
「それにしても、直哉ってどうして死んでしんでしまったんだろうな。死んだらアイスも食べられないよな。こんなにうまいのに、あいつはもう食べられないんだぜ。辛いな」
 大山は直哉が自分よりアイスが好きな事を知っていた。
 「死ぬってどうなるのだろう。死んだら俺達どうなってしまうのかな。来世とか、天国ってあるのかな?」
 タカシはぼんやりとつぶやいた。
「さぁな。俺の考えだけど、来世も天国もない。ただ意識がなくなるだけだろう。寝ている時みたいなかんじかな。寝る時ってさ、いつ意識がなくなったかわからないじゃん?そういう風になるんじゃないかな。ただ、意識がなくなるんじゃなくて、消えるっていう表現の方が正しいかもしれないけど」
 と、アイスを食べながら森が言う。
「森は現実主義だなー」
「そうか?まぁ俺は無宗教だからか。タカシの家は仏教か?」
「そう、典型的な日本人だよ。仏教だけど初詣で神社にいくし、クリスマスは祝うし。他の国の人からしたらあり得ない人種だよな」
 「天国ってないのかな。あって欲しいよな。じゃないと直哉、浮ばれないぜ」
 タカシは空を見上げた。
 雲一つない空。
 清々しい空気を吸い込む。
 ああ、俺は生きている。
 直哉、生きるっておもしろいぞ。
 俺だってそりゃあおもしろい事ばっかりじゃないし、楽しいことばっかりじゃないけど、けど、けど、それでも言える。生きるっておもしろい。
 状況的に言えば自殺で間違いない。
 けど、本当に自殺したのか。
 なぁ、答えてくれよ、直哉。
 5分もすれば写真屋に着く歩道の端で、子猫をタカシが発見した。地元の人しか使わないその道の左右は雑草が生い茂り、よく猫を昔から見かけた。大きい猫は吸いも甘いも知り尽くしたのか、よく食べ物を求めて近寄ってきたが、子猫はいつも警戒して触れなかった。
「こいつら、アイスって食べるかな?」
 タカシが残っていたアイスを子猫の前に出して興味をひいてみるが、傍までは来ない。
「食べないだろうー。どうせあげるなら缶詰めとかにしてあげろよ。コンビニで買ってくれば?」
 猫嫌いな大山は先に行こうとする。
「それはメンドクサイ。あー食べないかな?」
「無理だろう。けど、それにしれもこいつらかわいいな。だっこしたい」
「そうだよな、森もわかる男だなー。それに比べて、お前はどうしてこの猫のかわいさがわからないんだよ?」
 タカシがそう大山に訴えかける。
「どうもこうも、嫌いなものは仕方ないだろ」
どうやら、どうあがいても子猫はアイスではつれないらしい。タカシはあきらめて「にゃー」と鳴いてみせた。猫もそしたら「にゃー」と鳴く。
 「タカシ、何しているんだよ。行くぞ。」
 大山はもう先を歩いている。森も続いた。
「あ、うん・・・。猫ってかわいいな」
「かわいいな。癒されるな」
「こいつらってさ、俺達みたいに死ぬのって怖くないのかな。いつか死ぬってわかっているのかな」
「さぁな、どうだろう。知らないんじゃないか。その方が幸せかもしれないな」
「そうだよな、俺達はいずれ死ぬってわかっているけどそんなの知りたくないよな。まーその分、短い人生の中でやりたい事をさがせるけどな」
「やりたい事、かー。直哉はまだまだしたい事ってあったはずだよな?」 
 いつしか大山に二人は追い付いた。
タカシは振りかえって、誰もいない道に「にゃー」と鳴いてみせた。
「あいつはバンドをやりたかったみたいだぜ。武道館でいつかライブをやりたいって言っていたし」
 大山が話に入ってきた。
「バンドなー。あれ?あいつって何か楽器出来たか?」
タカシは直哉が何か楽器が出来るなんて聞いた事がなかった。
「あいつはボーカルだろ。そこそこ、歌は上手かったしな。俺とバンドを組まないかって何度か誘われた事あったけど、俺はもうバンドやっているしな」
 森は学校でも有名なパンクバンドのドラマーだった。そこそこ、人気で、地元のライブハウスをいつも満員にしている。タカシもそのライブに足を運んだ事があるが、客を含めて、クレイジーの一言に尽きた。
「そうかー。あいつは童貞ではなかったと思うけど、まだまだやりたい事ってあったはずだよな。」
「そりゃあな、死ぬには若過ぎだ」
 大山はタバコの煙を大きく吐いた。いつしか右手に持つものがアイスからタバコにかわっていた。
「タカシと森ってさ、やりたい事って何?夢とかある?」
「やりたい事?」
「ああ、やりたい事。この先の人生で」
「やりたい事か・・・俺は彼女欲しいだろ、良い大学出て、就職して、いつか会社おこして成功して、億万長者になって六本木ヒルズに住みたいな」
「はは、何だよそれ、成り上がりだな」
「悪いかよ。とにかく金持ちになりたい。もう貧乏はこりごりなんだ。金だ。金さえあれば幸せだ。お金がなくても幸せってよく言うけど、金があった方がもっと幸せに決っている。なぁ、そうだろ?」
 タカシの育った環境がそう言わせた。
「そうだなー。金は必要だよな・・」
 森は自分の夢とやりたい事が何か考えてみた。
 俺のやりたい事・・・。
 やりたい事・・・。
 森は一人、考えた。
 自分のやりたい事。
「俺のやりたい事・・。何だろう・・。バンドで売れる。世界進出、ビッグになる、かわいい子と結婚する、子供生まれてその子供に音楽を教える・・。あーやりたい事は沢山あるかも。人生八十年じゃあ短いとすら思っているんだけど、おれって欲深いのかな。そう言う大山は何がしたい?夢って何だ?」
「俺も似た様なものだよ。八十年か、もし、もしだよ、永遠の命があったとしたら、そうなりたい?」
タカシと森はしばし考えた。
永遠の命。
考えた結果、タカシは欲しいと言い、森はいらないと言った。
「え?森は永遠の命っていらないの?俺は死ぬのなんて勘弁。死ぬってすごく怖いじゃん。永遠の命があったらしたい事いっぱいできるし」
「そうだよ。どうしていらないんだ?」
大山も、森の考えを不思議がった。
 永遠の命さえあれば何でも出来る。やりたい事も全部出来るだろう。欲しいものも全部手に入るだろう。それでも、森は拒否した。それは何故か、タカシも森が拒否した理由がわからなかった。
「八十年は短いと思うけど、永遠はいらない。しんどいし、ずーっと、朝起きて、考えて、寝て、をくりかさないといけないんだろう?無理、無理、絶対そのうち嫌になって、苦しくなって、永遠に生きる自分を呪うんじゃないか。俺はそうだと思う。短いからこそがむしゃらになれると思うし、永遠だとだれてしまうだろうし。まーやりたい事は全部出来ると思うけどなー。それでもタカシは永遠に死なない方をとるのか?」
「そ、そう言われてみればどうだろう・・・」
森はやはり俺とは違うな、とタカシは感じた。そんな事思いもしなかった。ずっと生きるのもしんどいかもしれない。80年程度で丁度良いかもしれない。
 永遠の命。
 永遠の命。
「まあ、どうせ死ぬからな、いつか人間は。だからこそその短い間でやりたい事やっていきたいな。俺も夢あるし、タカシや大山にもあるだろ?お前たちは頼むから自殺なんてしないでくれよ」
「死ぬか」
二人同時に一蹴した。
そう、死んでたまるか。
まだまだやりたい事いっぱいあるし。
童貞だし。
あ、これは違うか。
とにかく、俺は生きる。
生きて、生きて、生き抜いてやる。
直哉の死の真相をあばいてやる。
 永遠の命はいらない。
 けど、やりたい事は沢山ある。
 永遠に生きられるとしたら、確かにつまらないかもしれない。生きるのにあきるかもしれない。
 けど、やりたい事が全部出来る。
 俺のやりたい事。
 俺のやりたい事って何だろう。
 そういえば、深く考えていなかったかもしれない
 やりたい事全部、もし出来たら、俺はその時どうするのだろう?
 生きる意味って何だろう?
 ええい、そんなの考えても仕方がないのはわかっている。
 タカシは思考を停止して、前に進んだ。
 机の上に、直哉と澤田の部屋の写真がわけて並べられた。澤田の写真は、林真理子に調べている理由を説明し、澤田の家に行ってもらって林が撮ったものだ。タカシ、大山、森の三人は澤田の家に上がった事はなく、写真で今日初めて見た。
三人と林真理子は写真を見ていった。
どこかに死んだ理由が、ヒントが隠されているはずだと、隅々まで目で追った。
タカシは二人の写真をくまなく確認していったが、ちっとも共通点を発見することができなかった。
どこかに必ずあるはずだが、レーダーにはかからない。
タカシは、自分はやはり凡人だなと感じ、森の感性にかけた。
森は黙って丁寧にひとつひとつ手に取った。
大山は「こんなの共通点なんてあるのかよ」と早くもギブアップ気味。
林真理子に期待は誰もしていない。
やはり、森なのだ。
 どこかにあるはずだ。
 見逃すなよ、おれ。
 見逃すなよ、おれ。
 絶対に見逃したらだめだ。
 森はそう心の中で唱えながら、全神経を目に集中させた。
 どこかにあるはずなのだ。
 二人が死んだ共通点があるはずだ。
 森はまず直哉の部屋の写真の映像を頭に入れた後、澤田の部屋の写真を見ていった。
 どこかにあるはずだ。
 二つの部屋の共通点。
 二人はこの死ぬ直前までここにいた。確かにここにいたんだ。何を見て、何をしていたのだろう。
 澤田の部屋は初めて見る。
 女の子らしい部屋。
 色はピンクと白が主に使われ、綺麗にまとまっている。机と大きい白いベット。本棚の大半は漫画が占領している。クローゼットには服がぎっしり詰っている。今時の女子の部屋。自分の彼女も澤田に見習って欲しいと思った。服も散乱していないし。まぁ、自殺してから親が掃除をしたのは明らかだが。
 森は一通り見終わって、写真を置いた。
 少し頭の中で整理してみる。
 直哉の部屋にあったもの、机、椅子、ベット、本棚、ポスター・・・。
 澤田の部屋にあったのの、机、椅子、ベット、本棚、服・・・・。
 一見すると必要最低源なものしか置いていないその部屋は、他に共通する物なんてないと思ってしまう。
 どこかにあるはずだ。
 どこかに・・・・。
 あ、ああ、、、
 ふと、あるものが脳裡によぎった。
 森は直哉と澤田の机が映っている写真を捜した。
 どこだ
 どこだ
森以外の人間は何事かと止まった。
 あった。
 森は二つの写真を見比べた。
 やっぱり、あった。
「どうしたんだ?何かわかったのか?」
 タカシは森に聞いた。
「ああ、俺の予想が間違っていなければな。まぁ、まだただの憶測の域を出ないが・・・」
「何だよ、早く言えよ」
 大山も先を森に促した。
 林はずっと森を見ている。
「いや、まだはっきりしてないから言っても仕方がない。これは、もうすこし調べる必要があるな・・。直哉の部屋に行ってじっくり調べないと」
 「何だよ、何か言えよ。気になるじゃねぇかよ」
 タカシはそうは言ったものの、頑固な森がそれ以上何も言わないのはわかっていた。
「すまん。まだ確定した訳じゃないしな。あいつの家に今度俺だけで行ってみる。次こそは何かつかめるかもしれない」
「じゃあ俺も行く」
「そう同じメンバーで間を開けずにいっても変だろう。俺だけで充分だ。じっくり確認してみた事あるしな」
「そうか・・」
 タカシは仲間外れにされたみたいで落ち込んだ。自分も事件解決に一役かいたいが、どうやら叶わないらしい。これまで何一つ進展するチカラになれていないし、一緒に行きたかった。
「ねぇ、本当に二人自殺じゃないのかな。そりゃあ自殺なんてする子じゃなかったけど。自殺じゃなかったら何か事件に巻き込まれたの?ああ、どうして死んでしまったんだろう。死んじゃった次の日曜に買い物行く約束もしていたんだよ。せめてもの救いは最期に笑っていた事かな。私は見たから・・」
 そうだ、林は澤田の最後を目撃している。
 澤田は最後、笑っていた。
 だとしたら、笑いながら飛び降りたのか。
「澤田も、自殺する理由なんてないよな。これは事件だと俺は思っている。二人の為にも俺達で必ずあばいてやろう。次の被害者が出るまでにな。幸い、まだ第三の自殺者はないけど。警察なんてただの自殺で済ませているに決っている。」
 これは事件だ。
「事件なんだよな・・。俺達が自殺って信じたくないだけじゃねぇか?森は何かつかんだかもしれないけど、俺は正直さっぱりだ。ただ自殺したんじゃねぇか?生き苦しい世の中、自ら命を絶つ理由なんていくらでもあるんじゃないか?」
大山のその意見も最もだとタカシは思った。同じく自殺と断定する方が自然だ。
「自殺じゃないと思うな。だってさ、死ぬ日のブログにもそんな暗い事全然書いていなかったしさ」
「ブログ?」
「うん。あれ?みんなやってないの?」
「俺はやってない。どういうものかっていうのはわかっているけど。軽いホームページを自分で作れて日記をネットで公開するやつだろう。タカシは大山はやっているのか?」
 大山は首を振った。
「俺、やっている。直哉もやっていたと思う。最近見ていなかったけど、直哉はマメに日記を書いていたと思う」
「何故それを言わない」
 森はあきれてしまった。
「だって、そんなのヒントが隠されているなんて知らないし。何かヒントあるのかな?」
「見る価値はおおいにあるだずだ」
「じゃあ、私や麻衣子と同じの使っていたんだ」
 森はタカシの携帯からインターネットにログインして、直哉のブログを先に読んだ。


自分の夢の事、つまらない学校の愚痴、好きなアーティストについて、いろいろ書いてあるが、直哉らしいおもしろい日記だった。時折きちんと笑いも織り交ぜ、読む人を飽きさせない文章になっている。その日記には読んだ人が感想を書く項目もあり、多くのコメントで埋っていた。最新の日記も読んだが、そこのコメントは直哉の死を悲しむコメントが目立った。そう、どうして死んだのだろう。その日記は、最近おもしろそうなサイトを知った、と書いてあった。
 やはり。
 森は確信した。
 二人の部屋の机の写真には、タブレット端末があった。タブレット端末、ネット、そしてこのおもしろそうなサイト。一つに今繋がった。
 そのサイトについてはおもしろそうとだけしか書いておらず、まだ見た事がなくて今日見てみるとだけ書いてあった。最期の日記の日付は自殺当日。時刻は昼。自殺をしたのは夜。その間に何かがあったから直哉は死を選んだ。直哉の死とこのおもしろそうなサイトが関係しているのは明らかだ。
 おもしろそうなサイト。
 念のため他の日記も二か月以内のものは読んだが、そのサイトについてと、死ぬ理由になる様な事は記載されていなかった。
 しかし、一体どういうサイトだろう。
 調べなければならない。
 見終わってからタカシに携帯を返した。
「サイトって何だろう?自殺と関係しているのかな。直哉の最期の日記に書いているけど」
 やはり、タカシもそこに引っかかった。
「どれ?」
 タカシは更に大山と林にみせた。
「何だろう?これが麻衣子が自殺しちゃった原因なのかな?」
「わからない。ただ、調べる価値はあるだろうな。とにかく直哉のタブレッド端末をいじったらわかると思うから、俺が行って調べてみる。機械に一番詳しいのも俺だしな。」
「大丈夫か?お前が死ぬとか嫌だぞ。」
「大丈夫だって。俺は死なないよ。まだまだやりたい事いっぱいあるしな。少なくとも自殺はしない」
 そう、まだまだやりたい事が沢山ある。それをわかっているからこそ自分が行くのだ。この中で一番自殺しない自信がある。大山とかタカシは元気そうにしているが、もしかしたら俺にも相談しない悩みを抱えているかもしれない。普段なら自殺なんてしないが、このサイトによって自殺願望が増幅させられ死んでしまうかもしれない可能性は否定出来ない。
「そういえば、澤田もブログやっているんだよな?見てみようか」
 タカシはそう提案し、林に教えてもらって携帯を操作して澤田のページに入った。
 澤田も元気な日記を書いていた。
 学校の事、友人と遊んだ事、おいしかったご飯の事。絵文字をふんだんに使い、意外に女の子らしい文体で驚いた。
森の予想は確信に変ろうとしている。
 澤田の日記にもそのサイトの事が書かれていた。おもしろそうなサイトを最近紹介され、やってみるとあった。自分がやっておもしろそうだったらここで紹介するともある。しかし、その次の日記の更新はなく、紹介もされていない。澤田も最期の日記から数時間で死んでいる。
「あった・・・。澤田もやっている・・・。一体どんなサイトなんだ・・・」
 全員、恐ろしくなった。そのサイトが二人に死に関係しているのは間違いない。自殺しないような人間を自殺に導くサイト・・・。
 直哉の日記にも、澤田の日記にもサイトの紹介がないのがせめてもの救いだ。次の被害者が出る事はないだろう。
 しかし、どうやってそのサイトを知ったのだろう。
「このサイトが関係しているのはわかった。けど、どうやってこのサイトを知ったのだろう?こんな危険なサイトが野放しにどうしてなっているんだ?」
 疑問に思う点は沢山ある。どうやってそのサイトを知ったのか、そのサイトは誰が作ったのか、どういったサイトなのか、果たして本当にそのサイトを利用すれば自殺がしたくなるのか、それか死とか関係なくただの偶然で見当違いになっているのか。
「俺もそんなの、わからない。ここに書いていないから大丈夫だとは思うけど、いいか、勝手にこのサイトを見るなよ。絶対だぞ。一人抜け駆けとかなしだぞ。これは俺の勘だけど、危険な可能性が非常に高い。俺は自殺しない自信があるが、自殺しない自信あっても絶対にみるなよ。まー探す方法なんてないと思うけどな」
「矛盾しているぞ、森は大丈夫なのかよ」
「俺は大丈夫だ。この俺を誰だと思っている?頭の回転なら学校で一番だと思っている」
「まぁ、頭はずば抜けていいよな。全国模試でも一位だったし。あれは凄いよな」

林真理子は森にそれ以上事件を調べる事を禁じられたが、どうしても調べたい欲求にかられた。
 何故なら、麻衣子は一番の親友だったのだ。
 当初は自殺だと知り、どうして相談に乗れなかったのだと己の無力さを呪ったが、どうやら自殺ではなく、その親友を死なせたのに理由がある事が判明した。指をくわえてそのまま待っておくのは親友として失格だと思った。
 どうしても、麻衣子の仇をうちたい。
 麻衣子を殺した犯人を突き止め、警察に連れて行き、罪を償わせないと気が済まない。
 これは私に与えられた使命に違いない。
 必ず麻衣子が死んだ原因を解明し、犯人を見つけてやる、真理子はそう胸に誓った。
 けど、どうやって犯人を見つければ良いのだろう。
 私には森君の様な頭はない。
 真理子は自分の部屋に着くと、携帯電話を手に持った。
 今出来る事をやる。 
 私に出来る事。
 それは、麻衣子のブログを読む事だ。
 インターネットに接続をし、サイトに入った。
 まず自分のページが画面に表示される。
 麻衣子の所に行く前にメールを確認した。
 そういえば、麻衣子が亡くなってからブログのメールを確認していなかった。

このラインより上のエリアが無料で表示されます。


 あった。
 答えは、こんな所に簡単にあった。
 それは、麻衣子からのメールだった。
「おもしろそうなサイト紹介されたから一緒にやらない?まず私がやってみるから、やってみて♪」
 という文章と、サイトへの入り方が書いてあった。最後にいくつかの単語が書いてあり、それがサイトへ入るキーらしい。どの検索エンジンを使っても構わないので、順番にひとつずつ加えて入力していくとページが表示されるらしい。
 犯人の手掛かりがこんな所にあったなんて。
 そこに入るだけで
 二人が死んだ理由がわかる。
 けど、怖い。
 ここを押すだけで、私は死んでしまうかもしれない。まだ私だって死にたくない。
 しかし、本当にこのサイトを見ただけで死んでしまうのだろうか?
 そんなの、ありえない。
 けど、実際にあり得ない事が今起こっているのも確かだ。
 これは運命、使命だ、そう真理子は自分に言い聞かした。
 二人の自殺理由は、自分の部屋からの飛び降りだ。それは大丈夫。真理子の部屋は一軒屋の一階にある。
 部屋を見渡す。自殺に結びつくものは何もない。
 万が一を考えたが、例え自殺がしたくなってもこの部屋では不可能な事を確認した。
 大丈夫、大丈夫だ。
 麻衣子の仇打ちだ。
 念のため、サイトを見る前に麻衣子と同じグループだった共通の友達に連絡を取ったが、誰もこのサイトを紹介された子はいなかった。
 そして、このサイトへの入り方を森君にラインを入れる。自分が消えてしまった時を考え、森君に託す。
 腹はくくった。
 大丈夫、私は決して死なない。
真理子は大きく深呼吸をした後、検索エンジンを開いた。
 まず一つ目の言葉を入力する。
「イノセントワールド」
 そしてエンターを押す。
 画面がかわり、続けて言葉を入力する。
 イノセントワールド

 自殺するサイトってどんなんだろう。
 タカシは家に帰り、一人で自分の携帯電話で調べてみたが、見当もつかなかった。
 考えられるキーワードを入力して検索をしても、まったく自殺したくはならない。
 まぁ、無理もない、自分はちっとも自殺したいという気持ちなんて持ち合わせていないからだ。しかし、それはあの二人も一緒だったはず。
 自殺するサイト・・。自殺願望がなくても、そのサイトをみれば自殺したくなる・・・。一体どういうサイトなのだろう。自分への悪口がピンポイントで書いてあるのだろうか?いやいや、悪口を見ただけであの二人は死を選ぶ様な人間じゃない。図太い人間だったはずだ。自分も悪口を読んだだけで死にたいとか思わない。まだまだやりたい事が沢山ある。死んでなんかいられない。
 死ぬってどんなもんだろう。
 答えがみつからないのでそういった事まで考えてしまっている。
 死んだら、どうなるんだろう。
死んだら終わりだろう。
 天国ってあるのかな。
 幽霊とかいるのかな。
 自分は宗教にそんなに熱心でもなく、霊感もないから、これまでは死が遠い存在になっていた。そんな中で直哉が死んで、人間ってあっけないものだと知った。この前まで笑顔で冗談を言い合っていた奴も、簡単に死んでしまう。そして死んだら当然もう喋れないし、冗談も言えない。人間はいつかは死ぬ。けど、今はまだ死にたくない。それは直哉も思っていたはずだ。俺達の中でも一番自殺から遠い人間だった直哉。
 直哉、どうして死んでしまったんだよ。
 すっと涙がこぼれた。
 気付いたら泣いていた。
 みんなの前では耐えていたが、やはり一人になると無理だ。我慢なんて出来ない。
 直哉、どうして死んでしまったんだよ。
死ぬって何だろう。
死んだらどうなるんだろう。
どうして自殺する人は死を選ぶのだろう。
生きるという選択肢はなかったのだろうか。
生きて、その問題を解決すれば良いだけではないか、それは間違いなのか。
直哉が死んでから、タカシはそう自問自答を繰り返した。
答えはまだ出ていない。
答えなどあるのかさえわからなかった。
生きる。
死ぬ。
人間はどうして死ぬのだろう。
どうして死ななければならないのだろうか。
どうして死ぬ必要があるのだろうか。
死ななければいけない理由とは何だろう。
 俺は、頭がそんなに良くない。
 勉強も苦手。得意科目は国語と英語だけど、森には軽く負けている。だからそんな哲学的な事はよくわからないけど、自殺はよくない事は知っている。どんな理由があるにせよ、まわりが悲しむ。生きてさえいれば、やり直せれるはずだ。誰だって人間だから間違いや失敗もするだろう、ロボットじゃないんだ。
 例え良い大学に入っても一生幸せとは限らない。大学受験に失敗したとしても、幸せな人は沢山いるし、お金を稼げる人は沢山いるはずだ。試験に落ちようが死ぬ事はないし、リベンジできる権利は誰にでもある。だからこそ、だからこそ死ぬのはもったいない。みすみすその挑戦権を放棄している様に思えてしまう。
パソコンで自殺について調べていると、毎年の自殺者がここ最近三万人を超えているという事実を初めて知った。
 三万・・・
 三万もの人が自ら命を絶っている・・。
 豊かなこの国で、だ。
 その三万人分の家族、友達の悲しみが生まれた。
 一番泣いたのは本人だったろう。
 もっと生きたかったに違いない。
 三万人ってどれくらいだろう?
 三万・・・プロ野球の観客?
 どっかの街の住人の数?
 大きい大学の学生の数?
 よくわからないけど、多いのは確かだ。
 戦争もなく、貧困とは無縁のこの国で
 未来に絶望をして、死んだ人がそんなにもいる。
 もしかして
 この国ってやばいのか?
 未来は暗いのか?
 生きる価値はないのだろうか?
 確かにテレビのニュースでは暗い話が多い。
 殺人、年金問題、国債発行、テロ、拉致・・。
 しかし、生きる価値はないのだろうか?
 三万の人達は生きる価値がないとどうして思ったのだろうか?
 そりゃあ生きていたら良い事ばっかりじゃない。けれども、悪い事ばっかりでもないと思う。
 生きていたらきっと楽しい事もあるはずだ。
あー頭がパンクしそうだ。
 頭が悪いので、生きる価値とかよくわからないけど俺はしたい事がまだまだ沢山あるし、仲が良い友達がいるし、家族がいるから死にたいなんて思わない。
 もっとシンプルにみんな考えたらいいのに。
 俺みたいにさ。
 自分なりに試行錯誤して問題のサイトを捜したが、結局ヒントさえ、見つけられなかった。

 そもそも本当にそういうサイトがあるのか、とさえ思えてきてしまい、最後は無料動画サイトで好きなお笑い芸人のミニコントを観賞した。
 つい数時間前は自殺について考えていたが、もう最後は芸人のギャグで笑っている自分がいる。
 これが生きているっていう事だと思った。
 死んだら好きな芸人のギャグで笑えない。 
 俺は笑える。
 やっぱり、生きているっていい。
 俺は死なない。
 死にたくない。
晩御飯は焼き肉だった。
 和牛を腹いっぱい食べて、コーラを飲んだ。
 死んでいたら食べられないし、コーラも飲めない。
 風呂に入って、深夜のお笑い番組を見てから布団に入った。いろいろ考え事があるから寝付けないかと思ったけどすぐに意識が飛んだ。
 そもそもああいうサイトがあるのだろうか。
 森の考えすぎじゃないのか。
 このままもう何も起こらないんじゃないか、もう何も起こって欲しくないと願った。
 しかしその願いは叶わなかった。


寝ていたら、携帯の着信音で目が覚めた。
 眠気なまこで携帯の画面を見る。
 森からだった。
 時間は早朝の4時半。
「もしもし、どうしたんだよ、こんな時間に勘弁してくれよなー。」
 まだ意識の半分は深い眠りについている。
 森からこんな時間に電話があった事なんてなかった。何が起こったかより眠気が勝ち、怒りさえあった。寝かせてくれ。
「すまん、今から出られるか?」
「え、い、いまから?」
 まだ半分寝ている。
「そう、今からだ。俺はお前の家の前にいるから出てきてくれ。急げ。」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ・・。こんな時間から一体どこに行こうっていうんだ?寝て起きて朝からでいいだろう?今何時だと思う?四時だぞ。」
「そんな事言っている場合じゃない。林が自殺するかもしれないんだ、早くしろ。」
「えっ??」
 一瞬で目が覚めた。
「どうして?」
 上半身を起こして部屋の明かりを点けた。
「ラインがきていた。あいつはゲームの入り方を知ったんだ。早くしろ」
 森は語気を強めて急かした。
「ゲーム?・・わかった、すぐ出る」
 ジーンズを履き、上着をはおる。
 携帯を手に持ち、玄関へと走った。
 家の前の道路に出ると、森が自転車に跨って待っていた。
「乗れ」
「オッケー」
 森は限界以上の力でペダルをこいだ。
「何があったんだよ」
 大声で叫ぶ。
「俺は彼女と遊んでいて、ずっと携帯を見ていなかったんだ。俺は人といると携帯は極力見ない主義だからな。それで、さっき家に帰って携帯を見たら林真理子からラインがきていたんだ。見てみろ。右のポケットに携帯が入っている。」
 森のポケットをまさぐり、携帯を開けた。林真理子からのラインがあった。
「初めに謝っておきます。ごめんなさい、森君。許して下さい。私は今からあの問題のサイトを見ます。入り方がわかりました。麻衣子からブログの私の所にメールがきていました。わかっても絶対に一人でやらないと約束をしましたが、約束を破ります。ごめんなさい。どうしても麻衣子の仇を自分で打ちたかったのです。けど、大丈夫です。私は死にません。死にたいと全く思っていないからです。それに、私の家は一軒屋です。万が一、自殺したくなっても飛び降りが出来ないので、自殺を図っても未遂に終わると思います。恐らくこのサイトを紹介したのは私にだけだと思います。なので、これ以上被害者は出ないので安心して下さい。今が夜の21時21分。幸か不幸か、両親は旅行に行って家には私だけです。このメールに気がついて家に来るなら構いません。真相を暴いた私がいるのか、変わり果てた私がいるのか。大丈夫、私は死にません。家の鍵は開けておきます。もし、私が死んでしまった時は、手を引いても良いと思います。しかし、先に進むなら止めません。このサイトへの入り方を書いておきます。これは、簡単に説明をすると、インターネットのゲームらしいです。どんな検索エンジンでも良いので、今から続く言葉を順番に加えていって検索をすると出てくるらしいです。それは、イノセントワールド、自由、愛、死、破滅、希望、無能、夢です。それではそろそろプレイしてみます。また後で」
 理解するのに数秒かかったが、かなりやばい事だとわかった。
「これって、かなりやばいよな??」
「かなり、な。だからいそいでいる」
 周りの景色がどんどん変っていく。早朝で車があまり走っていないのも味方して、森は自転車を飛ばした。早く、早く、もっと早く。
「林、大丈夫かな?」
「さぁな、わからねぇ。ラインがきてからもう七時間位経過しているからな。あいつの家が一軒家で飛び降りのしようがないのは救いだけど、直哉はナイフで自分を切っている。自殺の方法なんていくらでもあるしな。あーくそ、どうして俺は携帯を見ないで放置していたんだ。女と遊んでいる場合じゃねーよな。くそ、くそ、くそ」
急カーブもブレーキをかけずに降りていく。最高速度を保ったまま、最短距離で目的地へと急いだ。
 もしかしたらもう間に合わないかもしれない。
 林が死ぬ。
 そんなの嫌だ。
 どうしてあんな危険なものに一人で挑戦しようとしたんだ。
「そういえば、ゲームって何だろう?ゲームをやって人って死ぬのかな?」
「俺の考えはとりあえず後で話す」
 森はひたすら足に神経を集中させて力を入れた。
 林は直哉の家の近くだった。初めて来る。門に林と書いてある。大きな現代的な家だった。辺りが静寂に包まれているのが不気味だった。森が自転車を止め、二人で門の前に立った。
「林、生きているよな?何もなかったって、笑顔できっと待っているに違いないよな?」
「どうだかな」
「そういえば、大山は?あいつにも連絡した?」
 入りたくないので適当に話をふった。
「あいつ寝てやがる。タカシに連絡する前に電話したけど出ねーんだ」
 森はゆっくりと林の家を地面から屋根まで見上げた。今森は何を思っているのだろうか。
 森が家のチャイムを鳴らす。
 しかし、全く何の反応もない。
「入るか。林にはいっぱい電話しているけど、出ないしな」
「ああ、入るか・・」
 覚悟を決めた。
 森が門を開けた。やはり鍵はかかっていない。
 玄関の扉を開けると、ひやんりとした空気が中から出てきた。二人、家の中に入る。音はない。広くて綺麗な玄関。
 「林ーーいるかーーー寝ているのか、俺だ、森だ。タカシもいる。起きているのか、電話しても出ないから来たぞ。一応中に入るからな。びっくりするなよー。」
 しかし返事はない。
 靴を脱ぎ、廊下を歩いて奥へと進んだ。森が先頭を歩き、そのすぐ後ろに続いた。こういう時、この森の性格に感謝する。どちらも林の部屋がどこにあるかわからないが、とりあえず進んだ。突当りの部屋の前で森が止まった。ドアがしまっている。
「ここかな」
「さぁ、わかんねぇ」
 あらゆる事を想像した。勿論最悪な結果も。そうやって自分へのショックを無意識に減らす努力をした。どうしても嫌な予感しかしないのだ。
 森は深呼吸してから勢いよくドアを引いた。
 林がいた。
 血まみれだった。
 血の海の中に林が倒れていた。
 二人、立ち尽くした。
 この状況がすぐに受け入れられなかった。
 台所。
 林。
 刺身包丁が転がっている。
 部屋全体を見るのではなくぼんやりと眺めていると、音が聞こえた。
 林の咽喉からだった。
 まだ、生きている。
「救急車だ、救急車だ、まだ生きている。」
 森は我に返り、林の元へ飛び込んだ。
「タカシ、救急に電話だ、早く、早くしろ」
 体が動かなかった。
「早くしろ」
 森に体を揺さぶられてようやく体が動いた。
「あ、うん、わかった」
 服が血で染まった。森の手には林の血がついていた。虚ろな目で林が森を見ている。
 やばい
 携帯を取り出し、救急に電話をした。初めて救急に電話をする。気が動転していたが、何とか番号を押した。すぐに相手の声がした。
 林によびかける声がする。
 止血しようと試みている。
 時間が乱れ、空間が歪んだ様に錯覚した。
 それ位、救急車が来るまで非現実的だった。
 ただ自分の無力さを呪った。


結局、林はすぐに運ばれた病院で息をひきとった。

 第一発見者という事もあり、森と一緒にその日に警察で事情聴取をされた。刺し跡等から自殺と断定されていたので、強くは問い詰められなかったが、あの時間にどうして林の家に行ったのか聞かれ、自殺する予兆があった為二人で行ったと答えた。ゲームの事は言わなかった。まさかゲームが原因で自殺をした等と説明したら、変な疑いをかけられると思ったからだ。とにかく、警察は勘弁。警察署に居るだけでドキドキして挙動不審になってしまう。森はゲームの事を喋ったか気になったが、個別に聞かれていたのでどうしようもなかった。
 警察を出る頃には夕方になっていた。母親が迎えに来てくれたが、ひどく心配していた。無理もない。自殺だと断定されているから責められもせず、ただ二人して帰った。帰りのバスの中で何を喋ったか覚えていない。ずっと森と早く連絡をとりたいとだけ思って窓からの景色を眺めた。
 林も死んだのだ。
 ゲーム?
 森が林の家に行く前に言っていた言葉を思い出した。ゲームのせいで死んだのか。
 人はゲームで死ぬのだろうか。
 しかし、現に三人も死んでいる。 
 カレーは大好物のはずだが、ちっとも味がわからなかった。母親は自殺について聞いてこない。テレビからは嫌いな太ったお笑い芸人の下品な笑い声が聞こえる。僕は淡々とカレーを口に入れる。食事が終わり、食器をシンクに運んだ時に母親から自殺だけはしないでね、悩みがあったら言ってね、と強く願われた。大丈夫、自殺なんてしないよ、と極力明るく答えた。
 自分の部屋に戻って扉を閉めると、大きく深呼吸をした。家に帰ってからも母親は自分を一人にしようとはしてくれなかった。まあ、仕方のない事だろう。同級生が三人も自殺をして、その現場に立ち会ったのだから。
 林のあの最後の顔が思い浮かぶ。
 林は笑っていた。
 確かに、笑っていた。
 今まさに死ぬというのに、笑っていた。
 死ぬ直前に笑えるものだろうか
 あれは偶然とかたまたまではない
 林は笑っていた。
 どうして死ぬというのに笑えるんだ。
 まだ若い。
 まだまだしたい事が一杯あったはずだ。
 悔いなんていっぱいあるだろう。
 なのに、どうして、死ねるんだ。
 一体、どういうゲームなのだろう。
 部屋にあるテレビも、コンポの電源もつける気にならず、椅子に座って天井を見上げながら三人の事を考えた。

 どれ位時間が経過しただろう。
 ふいに、携帯が鳴った。
 誰か確認せずにすぐに出た。
「もしもし、森か。」
「ああ、俺だ。すぐ取ったな。今どこだ?家か?」
「家だ。森は?」
「俺も家。今日会おうか。」
「そうしたいけど、今日はもう親が出してくれないっぽい。かなり心配しているからなー俺も自殺しないかって。俺は絶対にしねーけどね」
「そうか、普通そうだよな・・。けど会って話したいしな・・。あ、あのサイトに勝手に一人で入るんじゃねーぞ」
「それはこっちのセリフだ。俺はあのキーワードなんて覚えてねーよ。絶対に一人でやるなよ?」
「ああ、やる訳ねーよ。・・今夜、親が寝た時抜け出せるか?」 
「・・・やってみる」
「オッケー。早い方がいい」
 会う約束をしただけで電話は切れた。
 自分も、森もその後の言葉をぐっと抑えた。
 風呂で湯船に浸かっている時も、気休めでテレビをつけても、あのサイトについて考えていた。
 やれば、自殺したくなるサイト。
 どういうものだろう?
 実際に存在している・・。
 三人はそのせいで死んだ。
 一体、誰が、どんな目的で作ったのだ。
 そのゲームも、作成した人物も許せない。
 深夜になるのがひどく遅く感じた。ゲームをしたり遊んでいるとあっという間に時間が過ぎてしまうのに、なかなか親が寝る時間にならなかった。
 早く森に会いたい気もちと、会いたくないという相反する気もちがタカシにあった。
 事件の先を知りたいという思いと、もうこれ以上関わりたくないという考え。
 俺はどうしたらいいのだろう。
 とにかく、死にたくない。
 死にたくないが、安全が確保された状態ならばあのゲームをしてみたい。
 ちょっとだけゲーマーの血が騒ぐのだ。勿論、一人ではしたくない。

結局、夜に森とは会えなかった。
 新たにクラスメイトが三人死んだからだ。
 どうなっているんだ。
 森と会うはずだった日に、クラスメイトが三人も死んだ。勿論、自殺だ。三人の中に、安田祥子がいた事が、タカシを失意のどん底に落とした。
 タカシは安田の事が好きだった。一年で同じクラスになり、入学式でひとめぼれをしてからずっと好きだった。告白はしていないが、いつかしたいと思っていた、その好きだった安田も犠牲になった。
 学校へ行く足が象の様に重かったが、自分は行くべきと考え、嵐の中一歩一歩死に物狂いで進んで教室に入った。
 学校は混乱した。
 全てのクラスは自習になり、教室で待機しているタカシのクラスの女子の大半が泣いていた。
 同じ様に泣きたかったが、ぐっとこらえた。
 いつもみたいな笑い声や雑談は一切聞こえない。
 先生はいないが席を離れる者は誰もいなかった。
 休んでいるクラスメイトもいる。
 無理もない。
 自殺した三人の中に森の彼女も居た。


俺は、森の方をずっと見られなかった。
 きちんと学校に来て、席に着いてはいるが、窓の外を眺め、悲痛な表情を浮かべている男に話しかけるバカはいなかった。
 学校はあっという間に終わった気がするし、永遠なのかと思う程時間の経過が遅くも感じた。時間間隔が欠如していた。気がづいたら学校が終わっていた。鞄を持ち、森に会いに行った。
 言葉はかけない。
 並んで廊下に出た。
 いつもなら誰か必ず走り回っているはずなのに、静寂が支配している。笑い声もない。ただ廊下があり、ただ二人してそこを進んでいる。
 かける言葉がなかった。

 森の家に入り、タブレッド端末の電源をつけるまで一言も言葉を交さなかった。
 「彼女が死んだ」
 ぽつり、と森がうつむきながら言った。
 泣いてはいないが、今にも泣きそうな声だった。
 タカシも泣きたかった。
「自殺、なのか?」
「ああ、飛び降り自殺だ。あいつの親から連絡あって、病院に行ったけど、もうそこに魂はなかった。タカシ・・・・なぁ、どうしてなんだよ。どうしてあいつが死ななければいけないんだよ」
 タカシも、森の彼女を思い出した。
 勉強も出来て、性格も良くて、誰からも好かれていた。あのかわいい笑顔が思い浮かぶ。しかし、もうここにはいない。
 死んだ。
 死んでしまったのだ。 
 ホントだ。
 どうして死ななければいけないんだ。
「あのゲームか?」
「確実にな。あいつが自殺する理由なんてないんだよ。タカシ、かたき討ちだ」
「そうだな。けど、彼女の傍にいてあげなくても良いのか?寂しがっているんじゃないか?」
「ゲームが終わったら会いに行くさ。絶対にこのゲームを作ったやつを俺は許さない」
「彼女、どうやってあのゲームを知ったのかな?」
「さぁな、後であいつの携帯を見てみたらそれはわかる事だろう、彼氏だから親も見せてくれるだろうしな。これを教えたやつも勿論許せない。ぶっ殺す。」
 普段冷静な森だが、これ程までに感情を昂らせた姿でも驚きはしない。もし自分が同じ立場だったらと考えると、発狂してもおかしくないと思った。

 二人で交互にゲームをする事に決めた。
 これまで自殺した者は一人で長時間やり続けた後に死んでいる。調べる為にゲームをするのに死んでしまってはシャレにならない。ゲーム時間を30分と決め、時間がきたら交代をする、その考えにタカシも乗った。
 まずは森の強い希望で、森からプレイする事になった。あの目で訴えられたら譲るしかない。
 椅子に座り、タブレッド端末の画面と向き合う。
 タカシは横で食入る様に画面を覗き込んだ。
 検索エンジンを使い、文字を入力した。
「イノセントワールド」
「イノセントワールド」と入力し、エンターキーを押すと、該当するサイトが一万を超えて表示された。
 続けて「自由」と入れる。
 該当するサイトが極端に減る。
「愛」と加える。
 該当するサイトが数十件に絞られた。
「死」と入れて検索する。
 該当するサイトがないと画面に出た。
「これ、どういう事だ?あいつ、間違って俺達に教えていたのかな?」
 予想外の事態で森にとっさに聞いた。
「まー待て、全部入れてみよう」
「そんなんしても無駄だろ。だって、この時点でゼロってなっているんだから。」
「とにかくやってみる。」
 キーワードを全て入れて、検索ボタンを押した。
 画面が暗転し、波の音が聞こえた。
「イノセントワールド」という文字がうっすらと現れた。
「これだ・・・」
 二人、固まってしまった。
 ついにあった。
 本当にあったのだ。
 にっくきゲームのはずだが、イノセントワールドという文字の背景が綺麗な空になり、とても危険なゲームには見なかった。しかし、これのせいで何人も死んでいる、それは事実。タカシは警戒した。
「エンターって書いてあるな。さっそく入ってみるぜ」 
「オッケー。なあ、必ず三十分で交代だぜ?強制的に終わらせるからな?」
「わかっている。俺が集中していても終わらせてくれよ。頼んだぜ」
 サイトに入るのに何の躊躇もなかった。


 森はイノセントワールドへと入っていった。
 画面が変わり、アニメのキャラが中央に出現した。かわいい女の子。よく出来ている。どうやって作ったのだろう?何かのアニメを盗作しているのだろうか。
「ようこそ、イノセントワールドへ。ヘッドフォンがある人はヘッドフォンを装着してね」
 迷わずヘッドフォンを耳にあてた。
「このゲームにはあなたの望むものが全てあります。まずはユーザー登録をするから全ての質問に答えて項目を埋めてね。写真登録もするよー」
 モニターにびっしりと質問と回答する文が表示された。名前、身長、好きな音楽、好きな言葉、好きな音楽、ざっと見ただけでも百以上ある。
「何だよこれ?めちゃくちゃあるなー。全部答えないといけないのかな?」
 タカシは思ったままの事を口にした。
 確かに多い。
 スラスラと入力していく。タイピングが出来る森の手はタカシからしたら神であった。
 ついでに自分の顔も登録する。
 質問の全てに答え、終了ボタンをクリックする。
 画面が一瞬光り、公園が現れた。
 本物の公園?
 日本の、どこにでもある様な小さな公園。
 すごくリアル。
 作り物に見えない。
 奥にペンキのはがれかかった遊具があり、手前には茶色のちいさなベンチがある。中央には巨木がかまえている。
 人は誰もいない。
 これは一体どういうゲームなのだろう?
 耳から生活音が聞こえる。近くに民家がある?
 マウスを動かすと景色がゆっくり回った。
 今度は道路が見えた。
 どうやら後ろを向いたらしい。
 普通の道路だ。
 マウスを動かすと、道路に出た。
どうやらマウスで操作していくらしい。
 これはオンラインゲームなのだろうか。
 自分はした事ないが、オンラインゲームにはまっている人間を何人か知っている。たまたまかもしれないが、全員どっぷりゲームにはまり、ネット廃人と呼ばれるまでゲーム中心の生活を送っていた。あいつらももしかしたらこのゲームをしていたのだろうか。これはもしかしたら有名なゲームかもしれない。こんなリアルなゲームを製作されるのに膨大な資金が必要な事位わかる。個人じゃない、組織的な仕業、一体誰が何の為にこれを作ったのだろう。
 それにしてもリアルだ。
 カメラでそこらへんを撮影し、その中に自分が入りこんだ感覚。
 現実じゃないよな。
 誰も人はいない。
 少し進んでみる事にした。
 とりあえず右を選んで進んだ。
 日本のどこにでもある風景。車が二台も通れない狭い道路。懐かしいと思うのは何故だろう。人がいるのがわかる。相変らず生活音が聞こえるから。テレビを家でつけて窓を開けている家があるのがわかる。道の端には青青しい雑草が生い茂っている。
 歩いていると、前から誰かが歩いてくるのが見えた。
おばあさんだ。
 人間。
 テレビの中かこれは?
 ゲームはここまで進化したのだろうか?
 ゲームを小学生で卒業した森には衝撃的過ぎた。
 人間なのだ。
 人間だ。
 ゲームのキャラじゃない。
 おばあさんとゆっくりとすれ違った。
 これはどういうゲームなのだろう。
 ロールプレイングゲーム?
 シミュレーション?
 始める前に何の説明もなかった。何て不親切なゲームなのだろう。
 ふと、画面右下に四角い空白がある事にきづいた。
 何だろう?
 マウスを合わせてみると、文字が打てるみたいだった。
 文字をここに入れるのか?
 もしかしたら、ここに文字を入れるとその通りにこの動かしているキャラが動くのだろうか? 
「上を見上げる」
 と入れてみた。
 そしたら画面が上に向い、空になった。
 快晴。
 少し、ゲームの事がわかった。
 リアルな映像と、リアルな音。
 おばあさんに右下の空欄と命令。
 少しだけわかった気がする。
 どんな事を入れてもその通りにするのだろうか?
 「前を見る」
 と書いてみた。
 そしたらやはり前を見た。
 「前に進む」
 と入れる。
 景色がゆっくりと流れ、前に進んでいるのがわかる。
 これはゲームなのだろうか。
 現実ではない、ゲーム。
 しかし、それにしてもリアルだ。
 しばらく歩いていると、今度は若い男が二人立っているのが見えた。
 髪を茶色に染め、だらしない服装をお揃いでしている。お兄系というその格好はどうも好きになれなかった。似た様な服を着て恥ずかしくないのだろうか。
 二人と目が合った。
 いつもだったら目をそらして道を開けるが、今はそういう事をする必要なんてない。そのまま進む。
 歩く。
 距離が近寄る。
 だが俺は避けない。
 二人も道を譲らない。
 「おい、テメー、どけよ」
 人間の声が耳に入ってきた。
 どこまでリアルなのだろう。コンピュータが造った機械音ではない、人間の声。
「お前達がどけよ、邪魔なんだよ。」
 そうキーをうつと、自分がそう相手に言っている声が聞こえた。
「邪魔だと?お前、喧嘩売っているのか?」
 背の高い方がこちらを睨みながら言った。もう一人の茶髪男も詰め寄ってきた。
 しかし、全然怖くない。
 ぶちのめしてやる。
「喧嘩売っているんだよ」
 俺はすぐに背の高い方の腹に右ストレートをお見舞いした。男が仰け反った所に続け様に頬に左フックを入れる。見事にクリーンヒットした。簡単に人間って倒れるものかと思う位、男はその場にくずれ落ちた。
 隣で威勢の良かった男は驚いて身動きがとれないでいる。次はお前だ、と言わんばかりに一撃を加える。
「何しやがる、キサマ」
 叫び声をあげて襲いかかって来たが、冷静に対処をする。鼻、みぞおち、顎、急所に強烈な打撃を当ててやった。
 それは一瞬で終わった。
 二人は地面に倒れ、俺は立っていた。
今、俺は喧嘩をした。
そして男二人を簡単に倒して、一人無傷で立っている。興奮して息が荒くなっているのがわかる。
小学校の時に同級生と喧嘩をした事もあるが、これ程まで激しい喧嘩は経験になかった。
妙な感情が生まれている。
これは一体何だろう?
嬉しいのか俺は?
何だ?
喧嘩というのはこういうものなのだろうか?
圧倒的な力を持って他者を制圧するとは、こういう事なのだろうか?
格闘技を見るのは好きだがしたいと思った事はなかった。
格闘技をしている者は皆こういう感情を経験しているのだろうか。
空を見上げた。
気分が良い、自分に酔っているのか、もっと人を殴りたい。自分は実は強かったのだ。この強さを今すぐ誰かにぶつけたい。
遠くで人の悲鳴が聞こえた。
誰かがこの惨状を発見したらしい。
警察に捕まる、
そう焦って路地裏に逃げ込んだ。
全力で走ったので息が荒れる。
地面に腰を落とし、自分の掌を確認した。血で染まっている。胸の鼓動が激しさを増す。明らかに今興奮している。
この感情は何だろう?
俺はこういう人間だったのか?
暴力を否定してきたが、肯定したくなる気分だ。
俺はどうかしている。
いや、以前の俺がどうかしていたのか。


急に目の前にタブレッド端末が現れた。
一瞬、訳がわからなかった。
「森、大丈夫か?大丈夫か?」
 横を向くと、タカシが今にも泣きそうな顔をしていた。そして、タカシに右肩を持たれていた事に気付いた。
状況が掴めない。
「よかった、本当によかった」
タカシが安堵している。
掌を見る。びっしょりと汗をかいている。血はない。全身に大量の汗が噴き出ている。心臓の音がすぐそばで鳴っている様に聴こえる位、息が粗くなっている。
これがイノセントワールドなのか。
このゲームを経験してみてわかった。
これは、とんでもなく恐ろしいゲームだ。

いつもの森じゃなかった。
ゲームを開始してすぐに森がゲームに集中した。その姿は異様としか言いようがなかった。瞬きをする時間さえ勿体ないという風に、ずっと画面に見入り、ただキーボードを叩く機械になってしまったと思った。
どうしていいかわからず、自分も画面にただ集中するしかなかった。
温厚な森が喧嘩をし、相手を再起不能にしてる所で、危険を感じた。
「なあ、これすごいよな?」
そう声をかけても無視された。
最初、聴こえていないのかと思い、今度は肩をたたいてもう一度話しかけた。
それでも一切こちらを振り返らなかった。
すぐ様、体を強引に押して、タブレッド端末を取り上げた。
森はやっと我に返り、こちらを見た。
震えている。
これが、あの冷静な森なのだろうか。
一体どうなっているんだ。
とにかく、自分達が今、とんでもないものに挑んでいるのが改めてわかった。
森は自分の掌を見て、大きく深呼吸をして息を整えようとしている。
画面は空の場面で止っている。タブレットの画面がうす気味悪く笑っている様に思えた。誘っている。
これは一体どういうゲームなのだろう。
誰が、いつ、何の為に造ったのだ。
森がやり、次は自分の番だ。
 しかし、やりたくないというのが正直な気もちだ。すぐ横に森がいるから死ぬ事はないかもしれないが、もう恐怖に押しつぶされそうで、ゲームをする気になんてなれない。みんなが自殺をする理由が少しわかった気がする。死のゲーム。

 どうしよう、やらなければならない。けど恐い。もしかしたら死んでしまうかもしれないという事を知った上で、先に森にしてもらい、次に自分がすると言ったが、森の変わり様をまざまざと見せつけられては、自らやるとは言える気になれない。俺は人間だ、ごく普通の人間だ。森みたいに頭も良くないし、勇気もない。普通の人間なのだ。
 できればやりたくない。
「もう大丈夫だ。ありがとう」
 森はすっと立ち、笑ってみせた。それはいつもの冷静な頼りになる森だ。
「よかった、戻ったみたいだな。びっくりしたぞ、一体どうなったんだ?」
「よくわからない。ただ、俺に何度も話しかけたんだよな?」
「そうだぜ。全く反応がなかったから無理やり中断させた」
「そうか・・・助かった。ありがとう」
 とても落ち着いている。よかった、いつもの森だ。先ほどまでの森を見た後なので安堵した。何度もそういつもの森だと自分に言いきかせた。
 「なあ、どうなってしまったんだ?横で見ていたけど、びっくりした。どういうゲームなんだ?」

「俺も驚いたさ。どうなったというか、最初はよく出来たゲームだと思っていたけど、いつの間にか実際に自分がそこにいて、歩いて、人を殴っている感覚になって、現実かゲームかよくわからなくなって、怖くなって逃げ出して、掌には血がついていて、今までそんなひどい喧嘩なんかした事ないのにしてしまって・・・気付いたらここに意識が戻っていた。このゲーム凄いな・・・。実際に人を殴っているみたいだった。ただ文字を入力しているだけだったよな?」
「ああ、そうだ。ずっと画面に集中していた。ただそれだけだ。けど、これはおかしいなって気付いて」
「うーん・・想像以上にこれは凄いな。けどこれで確信した。みんなこのゲームのせいで死んだ。それは確かだ。」
「やっぱり、そうだよな。けど、どうやって自殺に向かわせるのだろう?」
これがやばいゲームだというのはわかった。しかし、だからといって自殺にどう繋がるかはわかなかった。
「さあ、どうだろうな。ちょっと休憩をしないか?」
「賛成。」
 勿論その提案に乗った。窓を開け、嫌な空気を入れ替える。
 自分もそのゲームに挑戦する事は考えない様にした。
 気分転換が出来たらと、テレビをつける。つまらないワイドショーしかやっていない。
芸能人の恋の話をコメンテーター達が喋っている。平和だ。俺達がさっきまで生きるか死ぬかの挑戦をしていたっていうのに、日本は平和だ。
 そもそも、あのゲームは誰が何の目的で造ったのだろう。もう俺達の知り合い以外でした事ある人は他にいるのだろうか。どうだろう。そしたら既にニュースになっているはずだから、俺達が最初なのだろうか。あいつは、どうしてこのゲームを知ったのだろう?
 謎は深まるばかりだ。 
 テレビを見ているが、内容は全く頭に入ってこない。やはりゲームの事が気になってしまう。ああ、休憩とはどれ位の事を言うのだろう。あと少しで自分もしなければならない、俺はどうなってしまうのだ。

「ごめん、タカシ。やっぱり俺、彼女のとこにちょっと行ってあげたいんだ」
 ふいに、森が切り出した。
「ああ、そうだよな、行ってあげたいよな。わかる。一緒に行こう」
「いや、俺一人で大丈夫だ。ゲームは夜でもいいか?」
「全然、大丈夫。そうしよう、うん、そうしよう。寂しがっていると思うしな」
正直、その提案にほっとした。心の準備等出来ていないし、今すぐやれと言われても無理だ。時間が必要だ。
 森も人間だ。やはり彼女のそばに居てあげたいと思うのは、ごく自然な事だ。
「じゃあいつ集合にする?」
「それはまたこっちから連絡する」
「オッケー」 
 森の家を出た。
 俺は何故ここでゲームを自分がやらなかったか、悔んでも悔やみきれない。


俺たちはゲームの真相に無事辿り着けるのだろうか。
 俺か森、どちらかが死にはしないか不安過ぎる。可能性が高いとすれば確実に自分になる。誰がどう見たってそうだ。バカで、間抜けで、抜けている俺と、秀才で、冷静で完璧な森。 
 しかし、俺はまだまだ死にたくない。
 したい事が沢山ある。
 あれもしたい、これもしたい。
 死ぬなんて嫌だ。
 けど、死ぬ理由がない奴らが死んでいる。そこが怖かった。
 森だったから良いものを、俺だったら自殺未遂をしていたのかもしれない。みんなを死なせたこのゲームがにくいが、怖い。だって、俺は平凡な人間なのだ。

 タカシと別れた後、家を出て歩いた。彼女の家には歩いてだと相当時間がかかるが、自転車は使わなかった。目的地が違うのだ。確認しなければならない場所があるのだ。それはタカシと一緒ではなく、一人で行かなければならなかった。だからあえて彼女の所に行くふりをし、タカシを家に帰した。
 どうか自分の推理が外れてくれと願った。その場所まではそう遠くない。向っている途中、色々な事を考えた。彼女の事、ゲームの事。ゲームが憎いが、予想が的中した場合一人ですぐにあのゲームをしなければならないとわかっている。だからこそ、どうか違っていてくれと、心の中で神様に懇願した。
 どうして人は死ぬのだろう
 どうして人は死ぬ必要があるのだろう
 そして、どうしてみんな自ら死を選んだのだろう。
 予想が外れているかどうかもうすぐわかる。
 どうか違っていてくれ。
 少ししかあのゲームをプレイしていないが、どういうゲームかわかった。そして、今から行く場所が当っていたら、みんなが笑顔で自殺した理由がわかる。
 昔読んだ科学の本に書いてあった話を思い出した。まだ仮説に過ぎないが、今から行く場所が当っていたら信憑性が増す。
 どうか外れていて欲しい。
 笑顔で死を選ぶ理由。
 アポトーシスというのがある。
  それは、体を構成する細胞の死に方の一種で、個体をより良い状態に保つために引き起こされる、管理・調節された細胞の自殺。そういうのが毎日人間の体でも起こっているのだとその本を読んで知った。今回の自殺が、このアポトーシスと関係しているという思いが強くなった。細胞はより良い状態を保つ為に自殺を繰り返している。人間はその細胞の集合体であり、少なからず誰しも一歩間違えればその道を選んでしまう可能性もあるのではないか。どうだろう。細胞は、もう存在する意味がなくなって自殺をする。人間も、存在する意味がなくなってしまえば笑いながら死を選んでしまうものだろうか。どうなんだろう。
 目的地に着いてしまった。

そして、違っていて欲しいという願望はあっさりと崩れ去ってしまった。
 あの路地裏だった。
 ゲームの中で喧嘩をして怖くなって逃げ込んだ路地裏がある。
 道に戻り、少し歩くと、ゲームのスタート地点である公園があった。
 悪夢だ、なんと残酷なのだろうと呪った。ひど過ぎる。
 先程ゲームで見た光景がある。
 現実の公園がゲームに出てきていた。
 ゲームの中で喧嘩をして、逃げ込んだ路地裏もあった。
 推理は最悪な事に的中していた。
 ああ、俺はすぐにあのゲームをしなければならない。
 恐らく俺はその後自ら死を選ぶだろう。そうわかっているが、あのゲームを必ずする。
 現実世界の公園と路地裏が、とても精巧に再現されたゲームの世界。現実だと言われても納得してしまう位、本物と区別がつけられない。その中でゲームのキャラにしては本物の人間みたいな人に会い、喧嘩をして、妙な感覚を覚えた。今までに経験をしていない喧嘩をした。人を殴る感覚、達成感、その後の掌。
 最悪だ。
 へどが、出る。
 しかし、俺はもう一度あのゲームをする。恐らく死ぬだろう。それでも、ゲームをしなければならない。ゲームをしないという選択肢なんて残ってはいない。
 誰が何の為にこれ程までのゲームを造ったのだろう。
 その意図がわからない。
 個人レベルで作れるとは到底考えられない完成度。
 おい、誰が造ったんだよ。
 そいつの思いのままに俺は動くのが悔しくて仕方がないが、再びゲームをするしかなかった。ゲームのせいで絶望を味わい、ゲームで救われるのだろうか。

 部屋に戻り、タブレッド端末に向った。
 最後にタカシに向けて遺書を書いた。
 すまん、タカシ。
 言葉は選んでいられなかった。謝罪の気持ちと、ゲームの正体をノートに書き殴った。最後に、何が何でもこのゲームをお前はするな、と訴えた。
 そしてすぐにゲームを再開した。
 次、意識が現実世界に戻る時は死ぬ時だろう。
 死ぬとわかっていて、一人でゲームの世界に戻った。
 それには訳があった。

 前を見た。
 あの路地裏だった。
 戻ってきた。
 手についた血をジーンズで拭う。
 立ち上がり、路地裏を出る。早歩きで目的地へと急いだ。途中、あの公園を通り過ぎた。見覚えのある景色。現実にいるみたいな錯覚に陥る。しかし、ここはゲームの世界なのだ。何とも不思議な空間だ。
 もう、このゲームの目的を知っているからこそ、戻ってきた。
 必ず、会いたい人がそこにいるのを知っている。
 会いたい。
 早く会いたい。
 絶対に、そこにいる。
 待っているはずだ。
 早く、会いたい。
 会って抱きしめたい。
 俺は、ここに来なければならなかったのだ。会えると知った時点で、もう腹は決めていた。それが俺の生きる道なのだ。 
早歩きが、いつしか走っていた。


 一刻も早く会いたかった。
 それがここに戻ってきた理由。
 イノセントワールドか、趣味の悪い名前なんてつけやがって。タイトルから安易に今なら想像出来る。まんまと俺はそのゲームにはまっている。
 とにかく急いだ。
 どれくらいの時間が経過しただろう。
 気付いたら、その人の家の前に辿り着いていた。息は上がっていない。
 来た。
 やっと会える。
 ためらう事なく、ベルを鳴らした。
 すでにもう確信がある。
ドアが開き、彼女がそこにいた。
「あら、どうしたの?」
 やはり、彼女がいた。
 すぐに何も言わず、ただ抱きしめた。
 強く、強く抱きしめた。
 あったかい。
 彼女だ。
 彼女がいる。
「どうしたの?いきなり・・・」
「ずっと一緒だ、ずっと一緒だからな」
「う、うん」
 彼女は戸惑いながらも、抱きしめてくれた。
 俺の予想が的中した。
 このゲームのシステムがわかった。
 ここは現実世界を舞台にしたゲーム。誰が何故造ったかは知らないが、とても精巧に作られ、現実と見間違う景色が広がっている。いわば仮想現実世界。恐らく、ここでは全て願い事が叶い、自分の思うままに生きられる様になっていると思う。たとえプレイヤーが自殺をしても、一旦登録をしたプレイヤーは生き続ける事になっている。どうやって彼女が動いているかわからないが、こうして今生きているんだ、それだけでも十分だった。何故、どうして、その意味を探るのはもう放棄しよう。このゲームの流れに乗ろう、もうそう決めたのだ。
 ここが、俺の生きる場所だ。
 現実世界ではもう生きる意味等ない。
「もう絶対に離さないからな」
「うん、どうしたの?」
 彼女はやさしくほほ笑んでくれた。
 彼女と生きられるこの世界の方が、俺にとって現実なのだ。
 そこからは自由に欲望のまま生きた。バンドで世界デビューを飾り、出すCDを全て百万枚以上売った。毎日飽きる事なく彼女とセックスをした。芸能人と友達になり、テレビにも出演をした。世界中、行きたい所全てに彼女と行った。全員自分の意見に従った。否定する人間なんて存在しない。ここでは自分が絶対だ。ただ、欲望のまま生きた。全ての欲を開放し、片っぱしから何でも挑戦をした。そのどれも成功を収め、不可能はなかった。
 いくら動こうが疲れを知らず、怪我もしない。むかつく奴は殴ればいい。反抗する人間等いなくなった。
 自分のしたい事、したかった事を全てやりつくした。
願いが全て叶うゲーム。
 何と恐いゲームなのだ。
 これだと、現実世界に戻っても何もする事がない。生きる意味がなくなってしまう。自分のしたい事を全てやると、ただ時間だけが過ぎる、そう思うとぞっとする。このゲームの製作者はそれが願いなのだろう。しかしもう逆らう気はない。
 ただ、その流れに乗った。
みんな、これがゲームだと意識をしてここでの生活を送っていたのだろうか。少なくとも、死ぬとわかりながらゲームを続けた人はいないだろう。しかし、俺は死ぬとわかりながらここでの生活を送った。もう、ここにしかないのだ。
 生きる意味とは何だ。
 そう問われたら、人は何と答えるのだろう。
 生きる理由とは何だろう。
 人はどうして生きるのだろう。
 快楽に溺れながら、ぼんやりと頭の隅でそういう事を考えていた。
 誰が一体このゲームを造ったのだろう。恐ろしいゲームだ。
 これをやり終えて、自殺しない者などいるのだろうか。
 一体誰が、何の為に。
みんなが笑顔で死んだ理由がわかった。

 よかった。
 したい事を全てやりきった上で死んでいるというのが、唯一の救いだ。
 多分、俺も笑顔で死ぬのだろう。
 それもそれでいい。
 あっちの世界にはもう生きる価値なんてないのだから。
 草原に寝転がりながら空を見上げた。
 そして考える。
 もうやりたい事がない。
 やる事がない。
 意識が不安定になった。
 ああ、もう現実世界に戻る時間か。それも良いだろう。もう十分だ。
 確実に俺は自殺をする。
 意識がもうろうとしだした。
 ああ、やっと死ねる。


 完。


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