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8月9日ー自分にとって特別な日

今日は8月9日ですね。長崎に原爆が落ちた悲しい日ですが、僕にとっては38年前手術を受けた日でもあります。

その跡は今は14センチになって夢を今も見させてくれています。そういえば手術跡を珍しくnoteの記事のリンクから公開した事があります。公開はおそらくこれっきり。この日があるから今がある、日。

僕が先天性の病気を公表している理由|

子供の頃は体調悪い日が多いけど合う薬がなくて、ただ寝てるしかなかった。その時僕は色んな所に行く事を空想していた。

それがホスピタルアート活動の原点。

大阪梅田でダイビングショップをしながら

病院で海の写真を展示をして癒しの空間を作るホスピタルアート活動を僕はしています。


見たい景色が沢山あった。

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最近、その時の心情をnoteに書き、辛かった記憶と久しぶりに向き合い、子供の頃の自分は、頑張ったな、と改めて思いました。

今、頑張っているけど、小さい頃はしんどくなって寝るしか出来なかった日がよくありました。何もできず、ただただ目を閉じ空想した。その中では僕は自由だった。いつしかそういう日が少なくなったが、自分の原点はあのしんどい出口の見えないトンネルの中みたいな日だ。

あの頃の自分がこの未来を知ったらきっとすごく驚くし、喜ぶだろう。まさか、今より元気になれるんだとか、もう病院に行かなくていいんだ、検査しなくていいんだ、好きな事見つけられているんだ、努力をしているんだ、仲間がいるんだ、泳ぐの苦手だったのに海の仕事しているんだ、やせたんだ、しいたけ食べられるようになったんだとかw

スタッフオンリー白浜_210807

今、大好きな海の仕事をしている。

いつか夢見た未来とは違うけど、この未来が好きだ。

この先の未来、どんな未来にしようか?検査しなくていい、しんどい日が減っている、生きる事が出来ると言われている、普通の人なら当たり前の事だけど、僕にとってはスペシャルな日々。

自分の力では好転出来ない僕の病気という運命は仕方ないが、この道は自分の努力と熱意と決意と熱狂次第で明るい未来とする事が可能だと信じている。散々願い、待ち、悩んできたから、やれるだけやりきるともう決めた。ただそうやって努力を継続して試行錯誤しているだけ。しんどい事あるし、苦悩する事沢山ある。ただ言わないだけで、僕も思う。普通の人間に過ぎない。たまにしんどいと言うと驚かれる。言わないだけで、僕もしんどい事があったらしんどい。何故言わないか?という理由を考えると、子供の頃しんどい日が多すぎて、「しんどい」と言うと心配されるから極力言わないようにしていたのが残っているのかもしれない。

そうだ、思い出した。

検査も、痛いとか嫌とかその時なるべく言わないようにしていた。それ位しかあの頃の僕は出来なかったから。

その習慣が染み付いている。

だけど言わないだけで僕も人間だから、嫌な事があったら嫌だし、しんどい時はしんどい。我慢しすぎてわからなくなっているだけ。言うようにしてもいいのだろうが、あの頃身につけた術を否定はしたくはない。コミュニケーション苦手だし、空気読めないし、人の心や気持ちがよくわからない。それに話し方ほぼ棒読みやし。だからこそ、僕は行動で示したいと考え、それなりに行動してきた。うまい言葉は言えないけど、僕は自分に関わっていただいた人たちにほんとに感謝しているし、これからもずっと繋がっていたい。だから、この今の夢を叶えたいし、この自分にしか出来ない人生のミッションを達成させたい。まだまだ頑張ります。



頭とびきりよくない、むしろバカ、音痴、運動音痴、苦手な事だらけ、先天性の病気で生後3日で手術、ほかにも一生治らない病気がある、そういう自分を認めてしまって、前を向いている。

今自分にあるもので、この今の人生を僕は楽しみたい。やるか、やらないかだ。病気や境遇のせいにはしない。

まー生まれて3日で手術して12年間通院していたから、何もかもを病気のせいになんかしたくない!という考えがついたかもしれない。お腹にある大きな手術跡を見る度に、その自分の原点を思い返す。

生まれた瞬間から色々病気や困難を持っていたから、抗って改善することは抗って生きてきたけど、何をしても改善しない事は「まあ、いいか!」と言ってマイナスを肯定して自分から切り離すという術を会得した。それしたら、もうあとは前向くだけなんですよ。「仕方ない!」と言い切ってやる。そして、今ある幸せを大切にしつつ、今の自分に残された可能性を信じて生きてきた。病気のせいや障がいのせいにはしない。なんか、くやしいから。スタートからそれありきの人生だから。

「そんなのわかってるよ!だから何だよ、俺はそんなのわかった上で全力で生きる!ともう決めたんだ」と、急にドラマにでてきそうな台詞を言ってみたけど、本心であり、これが僕の原点だ。

「そんなの無理」と、子供の頃の僕は、数多くの検査を拒否しなかった。僕は、乗り越えた。人生の最後の瞬間まで、全力で生き抜く。

そう、もう決めたのだ。

そう、約束したのだ。



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