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DX・デジタル化で陥る"にわたま問題":採用が先か、環境が先か

 鶏が先が卵が先か。昔から言われる問ではありますが、DX・デジタル化でも存在するように思えます。私自身、IT・非IT問わずDX・デジタル化のご相談を頂いたり実際にコンサルとして入っていたりするのですが、その中で見えてきたのがニワタマ問題です。それが今回のお話です。

DX・デジタル化

 以前のコンテンツでも触れましたが、DXというと非IT企業のアップデートのように思われる方も居られるでしょうが、紐解いていくとIT企業の業務効率化も含まれています。紙が溢れていたり、人が介在するExcelが溢れていたりすればDX対象と言って良いでしょう。大体の流行技術を合体させたのがDXであり、デジタル化を指しています。書籍としては及川卓也氏のソフトウェア・ファーストが網羅的で且つ非ITの経営層を想定して書かれているのでお勧めしています。

DX・デジタル化のニワタマ問題

 DX・デジタル化におけるニワタマ問題は、組織にイノベーションを起こすデジタル人材の入社が先か、デジタル人材が活躍できる環境が先かというものです。それぞれを取り巻く環境について見ていきます。

DXのニワ玉問題

デジタル人材の入社

 求人票や採用時の競合企業などを見ているとDX・デジタル化を担当するCDO(Chief Digital Officer)やDXコンサルの募集が多く目に付きます。

 特に情シスを狙ってのDXコンサル採用は2020年から激化しています。大手企業や大手コンサルがこれらの求人を出しているので待遇が良く、吸引力が凄いです。もっともDXコンサルの方は情シスからコンサルという異質の転身を前に、3ヶ月程度で転職市場に戻っている方も見られますが。

 DXの中には「内製化」というキーワードがあります。「日本のITが衰退したのはSIerに丸投げしたせいだ!内製化しよう!という流れが見られます。そしてPjM(プロジェクトマネージャー)やらプログラマ、AI人材などについて非IT企業からの求人が上がっていきます。

 こうした採用から始めるアプローチは言わば、イノベーションを起こす人材を招き入れる行為です。採用から始めるアプローチはつまり「専門家を入れれば我社のDX・デジタル化何とかなるんじゃないか」という丸投げや助平心があったりするわけで、期待値が著しく高いという傾向があります。

デジタル人材の入社:少子化

 私は本業ではフィリピンの開発拠点でエンジニアリングマネージメントをしているのですが、競合の存在やオーストラリアの採用が強くなり採用は簡単ではないものの、日本のように採用を目的としたブランディングコストを溶かしたり、スカウトチケットが空打ちする状況を甘んじて受け入れなければいけないような事態はありません。外資系ベンチャーの方から日本国内での採用相談を受けた際、市場を説明したところ回れ右していきましたが、世界的に見て日本の正社員就活・転職市場は異常です。

 ここまで異常になっている理由はいくつか考えられます。

・需要の増加に対するできる経験者エンジニアの不足
・供給の見込めない少子化
・正社員募集枠に対するフリーランス人気の激化
・上がる待遇に対して上がる期待値と、高度すぎて心当たりのない求人票
・入社以降に対して立てやすい採用に関するKPI

 それぞれ独立でコンテンツが書けますが、特に最後の採用に関するKPIに対しては残念ながら根が深いと言えます。スカウト数、返信率、カジュアル面談からの応募率、面接突破率、内定率、内定承諾率…と数値化しやすいですし、採用に強い企業は概ね実施しています。投資もしやすく、関わる人達の評価もしやすいのが採用です。

デジタル人材の入社:採用熱に対して低い入社後

 入社後はエンゲージメントを測るHRTechなどもありますが、採用ほどの熱意を持っている企業は少なく思います。あってもパルスサーベイ(高頻度で同じアンケートを流すことによってルーチン化しているエンゲージメントサーベイ)で惰性化したりしています。

 先立って公開した「退職ジャーニーマップ」は入社後から退職に向かうまでを解説したものですが、反応を見ていると「入社から退職までをまとめたものを見たことがなかった」と新鮮な気持ちで受け入れて頂いたようです。それくらい採用に対して入社〜退職というのは重要視されていなかったということなのではと感じています。

 随分昔の話ですが障害が頻発する環境にインフラエンジニアとして某所に入ったときのお話です。2日ほど研修があって4日目にサービス障害があった際に「どうしてインフラの専門家が入社したのに障害が起きるんだ!」と役員とか怒られたことがあります。このスピードで導入による効力を発揮するとしたら御札とか陰陽師の類でしょう。しかし今のDX・デジタル化でも同様の期待と早期のガッカリが繰り返されているように思えます。

 逆に言えばオンボーディングを短く、かつ当該人材に存分に力をはっきりしてもらうためには次の活躍できる環境が整っていればいる必要があります。

DX・デジタル化人材が活躍できる環境

 デジタル人材が活躍できる土壌づくり。デジタル人材の活躍を想定するとざっと下記のような項目の整備が必要です。接頭辞として「ITメガベンチャーに見劣りしない」がつきます。

・就業規則
・賃金
・福利厚生
・開発体制
・ドキュメント化
・評価
・キャリアパス
・社内政治
・意思決定フロー
・雰囲気 など

 なかでも私が組織改善のご相談をお受けする際に特に気にしているのは社内政治であり、パワーバランスです。エンジニア組織が下に見られている、もしくは社内受託化している場合、より強い他組織の長への説得材料を常に考える必要があります。そして意識改革を起こして味方につけ、コスト投下しないとどこかで躓きます。「ITエンジニアだけ優遇されるなんてどういうこと?」などはもはやFAQに近い苦情です。ひどいとイビリに発展するので注意しなければなりません。

 いずれも内容が深淵かつエンジニアリングから遠いので、これらを丸投げして解決できる人材を探すのは高難易度です。導いてもらう前提という意味ではスーパーマンというよりモーセを探す行為です。「xxx万円の給与を提示するから今のアナログで非効率的な環境から、民衆(社員)を率いて、海を割ってデジタル化を達成してくれないかなぁ」というやつです。

 このあたりを未整備のままイノベーションを起こすことができる人は神のごとき扱いを受けるでしょうが、パラシュート人事でやってきてモーセのごとき手腕を振るってぱぱっと短期間に会社をまとめ上げてデジタル化を達成するITエンジニアは居るのでしょうか。居たとして、講演はしてくれると思いますが、正社員入社するかというとほぼ無根拠な自信なのでは?と思います。少なくとも私は散っていった方であれば知っています。

 モーセクラスでないにせよ、中途採用だけでなく新卒採用についてもある程度以上のデジタル人材に入社して貰うためには、渋谷六本木界隈のITメガベンチャーとの綱引きが発生します。よろしくないシナリオとしては企業体力を背景に採用コストを投下し母集団を形成、カジュアル面談くらいまでは進められたものの「フットワークに疑問」「期待値が大きすぎでは」「DX・デジタル化に対して本当に前向きなのか?」「古参の人たちは変わる気があるの?」などの感想を抱かれながら本選考以降に進めないというものです。

ニワタマ問題をどうするかが今後の明暗

 採用は孔雀のようなところがあります。目一杯良い側面を見せようとします。しかし透明化が進んだ転職市場では一つの角度から良くても側面や後ろはそうでもないことは割とすぐにバレます。つまり実際の環境をテコ入れし、デジタル人材が活躍できる土壌づくりから始めないと小手先のテクニックでは何も起きない状況ができあがりつつあります。少なくともモーセは転職市場に見当たりませんし、モーセが企業に入社するかも不確かですし、未整備のところから活躍できるかというと、まず厳しいでしょう。

 できるものについてはデジタル人材の到着を待たずして、外部を頼ってでもデジタル人材が活躍できる環境を整備し始めるのが現実的だと考えます。

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