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すぐに辞めるのは良いこと?悪いこと?「人材の流動化」をITエンジニア界隈を基本に整理する

ありがたいことに本をきっかけに色々なお声がけやご質問を頂くのですが、先日ある人事コミュニティにて「人材の流動化は悪いことなんですか?良いことではないんですか?」という実にド直球なご質問を頂きました。ありがとうございます。

「人材の流動化をすべきだ」という議論が国内で広く起きていますが、ことITエンジニアについては既に起きています。人材の流動化をどう捉えるべきなのかについてお話していきます。

人材流動化発生の背景

一度転職すると前職という比較対象ができるため、明確に「合う」「合わない」が分かるようになってきます。SESのような客先常駐の場合、現場を渡り歩くことで現場間の比較ができるようになります。

新卒採用であれば、ある程度柔軟なカルチャーマッチが図れます。しかし新卒であっても就業型インターンを実施していれば比較対象ができるため、「合う」「合わない」が分かるようになります。

実際に流動化が全く起きていない地域や企業も見ますが、条件としては下記のようなものがあります。

  • 新卒中心の採用

  • 就職氷河期就職のような著しく難しかった人達を中心に組織が作られており、自己肯定感の低さが目立ち、ここでしか働けないという雰囲気が漂っている

  • 地理的、心理的に閉鎖的で比較要素がない

  • 周囲の待遇がフラット、もしくは年功序列

地方のソフトウェアハウスや、n次受けSIerも該当します。後者2つの要素が強い学術にも似たような流動化しない環境が見られます。

人材流動化のポジティブな側面

まず人材流動化による良い点について見ていきます。

合わないところにいつまでも居続けるのはお互いに損

ベンチャー界隈に居ると、大手からやってきた人が全くパフォーマンスが出ずに去っていき、また大手に入ると生き生きと活躍する事象が確認されることがあります。

「石の上にも三年」という言葉も数年前までは信じられていましたが、数ヶ月でメンタルをやられる人も少なくないので、柔軟性云々では追いつかないような合わなさ具合では環境を変えたほうが良いです。

企業・候補者ともに気持ちよく働ける環境を探せるという点でポジティブです。

会社の雰囲気は変わる、方針も変わる、景気も変わる

会社選びの基準で「会社の雰囲気」を挙げる方が少なくありません。

会社の雰囲気の構成要素を見ていくと、小規模な会社ではバイネームで上がるキーマンがおり、ある程度の規模になると文化になります。

しかしこうした要素は割と変わりやすいです。キーマンは退職しますし、社長が変わることで変わる企業もあります。自由な社風にアウトプット志向全振りの経営フレームワークが入ることだってあります。

同様に制度も可変要素が強いです。昨今ではリモートワークが象徴的ですが、入社理由となった制度が変わることもあります。

このように「在籍を継続する理由」がふとした瞬間に無くなったと感じる方は居ます。選択理由が変化するのであれば、流動化も仕方ないのではないでしょうか。

会社の寿命が先か、自身の定年が先か

日本の正社員採用は終身雇用を前提とした契約形態ではあります。その点においてTwitterでよく揶揄されるJTC(Japan Traditional Company)ですが、企業サイズが大きくなったり、上場準備を経てJTCに近づいていくケースが多いです。

しかし日系大手製造業ならともかく、創業20年未満のIT企業の寿命は不明です。形はJTCに近づいても、実際に定年まで現在の主力サービスや企業そのものがあるかどうかはよく分かりません。

現在、伝統工芸や地方企業を中心に後継者の問題が起きていますが、それと同じようなことが90年代に勃興したSIerやソフトウェアハウスで起きています。後継者となるナンバー2も居らず、創業者の老後の資金代わりに売却するケースをちらほらと耳にします。

大学の研究室でも「教授が健康なうちに学位を取れるか問題」があるのですが、企業であっても社長の健康状態を心配したほうが良さそうなところはちらほらあります。

会社の寿命が自身の定年より先に来る可能性が強い場合、移ろうことを視野に入れるべきです。

人材流動化のネガティブな側面

続いて良くない面、課題について触れていきます。

スキルと待遇のバランス

「転職すると年収が上がる」というのはスキルに現役感があれば概ね該当する状態になっています。

これには2つの側面があり、高待遇を示さないと採用できず事業に差し障りがあるパターンと、既存社員も含めて上げていかないと他社に引き抜かれるので上げているパターンがあります。前者の場合、既存社員の給与と新規採用社員の間で格差ができます。

現在では「海外だとITエンジニアの給与がいくらである、だからそれを出せない日本はだめだ」という論調があります。中途にせよ、新卒にせよ額面が大幅に上がるというのは良いように見えます。ただ従来型のメンバーシップ型雇用の特徴である「年齢に伴う右肩上がりの給与体系」はメンバーシップ型雇用の賜物であり、その右肩上がりの条件とはトレードオフになるのがジョブ型雇用になります。

転職者が多い企業では下記のような給与推移が見られます。

  • 期待値を上回れば給与は上がる

  • 良くて据え置き

  • ちょっとずつ下がる(追い出しも兼ねる場合がある)

  • ボーナスで上下ともに調整する

こうした状況も給与アップのための転職を助長していると感じています。

ITエンジニアとしても、「いつまでスキルや体力的なところを維持できるか」ということは、保護の薄いジョブ型雇用では難しい問題です。持ち合わせたスキルへの需要、子育て、介護、看護、自身の健康といった環境の変化など不確定要素は多いものです。

かつて「新しい働き方としての派遣」のようにポジティブな打ち出しからの不安定なキャリアの現実で問題となりました。「人材の流動化」も注意をしなければ、スポットでの人材利用とドライな打ち切りという側面にはなりえますし、ここを生き抜く難易度は給与が高いほど高いと感じます。正社員はフリーランスほどフットワーク軽く移れないので注意が必要でしょう。

極端な話、FIREほど派手さなはなくても、ジョブ型雇用下で需要があるうちにドカンと稼いで、あとは需要の第一線を退いて滑空していくような生き方もまた現実的かも知れません。個人的な見解ですが、ジョブ型雇用に触れれば触れるほど長期ローンは考えにくいです。

採用コストが事業モデル的に耐えられない

人材紹介の紹介フィー相場が40%となりました。しかし40%で契約をしたからと行ってスムーズに紹介されるかというとそうでもありません。中の人のキャパオーバーが酷く、50%でようやく応答をしてくれるかなという雰囲気になってきました。低い紹介フィーでは求人票を読んでいないのではないだろうかという紹介が多く、やきもきしている会社さんを多く見ます。

粗利率が高い企業であれば採用コストとして出すケースがありますが、粗利率が低い企業はそうは行きません。

600万円の人を入社させたとすると紹介フィーは50%では300万円になります。例えば紹介フィーを10万円ずつ毎月の請求費用に上乗せするとすると30ヶ月かかることになります。その一方でエンジニアの一社あたり在籍年数は短くなる傾向にあり、2年で離職されてしまうと6ヶ月60万円ほどの赤字になります。人を採用しなければビジネスが始まらない一方、採用後に短期離職されてしまうと企業に負のダメージだけ残るという状態です。

スカウト媒体も同様です。最近の話題としてはとあるスカウト媒体の値上げがあります。自社サービスの会社さんで余裕があるところは許容していますが、SESの会社さんからは相談を頂いています。

高いオンボーディングコストと短期離職

人材紹介やスカウト媒体の費用対効果から採用コストの懸念が高まってきた企業はリファラルやSNS採用に移行しつつあります。採用コストはこれらで下げることはできますが、下がらないのがオンボーディングコストです。

未経験であれば教育コストがかかりますが、ミドル以上でも現場に慣れるための受け入れコストは避けられません。私が経験してきたWeb開発の現場では、SESの場合であれば2週間が目安でした。

受け入れのためのフォロー体制には既存社員の工数がかかります。フォローしている間は本業のパフォーマンスも下がるでしょう。つまり大量に入社してもらっても事業に差し支えがある可能性がありますし、その人達が数ヶ月で短期離職をすると尚更となります。

過去に聞いた話では株主にITエンジニア採用人数を約束した人材派遣系の会社さんが経験者も未経験者も大量採用し、現場から悲鳴が上がっていたケースがありました。その後、その方針は撤回されたそうです。

「待遇が低い企業は無くなれば良い」という過激な理論と大衆の生活と支持

人材の流動化を語る過程で「待遇が低い企業は無くなってしまうのが良い」という話が必ず出てきます。ただ待遇が低いということはその方が提供している商品が安価に提供されているという結果になります。

適切な金額で提示してくれれば買うという声もある一方で、テレビなどでは原価割れを年金で補填しているような老夫婦の特盛定食屋が持ち上げられていたりするのを見ると、大衆の賛同を得るのは難しそうに思います。

残るも残らないも自己責任

いつの間にか日本は自己責任論が強くなってしまいました。このあたりの経緯はいろいろな角度から調べているのでそのうち取り上げます。特に氷河期世代はTwitterのコメントでも頂きましたが「突然始まった自己責任論に巻き込まれた」というお話がしっくりと来そうです。

キャリアの選択肢が増えたという点で人材の流動化は好ましいことです。流動化の主人公である各人について現時点で言えることとしては、企業に残るのも残らないのも自己責任ということではないでしょうか。人材の流動化の波に乗るのも、乗らないのも自己責任の上で自由です。個人的には後から政治のせいにしてボヤく高齢者にはなりたくないなぁと思うので積極的に動いている次第です。

noteやTwitterには書けないことや個別相談、質問回答などを週一のウェビナーとテキストで展開しています。経験者エンジニア、人材紹介、人事の方などにご参加いただいています。参加者の属性としてはかなり珍しいコミュニティだと思っています。ウェビナーアーカイブの限定公開なども実施しています。

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