ITエンジニアの目標設定は無駄なのか?
先立って「目標管理は技術者にはクソ」というスライドが話題になりました。1枚のスライドが独り歩きした結果(リンク先P92)、「目標管理は不要である」という賛同が非常に多いものでした。あのスライドを見た私の見解は下記ですが、今回はエンジニアと目標・評価についてお話していきます。
目標なき組織運営は難しい
目標とそれに対する評価を設定しない組織も存在します。
あるスタートアップでは「半年に一度職務経歴書を更新し、それを人材紹介会社3社に投げ、市場価値の相見積もりをして給与設定をする」という方法が取られていました。後日談としては、別段事業貢献をしなくても職務経歴書が立派であれば評価が高くなることから組織運営に支障が出たため、スタンダードな評価制度に改めたとのことです。
また、ホラクラシー組織に挑戦したスタートアップの話もいくつかありますが、人数が増える過程でセクショナリズム思考の社員が入社したり、利己的な人材が交じることに寄って破綻している様子が見られます。
一般的な組織では、組織の方向を揃える目的で目標設定をしたほうが楽ではないかと考えています。
目標は事業によっても異なる
大きく分けて自社サービスか、クライアントワークかでも目標に対する位置づけは異なります。
目標・評価の基本は「企業と社員の間の腹落ち」です。売上貢献に遠い目標・評価は企業側の腹落ちがしにくく、目の前の業務から離れた目標・評価は社員の腹落ちがしにくい傾向にあります。
また、双方が無関心の状態も危うく、離職、あるいは逆に社員側が企業にぶら下がるリスクが高まります。
クライアントワークの場合
人月精算がなされる準委任契約の場合は稼働率で「現在の」事業貢献具合は明確に計算されます。
特に一人で客先常駐しているSESの場合、自社の関係者がいないため、勤怠以外の評価がしにくいという特徴があります。「帰社日への参加率」「社内勉強会への出席率」などを元に評価するSESがあります。忙しい案件や、地理的に遠い案件にアサインされると損するため、社員に嫌われる傾向にあります。
「将来の」事業貢献という観点では、単価アップの方向で本人を焚き付けつつ、単価アップに貢献するスキルアップや資格取得などを個別に対応していくことになります。
コンサルや一部SESでは新規案件獲得や追加発注の話などもあるため、それは別に評価するべきでしょう。
請負の場合は貢献度合いなどで分配するケースが見られます。ある企業では評価の時期になるとマネージャー間で売上が未達のチームに対して売上を融通し合ったりするとのことです。
カヤックなどはプロデューサーにボーナスの原資が渡され、その分配が一任されます。プロデューサーへのアピールなど、別の問題が懸念されますが、それも分かりやすくて良いのかなと思います。
自社サービスの場合
自社サービスの場合、「誰のおかげで売り上げた」のかという議論は難しいです。プロダクトが微妙であってもマーケターが金脈を掘り当てたり、セールスが無理やり売ってきたりしても売上は立ちます。エンジニアがどの程度売上に貢献したかは明言しにくいものです。
開発生産性ツールがいくつか登場しています。パフォーマンスの伸び悩む人員に対して声掛けをする目的であり、評価に使うことは非推奨とされています。開発生産性はあくまでもパフォーマンスモニタリングであり、過程の話です。事業貢献という結果に直結しているとは言い難いので、評価軸にするのは違和感があります。
経営上の目標に対し、部署やチームでどのような目標を立てればよいかをブレイクダウンし、それに対する達成度を図るというやり方はスタンダードですが、妥当だと考えています。
フリーランスの場合
フリーランスを複数名抱えて事業運営をしている組織の場合、各フリーランスに成長してもらい、単価アップを狙ってもらうことで自社としても当人としてもWin-Winな状態になれないかと模索する企業を見かけます。エンジニアに限らずですがジュニア層のフリーランス化が進んだ結果、このような需要が産まれています。
基本的にフリーランス、仲介会社、入場先企業のいずれも「業務に対する委託契約」でしかありません。それ以上でもそれ以下でもないので何も起きないでしょう。
エンジニアファーストは目標・評価すらも歪めてしまった これからは揺り戻しの時
2021年に頂点を迎えたエンジニアバブル(2015年のアベノミクス〜2022年11月)下では、エンジニアの過剰なまでの採用合戦がありました。この時代のエンジニアは「とりあえず数を囲っておくと将来的に優位そうだ」という空気があり、投資対象だったと捉えています。2021年を頂点に「とにかくエンジニアと名乗るものを数多く確保する」という企業が多い状態でした。
海外でもその流れはあり、Indeedでのソフトウェアエンジニアの求人は2022年にあったとされています。2022年11月からの外資ITレイオフを皮切りに、この熱病のようなエンジニアバブルは収束していきます。
https://fred.stlouisfed.org/graph/fredgraph.png?g=1q9KD
現在では「どれだけ事業貢献に繋がるか」という観点がシビアに求められるだけでなく、エンジニアバブルを経て高騰した給与の差額についても見合っているのかどうかという観点で気にし始める経営層がでてきました。
2022年までは不満があれば転職すれば当座の解決になりましたが、現在はそうそう見つかりません。レイオフだけでなく好調な企業における正社員の業務委託化など、ハードな意思決定をする企業も見受けられるようになりました。
現職で何についてどういった水準でコミットすれば事業貢献と言えるのかをクリアにしておくことで、エンジニア自身の身を守ることにもつながっていくと考えています。
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