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「働く理由」の多様化:ウィズコロナ時代の労働志向を分類し、進路・採用・組織設計に役立てる

 高度経済成長に裏打ちされた終身雇用を信じていればよかった時代から、就職氷河期や(社会的に見れば)局所的なバブルで起きたことは何かと言うと労働者の労働に対する志向の多様化です。


 

「働き方の多様化」「価値観の多様化」などの言葉は数多くありますが、企業採用者やマネージャーとしては「多様化している」という以上に踏み込むことでどういう層に何を期待するかを組み立てた方が効率的です。また働く側としても「何をしたいか」よりもっとプリミティブな「労働に求めることがら」を把握しておくとスムーズな意思決定につながると考えます。

 具体的に話を進める前にお断りをしておくと、これからお話する「労働に対する志向の分類」はあくまでマッチング精度を高めるものであり、優劣ではありません。実際の組織においては程よく調合するのが最も強くなると考えています。

 それでは詳細を見ていきましょう。すべての人の動きを網羅することは不可能 ですので、代表的なフローを矢印で繋いでいます。

~90年代中盤 カイシャとムラ

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 これまでお話してきたように新卒一括採用・終身雇用は高度経済成長を前提としたものでした。そのため、90年代中盤のバブル期のかもね余韻がある頃まではある程度維持されたシステムでした。

 社会学的にはよくカイシャとムラとして扱われます。地元(ムラ)に残り、コミュニティの繋がりで生きていく生き方(地元安定志向)です。私の同期の元ヤンキーも普通に先祖代々の土地に三世帯の一戸建てを新築し、電気自動車を買い、子育てをしています。彼らの子どもたちがFacebookで「もしかして知り合いかも」などに登場すると、自分が選択しなかった地元での道を思わないわけではありません。

 カイシャはというと、一般的には第一志望群として大企業を選択します。メンバーシップ採用たる新卒一括採用・終身雇用では、就活生の身柄を預かることを意味すると考えられます。一生涯かけて勤め上げれば老後には退職金を持ってして一定の保証を行う設計である以上、船は大きければ大きいほど良いように見えます。個人的にも転職相談をされた場合、在籍中の当該企業が数多の経済危機を乗り越えている場合、「そのままで居たほうが良いのでは?」「ご家族には話されていますか?」という言葉の提示はするようにしています。日立さんとか。

 現在でも大企業に対し、安定しているイメージを抱いているかたは大勢居られます。実際、金融業界一つとってもプレイヤーはだいぶ入れ替わっているのですが、そこは凄い勢いで棚の上に放り投げられます。明治から育成されてきたマインドですが、衰える雰囲気はありません(大企業志向)。特に不景気時代に置いては親ブロック(最近ではオヤカクと言うそうですね)も後押ししたりするので、特にIT業界から業界的にも地理的にも遠い地方ではまだまだ根強いです。

 大企業志向に対し、就職に満足の行く結果が行かなかったり、就職氷河期で苦戦した人達が消極的安定志向です。カイシャにおける母集団としては最大です。現状から突然飛び出すケースが少ないため、企業としては後述する志向の人たちと比較して、安定して仕事を依頼できる側面もあり社会には必要な志向です。

90年代後半~00年代前半 非正規雇用とベンチャー企業の勃興

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 好景気、及びその名残があったときは正社員雇用が前提でしたが、その前提が崩れ始めるとコストダウンのために非正規雇用が増加してきました。「一時間いくらで労力を貸し出す」という時給志向の誕生です。一時間いくらなので正社員を見たときにみなし残業とか意味がわかりません。逆に言うと割増で精算さえすれば働いてくれる可能性があります。

 90年代後半、IT革命前夜には多数のITベンチャーが創業しました。インターネットという新しい概念が生活を揺るがすという期待が強く、ITの技術バブルに身を投じる投機的キャリアが誕生しました。

 ベンチャーでよく聞かれる言葉の一つは「自己成長」です。ちょっと過激な言い回しとしては「会社が潰れたとしても価値が残る人材に成長しろ」と言われます。すみません、言ってます。

 しかしこの成長志向ですがよく見ると2通りあります。自身で成長の方向性を決め強いメッセージを打ち出すことかできる能動的成長志向と、そんな彼らを尊敬してついていく受動的成長志向です。強いベンチャーはカリスマ性のある能動的成長志向の経営者が居ます。経営者の言葉が弱い場合は(他所から来た著名な)経営層が代替します。それも居ない場合はスティーブ・ジョブズやホリエモンあたりの言葉を借りてきます。

 いずれの成長志向も勉強に対する意欲が高く、自走しますし、成長に繋がると思うものであれば精力的に取り組んでくれます。馬力があるのでベンチャー経営者に好まれますが、「みんな成長したいと思っている」「成長 or die」という気持ちが強く、成長をそこまで欲していない他の志向の人達に対する理解力に欠ける方が散見されます。

 また、結果を急ぐ傾向にあり、営業で言うところのトップセールスなどを記録すると「極めた」「学ぶものはなくなった」と決めつけて「卒業」と称してどこかへ行ってしまいがちです。学位を与えた記憶はない。マネージャーとしては燃え尽きや鬱などにも注意が必要ですが、そうでなくても業界の深さを合わせて見せてあげないと定着性が低いという事態につながってしまいます。成長志向だけを集めるのは一見理想ですが、中長期的にはリスクでもあります。

00年代後半~10年代前半 フリーランスの増加と地方創生

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 今、ドラマで再登場を果たしているハケンの品格が2007年。正社員との待遇差を風刺した時給3000円のスーパー派遣がテーマです。 一方、ITエンジニア界隈ではフリーランスが増加してきます。時給換算するとドラマのスーパー派遣を優に超えます。「一時間いくらで労力を貸し出す」時給志向に対し、コストと内容を天秤にかける交渉をします(コストパフォーマンス志向)。時給での請求とJobでの請求の違いとも言えます。技術があるフリーランスであれば複数のところから声がかかるため、優位にことが進むケースが多々あります。

 他にも能動的成長志向の方が極まってフリーランスとして独立するケースもあります。あるいは再度事業を起こすケースもあります。

 2014年、地方創生が叫ばれ始めます。ムラにカイシャが参入してくるという状況です。高知や鳥取などでもIT業界でこの動きは聞きましたが、最も成功した事例は福岡でしょう。2013年11月のLINE福岡を皮切りにIT企業が多数進出しています。Uターンなどの言葉がありますが、今となっては複数の派生系が存在するようです。

・Uターン:都会の大学へ進学後、出身地に戻る
・Iターン:地方から年へ、都市から地方へ
・Jターン:都会の大学へ進学後、出身地とは異なる地方の企業に就職
・Oターン:都会の大学へ進学後、出身地に戻り、再度都会の企業に転職する

 Iターンなどはターンしてなくないか?と思いますが一旦おいておきます。私は四国香川県出身ですが、2000年に香川に戻ってくると思って送り出した両親も、その数年後には「働き先がないからオススメしない」と話すようになりました。上記区分だとIターンのようです。

10年代後半 景気に後押しされた労働に対する価値観の多様化

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 SNSを通じて他者と比較する機会が日常的に存在していることから同調するか個で行くかが迫られます。一般的に言う「モノ消費からコト消費へ」というようにSNSが後押しした消費行動はあります。しかしSNSがあるが故に他者の生き方と比較しやすくなりました。団塊の世代の引退に伴い働き手が減ったこと、好景気の後押しで仕事にも多様性が出たこと、ゆるい条件でも許されるようになったこと、そしてそれらをインフルエンサーがSNSで煽ったことからあらゆる働き方に人が分散していきます。

 そのうちの一つがオンライン合理志向です。都会の喧騒を離れ、地方に移住してリモートワークをする人が出てきました。ITエンジニアで腕に覚えのある方の雇用が難しくなり、物理出社を求めなくとも良いという風潮もできあがりました。第一線を退いて山の中に移住した上で、負担にならない範囲のプログラミング+プログラミング学校のメンターをされているような方も居られます。

 オフラインという直接のコミュニケーション手段を放棄した以上、オンラインで名前を売ることが重要になってきます。「個のブランディング」です。「何ができるのか?「何を発信しているのか?」が重要になってきます。YouTubeだったり、オンラインサロンだったり、noteだったりと発信そのものに対するマネタイズプラットフォームも追いついてきました。

 そんな中、SNSネイティブである90年代後半のいわゆるZ世代には様々な観点が存在します。全く関係ないですが、Zの次ってどうするんですかね。AAかな。

ベビーブーム世代:1945 – 64 年頃生まれ
X 世代:1965 – 70 年頃生まれ
Y 世代:1980 – 95 年頃生まれ
Z 世代:1995 年以降生まれ

 1999年、中央教育審議会答申「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」をきっかけに「キャリア教育」という言葉が公に使われ始めます。児童生徒一人一人の勤労観,職業観を育てることを目的としているとのことです。それより上の世代でニートやフリーターが増えたために手を打ったということのようです。弊社新卒に事あるたびにキャリア教育を受けたかをヒアリングするのですが、全く受けていない人も居る一方、「毎月将来何になりたいかについて中高で考える時間があった」人もいました。このキャリア教育に関しては長くなるので別の機会に触れますが、何者かにならないといけない強迫観念には繋がるでしょう。教育機関は何になりたいかを考えさせるよりは情報収集の演習でもした方が良いと思いますが。毎月「君は何になりたいのかね?」と恐らくは小中高大とストレートで進んでそのまま学術の塔の中に戻ってきた先生方に聞かれるのはまぁまぁな構図ですね。

好きなことを仕事に」はYouTubeのキャッチコピーですが、穿った見方をすると「好きなことを仕事にしなければならない」という強迫観念に繋がりました。多くの場合、そもそも「好きなこととは?」というところで躓いたり、マネタイズが難しく悩むパターンです。当たって忙しくなったらなったで「これは最早好きなことなのか?」と悩むこともあります。

 一方、物心ついたときから不景気ということもあり、消費に執着がない倹約志向も存在します。家を買わなければならない、車を持たなければならないという強迫観念を持った行動経済成長を知っているX世代と、その背中を見たY世代とは違います。もちろん地方などでX,Y世代と親しくしている場合は別ですが。

 今回のSTAY HOME週間でも聞こえてきましたが人間は暇だと死にたくなるという説があります。しかしITサービス、特にエンタメ領域の拡大や広告の拡がりにより課金しなくてもある程度遊べます。漫画村のような論外のものもありました。2010年ころの大学でもすでに居たのですが、無料で楽しむためであれば長いCMだろうが、遅いダウンロード速度だろうが我慢できる層は居ます。こうした倹約志向の拡がりにより、大してお金を使わないことから最低限のインカムでも生きられる仙人のような人たちも誕生しました。少し前は3畳ワンルームのニュースが話題になりましたが、スマホだけあれば社会と繋がれる環境が後押ししたライフスタイルと言えそうです。

 そんな中、現れたのが「やりたくないことをしない」層です。プロ奢ラレヤー氏が筆頭ですが、彼の名前だけ見ると他者への依存のように見えますが、別に稼ぐことは否定してないんですよね。彼、めっちゃ稼いでるし。ただ自分が嫌なことはしていない。その代わり自分が嫌だと思わない範囲の仕事で換金できることを模索する生き方です。この辺り、フリーランスへの動きにも表れそうだなと思っています。(彼ら本人の生存戦略として良いかどうかは今回は議論しませんが)企業側からするとJob Descriptionを明確に(限定的に)することで採用できる優秀層は出てくるでしょう。

 一方、カイシャを選んだ人たちの中には正解が見えない環境下で複数の仕事に並行して取り組む人たちも登場しました。副業を複業と書く人たちです。単にお金が欲しいというだけであれば1分単位の残業精算を望む時給志向などに相当しますが、それとは違い、限られた時間で複数の経験をしたいというタイムパフォーマンス志向です。

 2019年には社内副業制度を打ち出すベンチャー企業が登場してきました。私も色々とこのあたりは調査をし、労務面や経理面で大変だなという感想をいだきましたが、仮にこの制度の目標がタイムパフォーマンス志向の人たちを囲い込むことであれば、類似の仕事の延長を依頼するのではなく、全く違う経験を提示しないと響かないと思われます。社内の性格の違う事業からのオファーなどが効果的でしょう。

 では大企業は全く影響がなかったのかというとそうではないと考えています。この頃、盛んに叫ばれ始めた用語の一つにSDGsがあります。印象的だったのは国内線飛行機から降りる際、「本気はSDGsの観点から云々」というアドバイスの元、ブラインドを下げてから降りろとの指示があったことです。要は空調の節電のためにブラインドを閉めろということでした。随分些細なことだと思いましたが、これは(特に大)企業から自社従業員への「大手に入ったからといって胡坐をかくな」というメッセージなのでは?と思い当たった次第です。

 またプログラミング学校の勧誘や、各種インフルエンサーの登場により、自己成長に目覚めてベンチャーに移って来ようとされる方も多いです。「ベンチャーでプログラマーをし、フリーランスになろう。そのためには現職を辞めて追い込もう」という風潮も確認されており、大手上場企業や公務員を辞めてプログラミング学校に飛び込まれている方も少なからず居られます。

2020年 様々な想いが交錯するウィズコロナ時代

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 新型コロナウィルスの蔓延に伴い緊急事態宣言が出され、期せずして働き方改革が断行された格好になりました。このままリモートワークが定着するのでは?と期待されました。しかし6月に宣言が解除されたところ、電車を見る感じは7割位はオフライン復帰しているように思います。他社CXOなどと話をすると問題なくリモートワークにシフトしたという声がある一方で、

・新人の教育効率がオンラインだと悪い
・創造性の高いコミュニケーションがオンラインよりオフラインの方が効果が高い
・評価制度が成果主義に振り切っていないので厳しい
・従来業務はできているが採用業務は止めている

といった声が聞こえてきました。成熟されたオペレーションであればリモートワーク化の障壁は低いですが、それ以外の項目は厳しいと判断している経営層は多々見られます。

 一方で経営者の心、従業員知らずなのでリモートワークへの熱望は止められません。正社員採用でも「コロナ下での対応はどうだったか」「今後はリモートワークはどうするのか」と質問されることは多く、就職・転職先に求める必須条件としても随分上昇しました。

 またフリーランスのある程度腕に覚えがある層もリモートワークを希望しています。もともとが「自由にどこでも働ける」「評価のしがらみのない成果ベース」を好んで選択した方々が多いので自然な流れでしょう。その先受注し続けられるかどうかは培ってきた関係性と個のブランディングがより求められていくことになります。

 景気が良い時には行われる研究開発に対する投資は、景気が傾くと不採算事業と共に縮小されやすい傾向にあります。前回不景気の経験からすると2020年秋口に国にまつわる予算を得ているプロジェクトに動きがあるのではと予想します。民間では「21世紀最もセクシーな職業」とされていたAI機械学習に関わるデータエンジニア、データアナリストが経験や実績の浅い順に市場に出始めている傾向があります。また、事業縮小の動きを察知したメーカーの各種不採算事業に関わる社員も動き始めています。コロナ騒動がある程度収まった頃合いで、長い自粛生活で現職に思うところのある人材が転職に動くことも容易に予想されます。

 新卒採用にあって不況になると強まるのが親ブロックであり、より保守的な選択肢である大企業志向です。親の意見は2世代古いというご意見も頂きましたが、コロナショックを優位に立ち回った有名大企業であれば親の後押しも受けて人気になるというシナリオは十分に考えられます。

 長期化した自粛生活は人生を見つめ直すには十分な長さでした。恐らく上記の図の中の各種プレイヤーは一定数シャッフルされ、入れ替わるでしょう。

年収志向はどこへ?→どの志向にも居る

 ここまで来て「年収至上主義はどこへ行った?」という方も居られるでしょう。年収という概念はこれまで紹介したどの志向にも居ると考えます。

・年々上昇する年収に期待する大手志向
・ドカンと当てたい成長志向
・単価を上げたい時給志向
・月収手取りを上げたいコストパフォーマンス志向 などなど

どれが良いとかいう問題ではないし、多様化は進む一方で縮小はしない

 世の中にある言説では「これからは〇〇という生き方」などと煽りがちですが、これは生き方の芽に過ぎず、世の中が〇〇で塗りつぶされるようなことは起きないのでは?と考えています。非常事態宣言解除後の出社具合を見ても世の中の人々は保守的ですし、多くの人々がそれまでの状態に戻ろうとします。

 労働者である我々としてはどこに向いているのかを意識することで迷いが少なくなります。

 またマネージャーである我々としては次々と生まれる働き方の芽を承認し、組織としてバランスを取っていくことが求められています。一つ、もしくは少数の志向だけを組織に集めた場合、何かしらのインパクトがあった時に一斉流出したり、踏みとどまってくれる人が居なくなったりするなど弱さがでることが考えられます。そして福利厚生一つ取っても全従業員に届く銀の弾丸はなく、どの層に向けてどういったメッセージを籠めて展開したいのかを考えなければなりません。それ故、ピープルマネージメントは年々困難を極めていくのです。

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