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迷いの先にある幸せへの選択肢

「やった方がいいかな」
「やめた方がいいかな」

やるかやらないか決められないとき、
迷う気持ちが吐き出される

吐き出しているときの言葉は、
できるだけ反応しないようにしてます

やりたいならやればいいし 
やめたいならやめればいい

迷っているときに口を出してしまったら、
自分で決めた自覚よりも
人に決められた認識になる恐れがあるから。

他人が迷う人の気持ちと向き合い始めるときは

やりたいけど、どうしたらいいか
やめたいけど、どうしたらいいか


本人の意思が出てからが
他人の意見を言えるときと思ってます

または決めるまでの“模索を一緒にする”こと


決断を委ねられても、
決めるのはよそ者じゃない

決めてもらえる楽さはあるけれど、
決めるテーマによりけりで苦しみが起こることもあるから

その苦しみは、
やりたいことから始まる出来事や
やめたいことから起こる我慢がある

体験するのは何だかんだ本人になるわけで、
よそ者がするわけじゃない


迷う人自身が体験していくことを
他人が決める方が結果的には他人事になってしまう

他人が人の人生の責任を取れるわけじゃないのだから




もし相手を思って干渉したいなら
「あなたがどうしたい」と声をかけるまで


他人の人生を決めてあげるもんじゃない

「役に立ってあげた」と得意気になるもんじゃない

どれだけ仲がよかろうと、
血が繋がっていようと、

人一人の人生にその他の人間は他人の枠

大切な人でも主要人物、つまりは登場人物になる

物語を描くのは主人公であり
物語を進めるのも主人公

決めるのは、本人 


本人ではない立場なら
主人公の気持ちを尊重できる人でありたいし
迷う気持ちを急き立てるようなことはしたくない


主人公という大事な立ち位置には、
迷う時間が大切であっていい




決められない自分が嫌なのだとしたら

決められないなら、まだ決めたくないの

決めたくないのは、
自分が自分を責めたくないから


やってもやらなくても
どっちが自分に都合がいいか

迷うくらいだから
望ましい答えは見えてるはず

あとは手を伸ばすだけ

やらなくても手に入るものはある

迷いのなかにある欲しいものは何でしょう

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