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技術の進歩は私たちに何をもたらすのか?「テクノロジーの世界経済史」

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言ったのはドイツの鉄血宰相ビスマルクですが、まさにその言葉を捧げるに相応しい一冊がこちら。

ボリュームの割にスラスラと読みやすく、「技術革新が私たちに何をもたらすのか」という問いに対する深い示唆を与えてくれます。

以下では、簡単にポイントを要約しながら、身の回りのことにあてはめつつ検討してみたいと思います。

新技術が人々の日常を向上させるかのポイントは「労働置換型」か「労働補完型」かによる

まず重要なポイントとして、新技術が社会構造と人々にどのようなインパクトを与えるのかということは、その新技術の性質が決定するということです。

「労働置換型」の技術はその名の通り労働者を不要とし、新技術が代わりに労務を行うタイプのものです。

イギリスで発生した産業革命の初期はまさにこのタイプの技術革新で、織機などが職人たちを相当数失業させ生活を困窮させ、機械打ちこわし運動など社会不安を発生させました。労働者に必要なスキルも極めて少なかったことから、虐待的な児童労働も深刻化しました。

「労働補完型」の技術は労働者を不要とするのではなく、労働者を必要としつつ生産力の向上に技術が役立つというタイプのものです。

アメリカで追って生じた第二期産業革命に見られたもので、蒸気機関の導入後から機械の操作に一定の必要なスキルが生じてきて、児童労働から成人労働の必要性が再び生じました。

この「労働補完型」の技術は労働分配率を向上させ、先進各国の高度経済成長と総中流化を支えました。自動車をはじめとした耐久消費財の工場労働者などの需要と所得が引き上げられることで、失われた職を補うだけの求人があり、さらに家族を養うだけの稼ぎが得られたのです。

技術革新が「労働補完型」であるか、あるいは新たな職業を生み出すようなものであれば、社会の混乱は避けられ人々の生活は向上するということになります。

新技術が社会に受け入れられるかは政治経済の構造が決める

ここで注目すべきなのは、産業革命を引き起こした新技術は必ずしも目新しいものでないし、機械もまたイギリスで発明されたものでないということです。

というのも、当時支配的立場にあった君主や貴族たちにとっては、農民や労働者を失業させ社会不安を発生させてまで新技術を導入するインセンティブがありませんでした。それどころか、自らの権力基盤を維持するためにも、支配者層は積極的に社会から機械の排除を命じてきたのです。

それにも関わらずイギリスで産業革命が発生したのには、新大陸の発見による貿易の発展があります。それにより新興階級として商人たちがイギリスで政治的に台頭し、また時のイギリス政府も外国との競争に打ち勝つため、徹底的に商人を支持し機械の導入を推し進めたということがあります。

そのため大量の失業者が発生したイギリスでは機械打ち壊し運動などの社会不安が生じますが、軍隊で鎮圧したり、運動リーダーを処刑するなどし沈静化することで、産業革命に火が付くのです。

一方で他の欧州各国は社会不安の増大を避けて機械化を支持できず先手を取られ、イギリスに圧倒されてからやむなく機械化を支持するようになりました。

ちなみに本書では触れられていませんが、日本の明治維新においても、どさくさに紛れて廃藩置県などがなされ既存権力層が破壊され近代化が進みます。(西南戦争などのその抵抗運動を軍隊が鎮圧した、というのもあります。)

AIなどによる「自動化」は「労働置換型」であり、分断を発生させている

さて「労働補完型」の新技術によって多くの人々が幸福になったのも束の間、IT技術やAIによりここ数十年ほど進展する「自動化」は、確実に人々の職を奪い社会的分断を生じさせています。

アメリカでは日本や中国などとの貿易競争により低練度労働者の拠り所であった耐久消費財工場が凋落するだけでなく、さらに自動化が多くの職を失わせていきます。電話交換手やエレベーターガールはもはや過去のものですが、最近では無人レジの導入などによりレジ打ちの単純労働が危機にさらされ、また将来は自動運転などによっても職が失われると予想されています。

これらの現象による問題点は、トランプ政権の台頭など、社会分断を深めているということにあります。なぜ分断が深まっているのでしょうか?現代の最新技術は新たな職も生み出しています。例えば、AI技術者など・・・

もちろん量的に釣り合うのかという問題もありますが、ここで生み出された職業や、あるいは引き続き人間が行うであろう職業(マネージャーや弁護士など)というのは、そもそも高度なスキルを要するものであるということです。つまり、失業した労働者がやすやすと転職できるようなものではないし、高等教育が前提となるものが多いため、かつての産業革命時の職人たちと同じく、失業者の社会的な居場所を喪失させてしまっている、ということです。

対策としての低所得層支援は必要

この状況に対して著者は、

「テクノロジーが仕事をほとんど生み出さず、莫大な富を生む世界では、分配が課題になる。結局のところ、テクノロジーにどのような未来が待ち受けていようと、その経済的・社会的影響を決めるのは私たちなのである。」(P551)

と述べています。つまり、どう政治的に対処するかという問題なのです。

著者はいくつかの対策を論じていますが、一つ目を引くのは「低所得層に職業訓練や子供の教育に使えるバウチャーを支給すること(P537)」です。これによってひとり親世帯の復職や子どもの大学進学率を増加させるなど、(あくまでアメリカでの研究ですが)費用対効果ありとの研究報告も出ています。

ちなみに日本の状況を見ても、阿部彩氏の著書『子どもの貧困Ⅱ』では、

「ちなみに、改善したといっても、日本の子どもの貧困率に対する再分配効果は他の先進諸国のそれと比べると、依然として小さいことには変わりない。」(P154)

などと、ユニセフの調査で子どもの貧困への再分配は先進国でギリシャに次ぐ二番目の低さであることを指摘しています。

さらに日本では社会保障費に関する特例国債によって莫大な借金が将来世代に背負わされているわけですが、広井良典氏は著書の『人口減少社会のデザイン』で、

「あえて大づかみな言い方をするならば、年金給付の約54兆円のうち、せめて1兆円程度を高所得高齢者から若い世代に移転ないし再配分することが、世代間・世代内の公平からも、また日本社会の持続可能性からも妥当ではなかと私は考えている。」(P212)

と述べています。

これらを踏まえて言ってしまえば、結局のところ少子高齢化のなかで世代間の政治力に不均衡が生じており、たったこれだけの合意形成すら困難な状況こそが、この国の病巣そのものであるということでしょう。

日本で新技術は受け入れられるのか

さて最後にちょっと観察的な視点からですが、新技術を巡る日本の動きをいくつか見てみます。

Uber(配車サービス)→既存事業者の抵抗や法規制を破れず失敗

Uber eats→既存事業者が僅少で政治力が無く展開に成功

AirB&B→民泊に関する折衷案的な規制

キャッシュレス決済→(諸外国と比べ)消費者の動きが遅かったがキャンペーンにより浸透

マイナンバーカード→反対派が根強く政治的折衷によるクソオペかつ適用サービスの限定により苦戦

ざっと見るとこんな状況でしょうか。政治的抵抗が強固な分野も見えますが、アメリカと違って人口減少に入っていることから、労働者側の抵抗が比較的弱くなり、行くときは案外スルっと新技術の導入が進んでいきそうな気もしますね。

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