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逆境が育てた天才カエサルの名作!民衆の心を掴んだプロパガンダ書物『ガリア戦記』歴史本Vol.3

世界史を履修していない人でも、「カエサル」という名前くらいは聞いたことがあるかもしれません。そう、「ブルータス、お前もか」と言いながら暗殺されたあのおじさんです。

そんなカエサルですが、ただの暗殺されおじではありません!世界史上まれにみる、正真正銘の天才です。今回は彼が自ら書いたノンフィクション戦記モノである、『ガリア戦記』から彼の一面を紐解いてみたいと思います。


実はディストピアな軍国主義国家・ローマ

古代ローマってなんだかロマンのある響きではありませんか?ですが哲学者ヘーゲルの言葉を借りると、実はなかなかディストピアな世界観です。

ローマの国家目的は、個人の共同生活を国家のために犠牲にすることにあるから、世界は悲しみにうちひしがれ、心はひきさかれ、精神は自然らしさをうしなって、不幸な感情にとらわれている

歴史哲学講義-ヘーゲル 岩波版下巻96P

また別の回に語りたいものですが、伝説上の成り立ちからしてローマという国の本質は略奪を前提とした、要は軍国主義国家なのです。

さてカエサルが生まれたのはソクラテスたちの時代から数百年後、紀元前100年でした。この時代のローマは領土を次々と拡張し、属州から過酷な徴税をしたり被支配地の住民を奴隷として売り飛ばしたりして、ローマ本国に富が流入していました。

そんなご時世ですが、この時代のローマは血で血を洗う政治闘争が収まらない状況でした。富豪や貴族などからなる元老院をベースに伝統的政治力を持つ"閥族派"と、民衆の支持により新たな政治力獲得を目指す"民衆派"とが入り乱れながら、殺戮と粛清を繰り返していたのです。

政争に巻き込まれ修羅場を乗り越えまくる少年時代

そんな血なまぐさい時代に生まれたのがカエサルです。名門家系の出身であるが故に大人の闘争に巻き込まれ、当時の権力者であるスッラという人物に目をつけられ殺されそうになりますが、「若いんだから許してあげろうよ」という周囲の取りなしでなんとか命を救われたりします。

そんなシビアすぎる環境がカエサルをとんでもないメンタルマッチョに育てていきました。

ある時カエサルは航海中に海賊に捕まりますが、海賊が要求する身代金を少ないとして、その倍額以上を要求せよとブチギレます。そして囚われの身でも豪放に振る舞い、海賊たちに「俺が自由になったらお前ら全員処刑してやるぜガッハッハ」と際どいジョークを言ったりしていました。

そして身代金が払われた解放後、海軍をまとめてこの海賊を捕まえ、本当に処刑してしまいます。

このように強烈な少年時代の体験が、どんな逆境にも打ち負けないリミッターのぶっ壊れた英雄としてのカエサルの人格を作っていったんですね。

借金返済のために政治権力を獲得、不倫騒動にもめげない日々

さてやがて政治家として活躍を目指すカエサルですが、政治活動のためとはいえ、あまりに気前よく散財をしすぎてとてつもない借金まみれになっていきます。

当時は自己破産などなく、借金のカタに奴隷にされてしまうということもあるわけですから、借金のプレッシャーも今とは到底比較にならないわけです。

そんな自業自得とはいえ過酷な環境の中、カエサルは賢明な政治努力で着々と出世をしていきます。しかし、いくつかの政治的試練が彼を襲います。

ひとつが下半身の醜聞です。まずカエサルが当事者として、外国の王様と一夜を共にした、という噂を流されたこと。これは長らく政敵に攻撃されるネタになったようです。

またカエサル自身は非常に手グセが悪く、片っ端から人妻を寝取っていたとか言われますが、ついには自分の妻に不倫をされ返すことになってしまいました。しかもこれはこの時の政治ポジションの都合から非常に間が悪かったのです。あわよくば失職、という危機でもありましたが、カエサルは即座に妻と離縁し「カエサルの妻たるものが疑われることがあってはいかーん!!」と完全に自分の所業は無視した白々しい言葉で難局を乗り切ったそうです。

そんな涙ぐましい(?)努力の末、ついに属州ヒスパニア(現スペイン)の総督というポジションまで出世することになりました。ところがこのとき借金をしすぎており、債権者たちが「てめー金も返さず遠くに逃げるのか!」と激怒。カエサルを異国の地に活かせるものかと行く手を塞ぎます。

そこで手を差し伸べたのが、レピドゥスという金持ち政治家です。彼もまた自らの政治的野心のため、カエサルを抱き込もうと、カエサルの借金を肩代わりしてさらに保証人にまでなってあげたとか。

こうしてカエサルは無事に任地へ出発し、そこで貴重な経験を積むことになりました。ここまでが"ガリア戦記"までのザックリとした経緯です。

若き気鋭の政治家は天才将軍として才能を開花

ヒスパニア総督としてのキャリアを積み、「属州経営が儲かる」ことに気付いたカエサル。また軍功を立てて名声を上げることで、さらなる政治権力を掌握したいと考えていました。この頃のカエサルが目指していたのは、ローマ人のナンバーワンになることだったのです。

そこで色々な経緯がありカエサルが目をつけたのが、ガリアです。ガリアは今のフランス一帯のエリアで、当時はガリア人と呼ばれる人たちが住んでいました。ここを征服しようとしたんですね。

さてカエサルは元老院から軍権を預かり、ここから8年に及ぶガリア戦争がはじまります。度重なる戦闘、敵地での過酷な進軍は、カエサルの卓越した軍事的才能も開花させることになりました。この時の遠征に参加した軍団はカエサルに忠誠を誓う少数精鋭の猛者どもとなり、以後の政治闘争でも大活躍することになります。

この8年間をまとめたノンフィクション作品が「ガリア戦記」であり、そこには手に汗握る一進一退の攻防が生々しく描かれているのです。そして、度重なる試練の末についにガリアを征服しローマの属州に組み込みます。

このガリア戦記はカエサルの大衆人気を爆発させていきます。富をもたらす征服戦争の勝利者というのもありますが、この本は非常に平易でわかりやすい言葉で書かれていました。なぜなら、政治家であるカエサルにとって、はじめから大衆がターゲットであったからです。民衆支持を獲得し自身の政治権力を強化するためのプロパガンダという執筆の目的があったんですね。

こうして政治家や軍人としての才覚に続けて、文章家としてもカエサルは名を轟かせます。彼の文章にはこの時代に随一の文章家であるキケロのいう人物も絶賛したそうです。

そういったこともあり、このガリア戦記、現代の私たちにとっても非常に読みやすい一冊となっています。いかにも古典な難解さはなく、普通に読んでいてドキドキする戦記モノです。

そして、共和制ローマに引導を渡す内乱へ

こうして絶大な富と権力を手にしたカエサルですが、以後、さらに大きな政治闘争が彼を待ち構えます。そして追い込まれた末に彼自ら大きな内乱を引き起こすことになるのです。

ガリアでの経験と強兵、そして民衆人気は最終的に彼を勝利者へと導きます。一介の政治家から独裁者への道を進むカエサルですが、最後まで抵抗したのは、「ガリア戦記」で何度も彼の窮地を救った右腕のような将軍であったラビエヌスでした。彼は最後、カエサルより共和主義を守ることを選んだのです。

そんな反対者も退けていき、いよいよ終身独裁官として絶大な権力を手にしたカエサル。名実ともにローマ人のナンバーワンになったのです!

しかし、まだまだカエサルの政敵は多くが力を持って残っていたのです。そして彼ら敵対者もまた英雄と呼ばれるに相応しい器を持った人物が揃っており、共和主義を終わらすまいと抵抗するのでした。

最後は待ち伏せていた政敵に囲まれ滅多刺しにされながら、あの言葉を口にしてカエサルは絶命します。

「ブルータス、お前もか」


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