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07 - 失われた星・2

「今の地球の技術で判明している宇宙よりも、更にずっと先を、私たちは知ってる。だからその程度の宇宙に目を向けるのではなく、それよりも今の地球の声に耳を傾けて、って言ってます」


繰り返すように、千華さんは続けました。予想だにしていなかったこの展開に、私は心底驚いて言いました。


「このチョコが、今、そう言ってるんですか?」


「はい、チョコちゃんが教えてくれています。地球がいかに素晴らしいところかを、真由さんが体験して宇宙に知らせてあげて。宇宙船に残っている、まだ地球に転生していない仲間たちに、素敵な地球のことを、たくさん教えてあげて下さいって。」


そう言って、千華さんは口を閉じました。


全く実感がわかないまま、でも目の前の現象に驚嘆しながら、私は不思議な感動に身を包まれて、電気に打たれたように身体中がピリピリと痺れていきました。


(長い時間をかけて、見守ってきた地球。。。?やっと生まれ落ちたその地球で、こうやって今、以前一緒に時間を過ごしていたチョコと、こんな風に出会うなんて、そんな漫画みたいなこと、ある?)


身に覚えのない身の上話を次々と明かされていくという奇想天外な展開に、正直私は半信半疑でした。目をパチクリとさせながら、千華さんとチョコに交互に視線を向けた時、ふと私の脳裏に大きな窓の外に広がる漆黒の空間に、小さくぽつんと浮かぶ美しい青い星のイメージが見えました。


(ああ、この美しい星は地球なんだ)


その青い星の映像と共に、そのSFのような話が、不思議とストンと体の奥に落ち着くのがわかりました。


一通り千華さんが話し終えると、それを待っていたかのように、またチョコがウォンウォン、ウ〜ウ〜ッと語り始めました。側から見ると、その不思議な一匹と一人が、本当に会話をしているかのようです。


「女王として星を守れなかったという悔いが強いけれど、宇宙船の乗組員は、故郷の仲間たちは、そんなことは1ミリも思っていない。みんなのために、星のために、もっとできたことがあったんじゃないかって、真由さんはとても悔いて亡くなっているけれど、そんな思いはもう要らない。だから、女王としての重荷はもう下ろして下さい。」


(つまり、私は統治する人だったんだけど、何かがあって星はもう無くなってしまって、それを後悔しながら死んだということ。。。?)


「もっと地球を楽しんで。楽しむことで、『地球はこれだけ素晴らしいところだよ!』と母船の仲間に知らせることが、真由さんの今生のお役目です。」


(私の、お役目。。。?今生での?誰が決めたことなんだろう?)


そんな私の疑問に応えるかのように、千華さんは続けました。


「女王様だった真由さんが、次に生まれてくる子供達のために、どんなところかを見てくるといって地球に転生してきた。船を降りて宇宙からやってくる地球の未来の子供達が、幸せに、平和に暮らせるように。その子供達のためにもいい星になってねと、地球に幸せのタネを植えるために。」


(私自身が、意思を持って、地球に生まれてきたなんて。。。!
 地球の未来の子供達のために?)


そう思った時、私の胸の奥からカーッと熱いものがこみ上げてきました。


「戦うのではなく、幸せのタネを植えることで、転生した仲間が安心して暮らせるところをもっと増やして。そのためには、真由さんが世界各地を訪ねるだけでいい。それだけで、タネは植えられていく。そして、その場所の写真を撮って、絵を描いて、文章に記して、真由さんの言葉で、映像で、伝えて下さい。それがそのまま、宇宙の仲間へのレポートになる。『美しい、素晴らしい場所なのよ』と伝えることは、そのまま真由さんの幸せでもある。そして真由さんは、もうそれを実践し始めていますよね?だから、もう迷わないで。」


確かに、以前から私は旅が大好きで、毎年季節ごとに、色々な場所を訪ね歩いていました。仕事であちこちへ出張することも多く、その先々で撮影をするのが私の密かな楽しみでもありました。


「肩の荷を下ろして。真由さんのお役目を楽しんで。各地を訪ねて楽しむだけで、もうその使命は果たせる。使命とは、楽に果たせるものだから。」


千華さんは一気に言葉を紡いでいきました。


あっけにとられて、呼吸をするのも忘れるくらい、口をあんぐりと開けて私たちは、ただひたすら千華さんの、チョコの話に聞き入っていました。


「もうそのカタチはなくなってしまったけれど、私たちの星は、いつもハートの中にある。チョコちゃんが、『私はちゃんと覚えていますよ』って言っています。」


少し悲しくなりながら、私は聞きました。


「どうして、私は覚えていないのかな?」


私の質問に応えるように、チョコがウォウウォウ〜と声をあげると同時に、千華さんが口を開きました。


「それは、人間だから。人間は生まれてくる時に、忘れて来るからです。」


(人間だからこそ、覚えていたらいいのに。見てみたかったな、その星を)


そう思った時、まるで私の考えていることがわかるかのように千華さんが言いました。


「でも星はもうないと悲しむ必要はありません。ここに、自分たちのハートの中にあるから。真由さん、今覚えていなくても、私たちは広い宇宙を知っている。星の記憶もちゃんとある。」


驚いてチョコに視線を移すと、またしてもじっと私の事を正面から見据えていました。


「もしも寂しくなったり、懐かしくなったりしたら、私にまた会いにきて。私の中にあることをわかっていれば、私の瞳を覗いたら、美しく懐かしい、私たちの星と繋がることができるから。


そうチョコちゃんが言っています。」


この言葉を聞いた途端に、私はまたオイオイと泣き出してしまいました。
そんな私の足に、まるで(大丈夫、アタシがついているから)とでもいうように、チョコの鼻先が優しく触れました。


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まるで喉の奥が締め付けられたようになって、私は暫く声を出すこともできませんでした。私の真正面に座ったチョコは、またあのつぶらな瞳で、私がボロボロと涙をこぼす様をじっと見つめていました。


(ほら、真由さん。私の瞳を覗いてみて。宇宙が見えるでしょう?)


そう言っているかのように、まん丸の目を見開いて、黙って真っ直ぐに私を見ていました。


そのチョコの瞳を覗き込んだ私は、泣き止むどころか益々涙が溢れ、暫く肩を震わせて泣きじゃくっていました。


「そうする。そうするね。思い出したくなったら、きっとまた、会いに来るからね。」


鼻をすすりながら、私はチョコと約束を交わしました。


(こんな風に、訳も分からずいきなり泣いたことが、そういえば一度だけある。。。)


私は泣きすぎて頭がぼうっとする中で、ぼんやりと、思い出していました。


つづく。

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