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仕事帰りにシュノーケリング ー沖縄の「へそ」うるま市石川のローカル生活(18)

「明日、仕事帰りにシュノーケリング行ってみません?」

終業後の帰り際、職場の同僚(沖縄県民で、同い年の女性)に誘われたのは8月頭のこと。「仕事帰りにシュノーケリングって、ここは楽園か!」と思いました。夏場は職場で仲の良い何人かで、帰る前にたまにシュノーケリングを楽しんでいるのだそうです。楽園か!

たまたま東京での送別会で、友達にシュノーケリングセット(ゴーグルとシュノーケルの2つで、フィンはなし)をもらっていたこともあり、喜んでご一緒させてもらうことにしました。

場所は、洞窟の中の海がエメラルドに輝くことで観光客にも有名な、青の洞窟のある恩納村の真栄田岬。当時、口頭で「まえだみさき」と聞いて、帰宅してから「前田岬」で一生懸命検索して「出てこないな」と首を傾げていました(笑)

沖縄あるあるの一つで、「沖縄県人は海に入らない(海は浜辺で酒を飲むところで、泳ぐところではない)」というのがあるのですが、僕の周囲には、県民でもサーフィンやダイビングを楽しんでいる人がちらほらいました。せっかく素晴らしい自然環境があるのですから、楽しむのはいいことですよね。

同僚たちはみな手慣れたもので、仕事帰りのシュノーケリングの心得を教えてもらいました。

・事故のリスクがあるのでひとりとかふたりの少人数で行ってはダメ。シュノーケリングは大勢で行くこと。

・仕事帰りなので、暗くなると危険。定時で上がってさっと行って、日が暮れ始める前に海から上がること。

・着替える場所はないので、職場を出発する車の運転前には、シュノーケリングできる格好に着替えておくこと。

当日、「職場でこんな格好に着替えていいんだろうか」と思いつつ、定時後にトイレで海パンズボンにTシャツに着替え、同僚たちを追って車を走らせます。石川から真栄田岬は、中泊の交差点経由で渋滞にも巻き込まれず、行きやすい場所です。

真栄田岬の周辺は何にもない野っ原で、さとうきび畑とわずかな電信柱のほかは周囲には民家も街灯も見当たりません。Google Mapも道を認識せず、暗くなってはぐれたら迷いそうだなーと、車を停めた後はせかせかとみんなの後をついて行きました。

女性陣も水着の上にTシャツを着て、シュノーケルセットを手に持ち、島ぞうりでぺたぺた歩いて岬の階段から海に降りて行きます。1時間前までデスクの前でパソコンと睨めっこしていたのに気づけば夕方の海の中に入ろうとしているなんて……と不思議に思いながら浸かった海は、夏場の割に、冷たく感じました。

気づけばみんな「今日はちょっと濁ってるね」などと言いながら、思い思いに回遊を始めています。僕は泳ぐのは得意な方ですが、シュノーケルで呼吸をするコツがつかめず最初はやたらと海水を飲んでいました。誘ってくれた同僚が根気よく教えてくれるうちに、ようやく海の中をすいすいっと漂えるようになりました。

同僚たちの言う通り、その日の海のコンディションはシュノーケリング向きとはいえず前々日の大雨の影響か、濁り気味ではありましたが、それでも初めて泳いだ沖縄の海は初心者にも優しく、8月の沖縄は19時を回っても日が沈まず明るく、存分に満喫することができました。

同僚たちは帰り際もあっけらかんとしたもので、近くに有料のシャワー施設などもあるらしいのですが「ま、どうせ帰ったらシャワー浴びるから」とタオルで軽く水分を拭き取った後は、そのままの格好で車に乗って、「じゃ、また明日」と言いながら去って行きます。

僕は恩納村の海に沈みつつある夕日を眺め、潮風にあたりながら、「すげー沖縄に来たって感じがする。すげー」とバカみたいなことを呟きつつ、帰路に着いたのでした。


「仕事帰りのシュノーケリング」体験から一年後、後日談があります。友人が夏休みに遊びに来たときに、同じ真栄田岬のシュノーケリングに連れて行ったことがあります。

この時は休日だったので、真栄田岬周辺にたくさんある観光客向けのダイビングショップの一つを予約し、一人5,000円くらい払って「自然の中なので事故があっても自己責任」的な同意書にサインし、全身ぴっちりのウェットスーツを借り、インストラクターの指示に従って、安全に海に入って行きました。

一年前と同じ階段を降りて入って行ったその日の海は、日中でコンディションもよく、青の洞窟まで泳ぐことができ、エメラルドに輝く海を楽しむことができました。

印象的だったのが、同意書を回収するとき僕の住所が沖縄なのに目を止めたインストラクターのお兄さんが「僕らのショップのスタッフ、沖縄県人ひとりもいなくて移住組ばっかりなんすよね」と笑って話していたこと。

シュノーケリングのその回のメンバー(僕と友人以外は明らかにナイチャー観光客カップルばかりで、僕も友人もナイチャーです)を見回して、ふと思ったのです。

沖縄県民が、生まれ育った自然の中でお金も手間もかけずにラフにシュノーケリングを楽しんでいる海。その同じ海で、県外からやってきたナイチャーが、県外からやってきたナイチャーを相手にビジネスをして、生活を営んでいるんだ、と。

あ、お断りしておきますが、別にネガティブな感情ではありません。商売っ気のない沖縄県人の純朴さとか、天然の観光資源をもとに経済を回すナイチャーの逞しさとか、そんな文脈で解釈するのはそれこそ余所者の勝手な感傷でしょう。

ただ、この構造の発見に、なんだか愉快になり、沖縄の悠久の海も、あまり交わることのなさそうな県人とナイチャーがそれぞれ暮らすこの島のことも、たまらなく愛しく感じたのでした。

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