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地方観光都市が生き残る術(すべ)  - PROJECT ATAMI Ep.1 -

芸術に接することのできる場所といえば一般的には美術館や劇場、コンサートホールなどを思い浮かべるが、近年では商店街や歴史的建造物など街中のいたるところで気軽に芸術に触れることのできるアートフェスティバルやアートプロジェクトが観光資源と結びつき、地域の活性化や再生に文化芸術を介した手法が用いられている。このような取り組みはアートツーリズムとも呼ばれる。例えば、かつての産業が衰退してしまった地域に有名建築家による文化施設を建設したり、ビエンナーレやトリエンナーレと呼ばれる大規模な芸術祭やアートプロジェクトを開催したり、地域の人々にとっては当たり前で見慣れてしまったモノやコトに光を当て、そのものの魅力を引き出し、地域内外に広く発信する。その魅力は以前と変わらずそこに在るのに、気づかずに見過ごされていた、活用しきれなかった場所や特産品などが観光資源となり、多くの人々がその地を訪れるようになる。

昭和の一大観光地、新婚旅行などの記念日に訪れる特別な場所として「日本のハワイ」とも称されていた静岡県熱海市。
「熱海」と書いて「あたみ」と読むこの地名の由来は、海中より温泉が沸きあがり海水が熱湯となったため「あつうみが崎」と呼ばれ、それが変じて「あたみ」と称されるようになったと言われている。

団体旅行が主流だった90年代までは旅館という箱を用意すれば観光客は満足していた。しかし宴会が主流の団体旅行から家族や個人で旅をカスタマイズし、体験や交流を楽しむ旅へと観光客のニーズが多様に変化し、かつてのやり方では満足しなくなってしまったことが熱海を含めた温泉地は衰退した要因といわれている。
1991年には年間440万人以上が熱海を訪れたが、2002年には300万人を下回り、2011年は250万人ほどにまで落ち込んだ。観光地としての再生を目指し、夏のイメージのある花火大会を、四季を通して開催する熱海海上花火大会など様々なプロモーションが行われ、2012年から毎年3~10%程度観光客が増加し、2015年には300万人台にまで増え活気が高まっていた。しかし、2019年末から始まったコロナ禍により再び観光客数は激減することとなる。そしてこの状況を打破するため、熱海のあるリゾートホテルはアートの力で観光客を呼び戻し、熱海の街の再生を目指すアートプロジェクトを始動した。

2021年3月、ACAO SPA & RESORT(代表取締役社長 赤尾宣長)は東方文化支援財団(代表理事 中野善壽)と協働し、「PROJECT ATAMI」をスタートした。
「PROJECT ATAMI」は、アートを通して熱海の魅力を人々が自発的に再発見し、体験や交流を通して楽しむことをコンセプトとしたプロジェクトである。滞在制作型プロジェクトである「ACAO ART RESIDENCE」と、アーティストをサポートする仕組み「ATAMI ART GRANT」を二本の柱としている。
滞在制作型プロジェクト「ACAO ART RESIDENCE」は、宿泊営業を終了したホテルの部屋を活用することから考案されたレジデンスプログラムだ。2021年は1ターム4名x 5ターム=年間20名のアーティストを招聘し、ニューアカオ館に滞在して自由に作品を制作するアーティスト・イン・レジデンス。約1~2ヶ月の期間で、制作から発表までを行う。発表の形や場所はコーディネーターやホテルスタッフと調整の上、決定される。滞在制作するアーティストたちは、ホテル内だけでなく市街地に出て熱海の街を体感したりリサーチを行い、気づいたことや感じ取ったことを作品化する。
また滞在期間中にはオープンレジデンスがあり、制作した作品や制作風景を一般公開し、来訪者が作品やその制作プロセスに触れたり、アーティストと交流する機会を設けている。


実際に滞在制作が始まると、アーティストとの交流や作品を通して、ホテルのスタッフも慣れ親しんだ熱海という街の捉え方に少しずつ変化が見られたという。

アカオホテル旧館 保良雄《fruiting body》

今後は、ホテルの宿泊客がMAP片手に作品を巡る体験ができるようにと、制作された作品は極力残す方針だ。2021年第1ターム(3~4月)は、HIRO TANAKA、大小島真木、光岡幸一、市川平、第2ターム(5~6月)は、遠藤一郎、鈴木昭男、宮北裕美、花坊が参加した。
宿泊施設としての強みを生かしており、2021年秋に惜しまれつつ宿泊営業終了となったニューアカオ館をレジデンス施設として活用している。過ぎ去りしバブル期の栄華を感じさせるニューアカオ館は、今では考えられないような贅を尽くした造りで、脈絡なく洋の東西が折衷したエキセントリックな内装、海を見渡す天然温泉を兼ね備えた広大なリゾートホテルは、一般的なアーティスト・イン・レジデンスのシンプルで最低限生活が可能な空間とは一線を画し、滞在すること自体に付加価値を生む。実際にレジデンスをしたアーティストによると、今や関係者以外立ち入ることのできない施設に滞在できることは、特別感や不思議な高揚感を得られるという。アーティストがアプライする上で、キャリアやレジデンスとしてのネームバリューは重要でモチベーションを高める要素であることは言うまでもないが、場所やレジデンス施設自体に魅力を感じることもまた、対象に訴求する上で大きな強みとなる。

もう一方の柱である「ATAMI ART GRANT」は、アーティストのサポート

を目的とした公募型のアートグラントだ。老舗の大型リゾートホテルACAO SPA & RESORT(旧館、新館、ガーデンエリア)を中心に熱海市街地に点在するホテルや飲食店、屋外スペースなどを会場とし、作品を設置する。初回にもかかわらず、アーティスト公募には120名を超える応募があったという。東方文化支援財団代表理事 中野善壽氏をはじめ、隈研吾氏や南條史生氏など文化芸術領域でのトップランナーが選考委員を務めたということもあり、アーティストからの注目度の高さも伺える。

アカオホテル旧館 小松千倫によるサウンドインスタレーション《Endless Summer》

公募の際はアーティストのキャリアよりも、むしろ熱海ならではの展示プランを重視して30名を選定する。協賛や寄付、クラウドファンディングにより集めた資金アーティストに給付し、毎年11月に熱海でアートイベントを開催する予定だ。2021年は「Color ATAMI」というテーマで会期終了後も壁画など街に残せる作品を制作し、熱海にアートで彩りを与え、古くて新しい街の魅力を提案していくことを目指した。屋外に作品を展示するプランは、パリから TGVで約2時間ちょっと、レンヌ駅から車で1時間ほどのフランス西部の小さな町、ガシリーで開催される野外写真フェスティバル「Festival Photo La Gacilly」を参考にしているという。フランスの国際写真祭というと「Rencontre d’Arles」が最も有名で、アーティスト、キュレーター、批評家といった専門家が集う世界屈指のフェスティバルだ。「Rencontre d’Arles」には、アルルで作品に出会うほか、世界各地を行き来する専門家にとっては、どこで仕事をしていてもまたアルルで会おう、というメッセージも込められていると感じる。それほど、まるで合言葉のように「次はアルルで」と言い交わされ、いつもの仕事現場とは異なるバカンスの雰囲気漂うアルルでの再会に喜ぶ専門家たちの少しリラックスした姿は印象的だ。一方、ガシリーでは人口約2000名の小さな町、というよりもむしろ花や緑豊かで小川が流れる風光明媚な村で、1000点ほどの展示作品の大半が屋外に展示されているため、老若男女問わず一般の人々が散策がてら気楽に楽しめるフェスティバルと言える。

展示場所には目印を設置
市街地の壁面展示 小田佑二《garden》

日本ではパブリックスペースという概念に乏しく、屋外で作品展示やパフォーマンスなどで使用するためには、国、市町村など異なる自治体の管轄それぞれの許認可が必要となることはもちろん、様々な条件下での使用となり自由度は制限される。そのためPROJECT ATAMIでは、主に私有地を使用している。ACAO SPA & RESORTだけでも広大な敷地を有しているが、ホテル旅館組合をはじめとする地域住民と密なコミュニケーションを図るなど草の根的な活動が功を奏し、展示会場の話は市街地のホテルや飲食店など口コミで広がって行った。そして結果的に、車でも1日では回りきれないほどの数の展示会場を確保できることとなった。
またACAO ART RESIDENCE同様、会期中はワークショップやトークイベントなどを開催し、来訪者が作品を多様な形で体感し、アーティストたちとの交流機会を創出している。

Special Thanks: 伊藤悠(PROJECT ATAMI ディレクター)
Text & Photos: Riko

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