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30%全力で青と白の間の空色をいく


「残念なお知らせです」

会うなり佐藤先輩は、がさりともっていたビニール袋を持ち上げてみせた。袋には、私の好きなシュークリーム屋さんの箱と紙袋。

「え、うれしいお知らせではなくて?」

先輩と会うときはいつもこうだ。

先輩はそんなにシュークリーム好きじゃないのに、シュークリーム好きの私のためだけに、こうして食べきれないほどおみやげとして買ってくる。しかも、天邪鬼なことをいって手渡すのがお決まり。

先輩と一緒に働いていたころからそうだった。

アメとムチ。

だけど、そのムチの中にはいつも、優しさがつまっていた。


∞∞∞∞∞


先輩、といっても歳は2ヶ月ほどしか違わない。学年でいえば1つ年上だけど、私は一浪しているから、職歴としては2年先輩になる。

仕事のできる先輩はいつも、要領のわるい私の何年も先を走っている感じがした。一緒に新しいプロジェクト立ち上げに携わった時、私は先輩の右腕になりたかった。先輩が上司とぶつかってうまくいかないときも、助けになりたかった。でも、当時の私ができることなんてほとんどなく。

先輩は仕事量が多くなり、上司ともますます折が合わなくなっていた。ランチもプライベートでも仲よくしていた私には直接言ったことはなかったけど、たぶん私を含む後輩の教育にも悩んでいたと思う。

ため息が多くなり、暗い顔ばかりしている先輩をなんとか笑顔にしたくて、昼休みには精一杯おどけていた。本当にそれしか、できることがなかった。


そのうち、私は第一子となる長男を妊娠し、育休をとることになる。

復帰後の職場環境は、整っているとは言い難かった。まだ時短をとっている職員が少なく、部署全体の仕事が回っていない。

そんな状態でも、私は6時間の時短勤務をしていたから16時にはどうしても退勤しなくてはいけない。終わっていない仕事を引き継ぐのは、いつも少し上の佐藤先輩。

体のあまり強くない先輩が業務量のキャパをこえているのは明らかで、その負担を増やす一端を担ってしまったのは自分で。当時の自分にはどうにもならないことだったけれど、どうにかしないと、とりあえず自分のできる仕事量を少しでも増やさないとと、焦った。

先輩の力になりたいのに、むしろ追い詰めている。自分の仕事のできなさが、情けなくていたたまれなかった。勤務時間が少ないからとか、子どもの急な病気で休むからとか、そんなことは理由にしたくなかった。

それをわき目もふらずに全力疾走することで補おうと思った。いつも全力で走っていたから、転ぶときは全力でつんのめる。あるとき、先輩と個室で打ち合わせしていて、「自分の仕事が思うようにいかず、迷惑をかけてばかりで申し訳ない」という気持ちがあふれてしまい、めちゃくちゃに泣いた日があった。

「私が泣かせてるみたいじゃーん」

と先輩は困り顔で笑いながら、うんうん、と話を聴いてくれた。


そのうち、私は第二子を妊娠する。産休に入ってすぐ、先輩から連絡がきた。

「ちょっと話したいことがありまして。」

かしこまった文面に、「もしかして結婚でもするのかな?」なんて能天気な予想をしていた自分が悲しくなる。

クリスマスも近い冬の日、家の近くのスタバまで来てくれた先輩とテラス席であったかいコーヒーを飲んだ。ぽつり、と先輩の口からこぼれでた言葉で心臓がきゅっとなる。

「仕事、やめようと思ってる」

コーヒーであたたまった口の中とは対照的に、背中がひんやりした。

でもこれは、どこかで予想もしていた言葉だったのかもしれない。先輩が職場であんな暗い顔しかできないのだとしたら、「仕事をやめる」という選択はきっと、先輩にとっていいことなはずだ。

私は、さみしいけど。

二男の育休があけて、戻った職場に先輩がいないのを全然想像できない自分がいた。

まだ何も、恩返しできてないのに。

何もできなくて、ごめんなさい。

そういう言葉さえも伝えられてないのに。


∞∞∞∞∞

 

何ヶ月かして先輩は本当に仕事をやめ、少し休みをとって、転職した。

その後も、ことあるごとに先輩は私と遊んでくれた。時には子どもたちも一緒に、時には私ひとりで、先輩と映画をみたり、おいしいものを食べに行く。

あるとき、先輩から悲しいお別れの話を聞いた。話しながら、先輩の目からぽろぽろと涙がこぼれおちる。

私は、あの日の自分を思い出した。あのとき受けとめてくれた先輩みたいにできたかわからないけど、私もうんうんと話を聞いた。ふだんはそんなこと言わないように気をつけているけど、先輩をこんなに傷つけた相手に腹が立ち、私はめちゃくちゃ悪いことを言った。言い慣れないことを言う私に、先輩はちょっとだけ笑顔になった。

そんなことで、恩返しができたとは思わないけど。

それが私と先輩の10年来の関係で、それは今でも続いている。


∞∞∞∞∞


先輩の転職先は、完全なる有休消化を推奨しているらしい。三男の育休中、先輩は有休の消化を理由にときおり遊びにやってくる。

その日も、シュークリームをたくさんもってわが家にやってきた。

シュークリームにかぶりつきながら、私が来春の職場復帰に向けて気持ちがざわざわしていること、子ども3人を育てながらちゃんと仕事していけるかとても不安なことを、正直に話した。

一緒に仕事をしていたころ、「先輩ってどうしてそんなに仕事ができるんですか?」と聞いても、なんだかんだとはぐらかされていたんだけど、今なら教えてくれるかな…とダメもとで聞く。

「先輩ってなんでそんなにできるんですか」

先輩は「え~」と、ちょっと考えてから、椅子に正座して座りなおした。私は、まっすぐな目で見つめられる。

「マイミさんはさ、仕事全力でしてる?」

「えっ!当然です!」

「やっぱりね。あのさ、30%くらいでいいのよ」

「さささ…30%…!?」

「私、そのくらいの力でしかやってないもん。というか、そうしたの。」

先輩の仕事ぶりは、誰から見ても優秀で手を抜いていたようにはみえない。納得いかなくて私は反論した。

「でも、先輩の30%って私の150%な感じです…」

「そんなことないけど。」

先輩はにやにやしながら続ける。

「マイミさんは誰みたいに仕事したいの?」

「えっと…いま職場にいるひとでいったら、AさんとかBさんとか…ですかね…」

私は、職場でとても優秀な方々の名前をあげてみた。

「あぁ~あのひとたちは特殊能力もってるからね。くらべてもしかたないよ」

特殊能力という響きに思わず笑ってしまった。

いたずらっぽい笑顔の先輩は、私がかつて時短勤務の中、仕事量が追いつかず心身に支障をきたし始めたときに気づいてくれたひとだ。

「マイミさんは、マイミさんだよ。くらべることない。30%でいいよ。私は30%の力でやるけど、100%にみえる努力をしてるんだよ。」

先輩は、いつもわかりやすく教えてはくれない。いつもそう。でもそこに、私が考えるスペースを用意してくれている。

先輩が言いたいのはきっとこんなことなんだろう。

手を抜いて適当な仕事をしろってことじゃなく、「手を抜いていい所」では手を抜いていいんだよ。すべてに全力を尽くすのは無理だから。

すとんと、お腹の真ん中に気持ちが落ちていった気がした。納得。


たしかに、私は白黒はっきりつけたい性格で、何事にも全力で突っ走る傾向がある。それがいい所なんだと思っていた時期もあったけれど。本当はいいバランスでグレーでいる方がむずかしいことなんだと、気づき始めている。


白と黒、まぜたらグレー。

グレーは曇り空みたいだから、大好きな晴れた空の色がいい。

だから、白と青にしよう。

白と青、混ぜて空色。

空色とひとくちに言っても、色んなバリエーションがあると思う。限りなく濃い群青色な夜の空もあるし、白に近いうすい夜明けの空もあるだろう。

時にはそこに、夕焼けのオレンジが入り込み、さらに紫を加えたグラデーションで複雑に色を変えていく。

人生もきっと同じ。

偏った考えをしてしまいがちだけど、全か無か、白か黒かだけで考えていると自分を追い込んでしまうことがある。

私はマルチタスクが苦手だし、ひとつのことに集中した方がいい結果がだせるような気がしてしまう。仕事と育児と家のこと、全部やるには自分のキャパシティがついていかなくて、誤解をおそれずに正直にいってしまえば、全部投げ出してひとつのことに集中してしまいたくなることもある。

もちろん状況によって、その方がいいこともあるかもしれないけれど。

少なくとも今の自分にとっては、そうじゃない。

今は、お腹を空かせて帰りを待ってる息子たちが3人もいるし、家族みんなが気持ちよく過ごせるように、ある程度ちゃんと家のこともしたい。もちろん、仕事にもやりがいを感じているけれど、今は家族の方を優先したい気持ちがある。

そして、こうして文章を書くという趣味も続けていきたい。noteという街も素敵で、そこで出会ったつながりも大事にしていたい。でも、自分で建てたブログという家もあって、仲間もいる。

これらをすべてやっていきたいと思うのはよくばりなのかもしれない。

でも、今の私はどれかだけ選ぶこともできないし、どれも100%の力でやっていくことも不可能だ。

だったら、どれも30%の力でやってみたいと思う。その比率は、その時々で変えながら、柔軟に、素直に、卑屈にならずに。


∞∞∞∞∞∞

この佐藤先輩の話をブログ仲間でもnote仲間でもあるヨリちゃんに話したら、

「私も旦那から上手に家事の手を抜いてる、抜きどころが自然にわかってるんだねって言われるよ」

って、はにかみながら教えてくれた。さすがヨリちゃんだ。文句を言うんじゃなくて、むしろそんな風に認めて褒めてくれてる旦那さんとの関係がすごくいいなって思った。家事だって、完璧を求めたらきりがない。


いつも100%全力でがんばるのはすごいことだけれど、それだけでは息切れしてしまう。

今の私にとっては、青とか白とか決めずに、その間の空色のところで、30%全力でがんばってみることが必要な気がしている。

それを気づかせてくれたのは、やっぱり佐藤先輩だった。

いま私の目の前には、無数の空色バリエーションが広がっている。


〈おわり〉

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