【私小説】りんごちゃんたちのスイミング
好きな食べ物はなんですか?
そう聞かれると、3歳のタケルは決まって
「りんごでしゅ!」
とこたえる。
まだまだ舌足らずなところがかわいくて、ふじ乃さんはつい、何度も聞いてしまう。
無邪気で人なつこいタケルだけれど、意外と頑固でナイーブで、ちょっとこだわり派。これは、そういうお年頃なのか、性格なのか、今のところわからないけれど。
そんなタケルのために、ふじ乃さんはいつものスーパーでりんごを仕入れる。
この時期、ニュージーランドではりんごが旬真っ盛りなんだって。
仲良くしてもらっているニュージーランド在住ライターのカエデさんからそう聞いてから、ふじ乃さんはよくスーパーでニュージーランド産のりんごを買うようになった。
カエデさんおすすめの、JAZがすっかり気に入ってしまった。
少し青いところがあっても、ちゃんと甘い。だけど、ちょっと酸っぱさがあって、サクサクしているところが好き。
ちなみにこちらは、いきつけスーパーであるヤオコーでみつけて即買いしてしまったニュージーランド産りんごのROCKIT。
ノーワックスで、芯が少ないミニチュアりんごだから、輪切りにしてパリパリとスナックみたいに食べられる。きゅっとしまった甘酸っぱさとフレッシュな果汁がおいしい。
∞∞∞∞∞
そういえば、今年になってミツルとタケルはスイミングスクールに通うようになった。
2人にとって、はじめての習いごと。
実は1年くらい前から、ミツルはずっと何か習いごとをしたいと言っていたけど、ヒカルを妊娠中だったふじ乃さんは体力的に通わせる自信がなく、保留にしていた。
今年、ミツルは年長、タケルは年少になったし、ヒカルと一緒に外出するのにも慣れてきた。
実はお風呂でシャワーが顔にかかるのも嫌がるタケルをスイミングスクールに入れるかどうか、ふじ乃さんは迷ったけれど。兄がやることはなんでもやりたがりのタケルのことだ、きっと一緒にいく!と言うに決まっている。
そんなわけで、週に1回、スイミングの日はいつもより早く保育園に迎えにいき、スイミングスクールに向かう。(ふじ乃さんが育休中だからこそできる荒技だ。)
ヒカルを抱っこ紐で抱っこしつつ、ミツルとタケルを水着に着替えさせるのはけっこう骨がおれる。
しかも、ずっと習いごとがしたかったミツルにくらべ、兄につられてやっているタケルは気分が乗らないときも多々あり、なだめるのにもひと苦労。
1番ひどかったときは、「やーだー!!」と泣き散らかすタケルをコーチとふじ乃さん2人がかりで水着に着替えさせ、ふじ乃さんに抱きつくタケルをコーチがひっぺがす勢いで、プールまで搬送されていった。
「こういう子は多いし、慣れてるから大丈夫ですよ〜!」と笑うコーチの笑顔がまぶしかった…。
∞∞∞∞∞
やっぱりなぁぁ…。
ため息とともに、ふじ乃さんは思う。
実は、ふじ乃さん自身、小学生の頃は習いごとと塾を合わせて3つほどかけもちしていた。ほぼ毎日のように何かしら習いごとがあり、もっと遊びたかったな…と、いまでも時々思い出すことがある。
そんな自分の体験もあって、ふじ乃さんは子どもたちの習いごとにも慎重なっていた。
ナイーブなタケルを無理やり通わせるのにも、なんだか胸がちくりとする。
子どもたちがレッスンを受けている間、保護者はギャラリーから見学することになっている。
まだ入ったばかりのミツルとタケルは、赤い帽子。
級がいくつか上がっていくごとに、帽子の色も変わるしくみだ。
赤い帽子の子どもたちが、ちょこまかと一生懸命に小さな体を動かして体操したり、プールサイドで足をばたつかせるのは、みていて本当にかわいらしく、ほっこりと胸があったかくなる。
ふとみると、さっきまで泣きべそかいていたタケルも、いつのまにか笑顔になっている。ふじ乃さんは、ほっと胸をなでおろした。
コーチの声は聞こえないけれど、ときおり子どもたちがわーっと笑うので、きっと上手に楽しく教えてくれてるにちがいない。
すっかり機嫌がよろしくなったタケルは、ミツルのそばをしっかりキープし、浅いところでプカプカと楽しそうにジャンプしている。
まだ、水に顔をつけることはできないけど、両手ですくったちょびっとの水をじゃぶじゃぶっと顔につけることはできるようになってきた。
すごい進歩だ。
赤い帽子の子どもたちが、そろってプールに浮いている様子を上からながめていると、小さなりんごたちがスーパーで並んでるみたいだな、なんてふじ乃さんは思う。
ガラス越しにみると、なんだか子どもたちとの距離がすごく遠い気がして、少しだけさみしい気がした。
初めて保育園に子どもたちを預けた時の、帰り道の、あの感じ。
大きなビート板に5人ほど乗せてもらい、船のようにしてコーチにひっぱってもらいながら、子どもたちはキラキラした笑顔を全開にしている。はじけるような笑顔って、まさにこのことだ。
ミツルと目が合って、手を振ってきたので、ふじ乃さんはヒラヒラ手を振り返した。
口元は、笑顔にしたつもり。でも、ちょっとぎこちなかったかな。やっぱりちょっと、さみしいかも …。
あれ?なんだ?この気持ち…。
家ではいつも、
「ママー!みてみて!」
ばかりの子どもたち。
「ヒーちゃんのおっぱいだから、ちょっと待っててね」
「ヒーちゃん、オムツだから…」
「ごはん、作らないと…」
「そんなことより、もう寝るよー!」
ふじ乃さんは、子どもたちの「みてみて」をすべて受け止めきれない。
疲れてきて、テレビでごまかしちゃうときもある。
ふじ乃さんは、うらやましくなったのだ。
子どもたちから、あんな笑顔を引き出しているコーチを。
それから、ごめんね、と申し訳なく思った。
いつもいつも、待っててね、でごめんね。
私はむしろ、ああいう笑顔を子どもたちから奪ってたかもしれない。最近、子どもたちと、ちゃんと向き会えてるのかな…?
よく動くようになってきたヒカルが暇をもてあまし、抱っこ紐の中はせますぎる!と言わんばかりに、のけぞり始めた。
よく考えたら、ミツルも、タケルも、この抱っこ紐の中にすっぽりおさまっていたのに。
いつのまにか、大きくなっちゃったんだなぁ…。
抱っこ紐に入れて、どこへだって一緒に行ったのに、今ではちょっと離れたガラス越しのプールで泳いでいる。
ヒカルは、ミツルやタケルが赤ちゃんだった時の顔をミックスしたような顔だから、なおさら2人の顔がかぶってみえる。
ヒカルもすぐに、自分の足で歩き、少しずつ、世界を広げていくだろう。
それはすごくうれしいことで、必要なことで、だけどちょっとだけ、さみしい。
レッスンが終わり、月に1回の進級テストだったその日、2人はふじ乃さんをみつけると一目散にかけてきた。
「ひとつ級があがったよー!」
「ワッペンもらえたー!」
「やったー!やったー!やったったー!」
はじける笑顔でぴょんぴょん、飛び跳ねている。
その笑顔につられて、ふじ乃さんも声をだして笑った。
「よかったね!がんばったからだねぇ!」
って2人に声をかけながら、涙がでそうになったのは内緒…。
ヒカルだけは気づいたかもしれない。
そうか、きっと親って、「やったよ!」って、笑顔で帰ってこれる場所。
逆に、失敗したっていい。
「だめだった…」って泣いてもいい場所。
そんな場所があるから、子どもってがんばれるんじゃないだろうか。
∞∞∞∞∞
レッスンの後はみんな疲れてるので、いつもよりちょっとだけ贅沢することにしている。
スイミングの日のために、ヤオコーで仕入れておいたYes!premiumのりんごジュース。
スイミングスクールの帰り道、近くの公園で、子どもたちと、それからふじ乃さん自身も、おつかれさまー!って乾杯するのがお決まり。
ちっちゃなりんごたちのスイミング、これからどうなってくかな?
彼らはどこまで泳いでいくんだろう?
失敗したっていい、くやしくて泣いてもいいから、疲れたらちょっと戻っておいで。
本格的におぼれちゃう前に。
それで、一緒においしいジュースでも飲もうね。
甘酸っぱい、ストレートのりんごジュースがカラカラの喉にじわっとしみていく。
「おいしいねー!しみるー!」
しみるー!は、ふじ乃さんの口癖。すっかりミツルに遺伝している。
子どもたちの笑顔が、またはじけた。
〈おわり〉
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