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精神迷宮膝栗毛#1「江ノ島へ。前編」

2023年10月2日

バル姉(ばるねえ)に誘われ江ノ島へ行くことになった。
バル姉とは私のほぼ唯一と言っていい友人で、その名前の由来は、かつてサイケデリックな女になりたいとアフロのウィッグを被っていた時期があるらしく、その姿がサッカーコロンビア代表のバルデラマ(コロンビアの英雄)にあまりに酷似していたため周囲からバルデラマ姉さん略してバル姉と呼ばれるようになったと伝え聞くが、真偽は定かではない。

無論、今となってはストレートヘアのバル姉いわく江ノ島には日本三大弁天である江島神社があり、その神威は全国津々浦々にまで轟き渡る霊験あらたかなるパワースポットであるとのこと。

「江ノ島には龍神様が住んでいるからな。龍神様のご威光で積もった俗塵を一掃するんだ。というのも最近どうも悪夢ばかり見るんだよ。悪夢の話聞くか?」

と行きの小田急線車内でバル姉は目をつむりながらシリアスな口調でそう言うが、軽度の乗り鉄である私はGoogle Map片手に初めての小田急江ノ島線の車窓を見ることに必死であったためバル姉の問いかけに対し特に応答はしなかった。

見ておきたい景色があった。
小田急江ノ島線は高座丘陵と呼ばれるエリアを通るのだが、特に藤沢本町駅辺りは起伏にとんだ地形で傾斜地に家々が立ち並ぶナイスな景色が見れると事前に車窓動画で予習済みであり、また最近読んだ原武史著「線の思考――鉄道と宗教と天皇と――」という書籍には柳田國男がこの沿線に足繫く通っていたと書かれており、あの柳田國男が愛した土地ならば一瞬たりとも見逃すまいと食い入るように車窓を眺めていたためバル姉の悪夢の話どころではなかったのだ。

龍がいる云々発言後、瞬く間に爆睡したバル姉を起こし、藤沢駅で乗換のために下車をする。ホームから見える藤沢駅前のペデストリアンデッキには湘南ベルマーレの旗がはためいていて、おお藤沢だ、とテンションが上がる。
「潮の香りするよな?これ潮の香りだよな?」
などと恐らく人生で二度目であろうy2kファッションに身を包んだバル姉は辺りの空気を懸命に鼻で吸気していた。
私には香りを感知することが出来なかったがお互いに海とは縁のない灰色の都会生活を送っているがゆえ敏感に反応するのもよくわかる。

「もしも海辺の町に住んだとしたら潮の香りには鈍感になってしまうのだろう。それは悲しいことだよね、バル姉。」
「そんなことより、待ち受けを白蛇に変えたんだ。」
とバル姉は私の渾身のセンチメンタル発言を完全に無視し嬉しそうにスマホのホーム画面を見せてくる。
とぐろを巻いた白蛇がスマホ画面いっぱいに写し出されており、
「金運爆上がりしそうだね。」と俗にまみれた感想を言う。

片瀬江ノ島駅で乗客のほとんどが降りたように思う。
そのほとんどが観光客らしき人たちで、ゾロゾロと改札めがけて歩いていく。
外国人の姿も目立ち私の足どりも軽くなる。
私は外国人観光客が大好きである。
ホームカントリーにいながら常にアウェイの感覚に支配され生きている私にとってみれば異邦人の存在は安心できた。仲間だとすら思っていた。
「私にはホームと呼べる場所がないんだ。だから私は異邦人に紛れたいのだ。」
と私の人生に対するスタンスを吐露すると、
「私も同じだ。占い師に前世はプレアデス星人って言われたよ。」
というバル姉の温かいフォローが心にしみた。

改札を出ると、片瀬江ノ島駅の中華テイストな駅舎デザインに目をひかれるが、お互い感想は特になかった。なんとでも言えそうな位パンチのある外観だが、何かを言おうとしても結局は言葉が何も出てこない不思議な建造物だった。

天気も相まってか片瀬江ノ島駅から国道134号へと続く道は見事なまでに陽なる空気が満ち満ちていた。天国へと続く一本道のように感じられ気分が高揚する。
それ故か、
「藤沢駅では、えらく顔立ちの整った女子高生を多数目撃したが、やはりサーファーである父親譲りだろうか?」だとか、「昨今の埼玉県に見られる勢いや潤いというのはつまりは東京に隣接しているという地理的なアドバンテージが根底にあり、結局人も生まれ持った資質で決まってしまうということだろうか?」などという生産的な会話が弾む。

国道134号線を渡り、私達は迷いのない足どりで浜辺へと向かった。
辺りにはトンビ注意の看板が立てられており、空を見上げると本当にトンビが数羽飛んでいた。
「トンビが飛んでいる」「本当だトンビが飛んでいる」と見たまんまの言葉を二人で口に出し、途端に黙り込むバル姉を見やると、陽光が眩しいのか、はたまた視力の悪さか、目を細め、神妙なる面持ちで海上にドデンっと浮かぶ江ノ島を見つめていた。
『あれが江ノ島か……』といざ敵地へ行かんとすモノノフのように見えたのも束の間、「ひとまず水族館だな。」と一言。
私が芸人でもあろうものなら、ズッコケた挙句三回転してそのまま海に入水しクロールで江ノ島の岸にたどり着いちまうところだったぜ☆

新江ノ島水族館の規模の大きさ、展示内容の充実度には驚いた。気合の入った水族館だと思った。だから私達も気合を入れて海の生物を観察した。
気合を入れてクラゲを見た。


気合を入れてダイバーとエイの共演、それに沸くオーディエンスを見た。

気合を入れて潜水艦を見た。

気合を入れて深海魚の剥製も見た。

海岸に隣接した立地のため敷地内からでも海が良く見え、
だから気合を入れて海も見た。

気合を入れて、しばらく海を見た。

海は目に良い気がした。
気合を入れなおし別の深海魚の剥製を見た。

「小さい頃にこの魚くらいおでこが出てた友人がいたが、そいつだけお辞儀の角度が浅かった。何故ならおでこが地面に当たってしまうからだ」という気色の悪いバル姉の嘘エピソードが印象に残った。

後編に続く




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