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双極性障害の勤めびと。たどり着いた自分らしい働き方 第6回(25歳:都落ち、うつで実家に引きこもる)

〜25歳(2007年10月)〜

「会社を辞めるからには、今度名古屋に帰ってくる時は独立が間違ってなかったと証明して戻りたい。」

そんな想いを持ち、名古屋を出たのが同年2月。

8ヶ月が経ち、起業を諦めるという結果で戻ることになり、「友達や前職の人に合わせる顔がない」という考えが第一にありました。

そのため、実家にいることは誰にも連絡をしませんでした。

出来るだけ、人目に触れないように外出は夜中。

午前はひたすら寝て、NHK朝ドラの昼再放送がはじまる時に起きる。午後も何をするでもなく、ボーっと家の天井をながめ気づけば夕方。

母が作った食事をとり、風呂には数日に1回入るかどうかで、部屋に戻って夜中までケータイをみる。

その頃は、「うつ ●●」とか「消えたい」とかを検索していました。

(自分はどこで間違ったんだろう。友人は皆、有名企業で働いて頑張っている。自分は何をしているんだろう。)

完全に自信を失い、1ヶ月間、部屋にひきこもりました。

ありがたかったのは、母がほとんど私に干渉せず、私の過ごしたいようにさせてくれたこと。変にプレッシャーを感じないで過ごせました。

この時はまだ、私自身は双極性障害と気付くことなく、「うつ病だろう」という認識でした。

このひきこもりの時期、落ち込んだ時の話だけを医者に伝え薬を処方してもらいましたが、服薬も一週間で辞めました。

ひきこもりを1ヶ月続けると、徐々に気力も湧いてきました。

余談ですが、ちょっとした好奇心で、自分の名前をネットで検索しました。すると、某掲示板に私の名前があり、セカンドライフに関わる取り組みでの中傷を発見。

気力は回復してましたが、やはりダメージは相当なものでした。

関連して、セカンドライフの書籍を出した出版社がこの年の11月に倒産。

私の本は重版がかかっておりましたが、重版分のお金は入って来ず。でも、内心ではとても喜びました。

(私とセカンドライフを紐付けるものが、これ以上世の中に広まる事はなくなった)

不幸中の幸いとは、まさにこの事かなと思いました。

(そろそろ働ける状態になってきたな。転職活動をしよう。職についていないと友人に合わせる顔がない)

その当時の私は、肩書や世間体をとても気にしていました。

友人も「社会に属している松浦」を求めていると思い、その状態に戻るまでは友人として認めてもらえないと、本気で思っていました。

転職を考えるにあたり、「自分には何ができるのか?」を考えると、やはりWeb関係の仕事。

プログラミングができるわけではないので、企画や営業だろうと考え、名古屋でそういった求人を探しました。

転職活動で大いに活用したのが「出版の経歴」でした。

一度は「負の遺産」と考えていましたが、使えるものは使っていこう、独立した結果を表すには一番わかり易いものだと考え、どんどんアピールしました。

とは言え、あまり広めたくないという矛盾する気持ちもありましたが。。

それが功を奏したのか、すぐに転職先は決定。Webや印刷物、また企業のビジョン策定に至るまで幅広くやる、20名規模の会社でした。

Web営業、正式にはWebプロデューサーという肩書をもらった新しい仕事。
入社早々、私の悪い考えが出ていました。

「”本を出した人”として入社したので、周りもそういう期待で見てくるだろう。だから私は自分ひとりで結果を出さないと行けない。」

最初は仕事のやり方を人に聞いて学んだのですが、2ヶ月目からはどうにか1人で結果を出すために必死でやりました。

終電近くまでやるのが日常で、土日も暇あれば出社して、提案資料作り。

新しい環境は私の軽躁のキッカケにもなります。

入社前、あれだけ落ち込んでいたのに、転職が決まり、働きはじめると、気分はどんどん上がり、その状態だからこそ、長時間の仕事も乗り切っていました。

〜25歳(2008年)〜

年も明け、自分自身を追い込む傾向がより強くなります。

上司が社長という環境でもあったので、知らない間にプレッシャーを感じ、早く結果を出さなければと考えていました。

そして、とある見積もりを独断でクライアントに提出し、金額面で大きなミスがあり、自分を追い詰めてしまう出来事が。

(明日が来なければいいのに)

そう思って眠りについた翌日。どうしても朝会社に行く気力がわかない。行かないといけないとは思っているが、行くことが出来ない。

未熟だった私は、会社を休むという内容だけをケータイからメールし、そのままケータイの電源を切り布団に潜り込みます。

実家にも電話がかかるかもしれないと思い、電話線を抜く。

(全て遮断して眠って、起きたときには解決していてほしい)

眠る瞬間が一番安心感があり。目覚めた時に大きな自責の念が湧く。

夕方になり、意を決してケータイの電源を入れると、着信が複数回あり、心配をしている旨の連絡。

そして翌日の朝。昨日休んでしまったという罪悪感からまた出社出来ず、休む。

悪循環が重なり、このままでは示しがつかないと、病院に久々に受診をし、うつの診断をもらって会社に連絡。

人生で初めて、休職を経験することになります。

つづく

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