封筒の中身
「私はカタチに現れる悲しみだけが全てじゃないと思う」
薄い水滴のついたグラスを女がそっと撫でた。彼女の右手の人差し指は第二関節からその先が欠けていた。季節は冬で、窓の外は新品のパレットのように白く、寂しげだった。
僕はひどく混乱してしまった。
話は変わって街中、
冷たい小雨が頬を撫でる夜。
道を聞いた僕に、男は両手を広げこう言った。
「この人差し指が郵便局へと続く道だとします。だから、この薬指をあなた自身の道と捉え、つきあたりを右に曲がってください。
そこでは強い風が吹きます。
あなたはそれを受け入れるだけでいい」
僕はひどく混乱してしまった。
ドロドロの液体が入ったマグカップ。僕は右手の人差し指でそれをかき混ぜた。絡みつく、まとまりを欠いた思考。かつて大切にしていた何かが混ざり合って、やがてそこに沈んでいく。
黒い糸の絡まりが渦を巻いている。
僕はその中心をゆすって
ゆすって、
何度もゆすって、
やがて、飲みくだした。
「僕はカタチに現れる悲しみだけが全てじゃないと思う」
ある朝、封筒が届く。
宛名も差出人も書かれていない。捺印も、誰がそれを伝えたいのか『意志』のカタチも見当たらない。封筒は驚くほど軽い。
僕は丁寧に閉じられた封を開ける。
ペーパーナイフを滑らせ、
沈黙を軽くひねるように。
時間の軸が僅かに傾く。
乾いた音が向こうからやってくる。
そこには、
一つの人差し指が入っていた。
それが右手の人差し指か、左手の人差し指か。
判断を下すには、
僕はまだ小さすぎるようだった。
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