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制約からうまれる(発注いただきました!/朝井リョウ)

朝井リョウという作家が好きだ。
同じ時間だけ生きてきて、どうしてこうも物事の見方に差が付くのだろうかと嫉妬に近い感情が生じることもあるが、自分が生きる時代にこの人がいてよかったと新作を読むたびに思う。
この作品は、朝井氏が企業とのタイアップや他の作品とコラボして書いた、いわゆる「クライアント物」の短編を集め、書き下ろしの新作を加えた掌編集だ。すべての小説の前に掲載媒体と発注内容、例えば字数や「必ず使用しなければならないフレーズ」、登場人物の制約などが明かされている。

まったく広告感のないものもあれば、「フレーズが浮いてる…」「あざとい…」と感じさせるものもあり、朝井氏の完璧でないところを垣間見れる、いちファンとしては貴重な作品群だった。
特に印象的だったのは、英『GRANTA』本誌の名物企画「若手ベスト作家」特集の日本版へ寄稿された『引金』という作品。
主な登場人物は、高校時代ともに引きこもりだった二人の男子。一人は大学受験をし、内心つまらないと感じながらも飲み会の二次会に参加するような社交性を身に着けた大人になったが、もう一人は引きこもりのままだった。変わらず親交のある二人の会話を通して、引きこもりから脱出しようとしない理由は自己愛の強さにあるのではないかという冷たい視線を投げかける、いかにも朝井リョウらしい物語だ。(本人の後日談によれば、この作品が長編『死にがいを求めて生きているの』の種になったという。)
小学生が自由研究で何をすればいいのか分からず苦しむように、ありあまる自由は不自由と化す。自営業である朝井氏にとって、クライアントによる制約は創作スイッチを入れるための装置のようなものなのかも知れない。

唯一の新作『贋作』もまた、朝井節が効いた名作であった。
メディアで持て囃され、アイドル的な人気を誇る謎の書道家、憂衣(うい)が、国民栄誉賞を受賞した。記念品として硯が贈呈されることになり、長野にある家族経営の小さな工房が、その硯の制作を依頼される。かねてより憂衣の熱烈なファンであった妻・伊佐江は、心身共にボロボロになりながら必死で硯を削るが、夫・祥久はあることに気づいていた。誰よりも長く頭を下げる、などの世間が持て囃した憂衣の挙動は、ただのパフォーマンスに過ぎないと。憂衣は授賞式で、硯を受け取らないというパフォーマンスを見せるのではないか?と。なんとか硯を納品し、身体を壊して入院した伊佐江とともに、病室で授賞式のネット中継を見守るが…という物語。
本質からズレたところでバズろうとするアーティストもどき、それに踊らされるメディア、その影で涙を流す人々の三角形を使い、「贋作ほど立派な額縁に入れられる」ということを浮かび上がらせる、風刺の効いた作品だ。

それにしても、この『贋作』の冒頭が「発注いただきました!」という台詞から始まるのは、集英社の発注か、はたまた朝井氏のユーモアか。後者だとしたら、やはり恐ろしい男である。

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