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「自立」だけでは幸せになれない令和


「自立」「一人前」「成功」

そんなものを
求めて生きてはきたけど


「自立したけど幸せじゃない」


「一人前?かもしれないけど
未来に希望がない」


この矛盾

どうしたらいんだろう—


✣⠀✣⠀✣


1 「令和の生き方」はどこでも習わない


これは、

「昭和的な価値観」で
「平成」を
生き抜いてきたけれど、

「令和」という
混沌、複雑性の中で、

『自分の心』

にもう
余白・柔軟性がないから、

という結末に思われます。


「一刀流」を学び、
育てられたのに、

大人になった時代には
「三刀流」を求められる、
ようなものです。


いいえ


偉そうなことを言って
あなたを責めたいのではないんです。


僕もあなたと
同じ道を生きてきた
から、

思うのです。


だとしたら、

一体ここからどう
軌道を修正することで僕たちは、

「自立」

— つまりお金と生活と仕事 —

そして

「幸せ」や「夢」

をも『自分の人生』という
お部屋に包み込むことが
できるのでしょうか?


2 カレーのルーを上手に溶かす方法 ~ 幸せのレシピ ~


このことを考えるために一度、
変な例なんですが、

「カレーのルーを溶かすところ」

を想像してほしいと思います。


そう、
お野菜やお肉を炒めて、
煮込んで、

いよいよ

「ルーを溶かすぞ!」

っていうあそこです。


多くの人は、

ルーを事前に包丁で
カットして小さく・細くしてから

または「おたまの中」で
少量のお湯の中でまず溶いてから


全体へと混ぜていく

のではないでしょうか?


それは、

その方が効果的に、確実に、
全体に満遍なく混ざるから、


ですよね?


いきなりお鍋全体に
ルーを放り込んでしまうと、

しっかり溶けないまま、
お皿に盛った後で、

「あ、溶けずに固まってた!

となるからです。


変な喩えですが、、


カレーを
完成させることが「自立」


ルーがちゃんと溶けて
美味しいことが「幸せ」


だとするならば…


僕たちの多くは、

「自立」はしたのに
「幸せ」じゃないという

矛盾を抱え、
それってつまり、

“ ルーをちゃんと全体に
 混ぜることができなかった状態 ”

と言えないでしょうか。


「完成」だけ
急いで仕上げてしまった。


だから、
形はなっているけど
美味しくない、
ハッピーじゃない、
楽しくない。



3 「自立」よりも自立の「クオリティー」


「人生」「カレー」
決して同じものじゃないですが、

でもどちらも辛い、ものかもしれません!笑
大丈夫、甘いのがお好みならスイーツを添えたっていいんだから。

カレー ライフ


ここから感じ取れるのは、

どうしたら美味しい
ちゃんとしたカレーにできるか?

ということであり、


答えはシンプルです。


ちゃんと

ルーを溶かすこと⠀—


それってつまり、

「成功」や「完成」
「カタチ」「自立」を急ぐな!

ということです。


「自立」にも
クオリティーがある
のです。

内容がある。


3分あっためるだけ、
の自立もあるし、

インスタントではないけど
急いで仕上げる自立もあるし、

丁寧に炒め、味付け、
煮込む自立もある
んです。


僕たちは、
「完成」を急いでしまった


ゆえに、

「盛り付けてみたけど
  美味しくはなかった」

「ずっと食べ続けたいと思えない」

こんな状態が、
今の社会
(言葉にはしなくとも)
蔓延しているのではないか?

と僕は感じるのです。


だから、

もう一度、やり直していく、

作り直していく。


中途半端に完成させてしまった
美味しくないカレー
食べ続けるのではなく、
味付けからやり直す。


しっかりと、

ルーを全体に、

混ぜていく、

溶かしていく。


「自立」「仕事」「お金」
「生活」「暮らし」「目標」

を短兵急に実現するのではなく、

内容(感情)のともなうもの

として、再構築していく。


スピーディーに完成して
美味しくないものより、
丁寧に作って幸せなものを。

a)自立 = 仕事 + 生活 ?


「自立」というものを
最短距離の数式にするなら、
こんなところではないでしょうか?

自立 = 仕事 + 生活

昭和の自立


この数式に、

「幸せ」とか「やりがい」
「趣味」
「休日の過ごし方」
「ゆとり」

といった項は、
基本的に含まれていません。


僕らゆとり世代なのにね!笑


それが
「昭和的な教育」
(平成時代に育っても)
ですが、
大人になる頃には、

その[ 数 式 ]だけじゃ

「幸せじゃない!」

と気づきます。

だから僕たち、
余裕がないんです。


我が子を出勤前に、
車に置きっぱなしにしてしまって —

悲しいニュースがありましたが、
僕はこれ、

生きることの余裕のなさ=忙しさ

がさせてしまったこと
だと思っています。


だってそんな大切なこと
忘れますか?

でもふつうに生きていたら、
しかたがない。

「数式以外」は後回し

そんな社会に
なってしまってるんだもん。


闇バイト
肯定するわけじゃないけど、

若いやつらの
気持ちだって分からなくない。

b)自立 = 仕事 + 生活 +『幸せ』♡


「仕事」と「生活」だけ
カバンに詰め込んで、

「全部入った!」

と思ったら “ から ”

「幸せ」とか「生きがい」
「時間の余裕」
「周囲への気遣い」
も必要だ!


って気づくんです。


もうカバンに入らない

予定してなかったから。

なんなら業務、雑務、
タスクは拡大してくし。

自立 = 仕事 + 生活 +『幸せ』

令和の自立


そんな時、

一度荷物を全部出して、
もう一度入れ直していくと、

全部入る。


なんてことがあるじゃないですか。


僕たちは人生レベルでそれを、
行う必要があるってことです。


「そんな時間ない!」

って?

ほんとに?

本当にないなら、
そのままいくしかないでしょう。

でも僕の文章を読むだけの
時間や意識は
あるはずなんですけどね。。


かつて獲得して

固定された暮らし = 数式の項

一旦取り出して

(崩して、ほぐして)

「持っていきたい荷物」

を全部並べて、
またゼロから入れ直していく


それは人によって様々です。


「家族の時間」「子育て」
「起業」「時間の余裕」
「令和の働きかた」
「休む時間」
「自分と向き合うこと」
「趣味」「成長・自己実現」…


並べることができたら、
丁寧に入れていく。


お湯とルーとが
分離しないように

ちょっとずつ、ゆっくりと、
混ぜて、完全に溶かしていく

ルーが固まったまま
どこかに見失わないように


これは、
「昭和のルール」
の中では難しいと思うのです。

昭和のアルゴリズムの中に、
「令和の幸福」
を織り込むということは。


だから、

既存の枠組みに
ただ受動的に生きるだけだと
何かを犠牲にする必要がある。

捨てなければいけない、諦める。


そうじゃない。


僕たちがそれを
叶えることができないのなら、

一体誰が、いつから、

令和としての
『幸せを叶える人生』

を見せることが
できるのでしょう?


僕はずっとこの
違和感に取り組んできました。

全てのアイテムを並べて
自分のバッグに入れて、
持っていく方法。


あなたも始めませんか?


それとも、
これまでの少ない荷物で
これからも旅をしますか?

その料理をこれからも
ずっと食べていきますか?



自分を知る。ことから始まる —


『自分は一体何を望んでいるのか?』


これを突き詰め、
深め続けることで、

全ての『幹』となる
繋がったところ

— 自分に落ちた場所 —

から
人生を再構築することができます。


それがあなたの妥協のない
『本当の未来』をつくります。


一緒に取り組みませんか?

『書く瞑想』を通じて。


プログラム詳細はこちらから。



Matty


追 記

~ 家族・パートナーと人生を協奏する ~


「そのような生き方では
⠀ ちゃんと生活できないではないか?」

という疑問が生まれるかと思います。

この「お金のスペース」
(理想と現実の時差)は、

「家族」「パートナーシップ」
によって、補います。

いわゆる「自立」の不足分は、
「調和」(つながり)によって補う。


皮肉にも不完全だから、

“ 拡大してもそこに
関係性が生まれ続ける

のです。


数式にするとこうでしょうか。

自立 = 仕事 + 生活 + 幸せ + 依存(つまり協奏・調和)

令和の自立ⅱ


僕もこのことに気づくのに
ずっと時間がかかってしまいました。

僕は今、
調和によって生かされています。


だからこそ、
それに感謝して、
もっともっと自分からも、
与えようと思えるのです。


またこの「時差」

思っていたのと違う流れ

もまた、

『あなたの人生の使命のストーリー』

です。



【関連記事】

自立について、我輩ノ想ウコト。

自立とは、依存できることである。


5.20 一部加筆しました。

             

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