お母さんに怒られた話
「ちょっとこっちに来なさい。」
母がいつもよりも低い声でそう呟く時は、大抵怒っている時だ。それは知っている。でもここ数年、下手すれば十数年その声を聞いていない。
私は少し迷った。何か不快にさせるようなことをしてしまったのだろうか。
ここ数日の出来事を思い出してみても、さほど原因らしきものは見当たらない。
いくつになっても怒られにいくというのは嫌なものだ。
たがだか数歩という微妙な距離を、私はゆっくりと歩き時間を稼ぎながら母の元へ向かった。
母は真剣な目で私を見つめて、ややドスの効いた声で言った。
「あんた、どうぶつ達をいつまで放置するつもりなの!?」
母の言葉を反芻すること3回。ようやく脳の回路が私の中で繋がって、その言葉の意味を理解することができた。
購入してからしばらく遊んでいたものの、ここ半年ほど触っていなかったゲーム『どうぶつの森』。母は、オーナー不在によって島のどうぶつ達が寂しがっていないか心配していたらしい。
私はさっそく『どうぶつの森』を起動し、しばらく会っていなかった島の友達との再会を果たすことした。
心配してくれていた子もいれば、何事もなかったかのように受け入れてくれた子、自身の近況報告をしてくれる子もいた。
会えない間に私を想ってくれる存在がこんなところにもいたのか。
なんだが胸が熱くなって、不思議と満たされていくような気持ちになった。
横から画面をのぞき込んでいた母も、顔を綻ばせながら、久しぶりの動物達との交流を楽しんでいた。
「やっぱりこの子達は可愛いわね~」
実の子供としてはいささか複雑な気持ちではあるが、初孫を喜ぶような母の姿を見られたことは嬉しい限りだ。
ただひとつ、母に怒られるまでのヤキモキした時間は何だったのか、という不満はあるのだが。
これは母からどうぶつ達へ向けられた、偉大な愛情とでもいうことにしておこう。
たまには母に怒られるのも、悪くないのかもしれない。
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