怖くてたまらない人は優しかった


この世には怖い人がたくさんいる。

過敏で争いごとが嫌いな臆病者の私は、威圧的な態度をとられることが苦手だ。自然と周りには穏やかで優しい人ばかりが集まっていて、思えば無意識に自分にとって都合の悪い人を避けていたのかもしれない。

数年前に知り合ったTさんは、人当たりよく穏やかな雰囲気をまとっているにも関わらず、何故か初めて会った時から「怖い」と感じる人だった。

話してみると感性が近い部分もあり、自然と会話が増えて個別で会う機会も増えていった。
「怖い」なんて第六感は私の勘違いなのかもしれない。

そんなことを思っていた矢先、私とTさんの関係に暗雲が立ち込める。
仲が良くなるにつれてTさんからダメ出しを受けるようになったのだ。
最初は信頼関係のもと提言してくれているのかと思ったが、徐々に期待に沿えない私に対する失望の色を感じるようになった。
Tさんに対する尊敬心から認められたい気持ちもあり、期待に応えられない自分を歯痒くも感じたが、徐々にその高圧的な視線に恐怖を覚えるようになった。必死に食らいつきたい気持ちとは裏腹に、心が傷だらけになっていく。次第に会うのが怖くなっていった。

しばらく連絡を取らない日々が続いた。
Tさんと出会う前の日常に戻った私は、それで平穏な日常が戻ってくると思っていたのに。
何故か喪失感が胸を埋め尽くした。心にポッカリと穴が空いて、まるで臓器の一部をえぐられたような痛みだけが残った。

ああ、そうか。
私は、自分を壊してくれる存在を求めていたのか。
自分の奥底にある願望をこんな形で知るとは思わなかった。
無意識のうちにこんなにも変わりたいと叫んでいる自分がいたなんて。

大人になるにつれて、自分を叱ってくれる存在は少なくなっていく。
前に進もうと生きる人々の行進の列へ、一緒に進もうと手を取ってくれる人がいる幸せを、私は失ってから初めて噛みしめることになった。


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それから数ヶ月後。
深夜に発生した地震で目が覚めた。
特に被害はなかったものの、一人でいたせいか形容しがたい不安だけが残った。


その時、LINEの通知が鳴った。
Tさんからだ。
しらばく連絡も取っていない私の安否を気遣う文章が書かれていた。

ああ、やっぱり。
こんなにも優しく愛に溢れた人だったのに。
薄暗い部屋に浮かび上がる吹き出しを見つめながら、ひとりベッドの上で涙が止まらなくなった。


私にとって怖くてたまらない人は、
私にとって誰よりも優しい人だったのだ。

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