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「委員会がまちを客観視するきっかけに」 美唄市職員/小川豪さん 委員紹介⑦ Vol.46

『美唄の未来に夢を描く委員会』の7人目の委員のインタビューは、小川豪さんです!

記事を通して、メンバーのまちへの想いや委員会の活動についてお伝えできたらと思います。

おがわ・ごう / 旭川市出身で、まもなく美唄に引っ越す。建築系の大学を卒業後、札幌での社会人生活を経て、美唄にUターン。現在は、美唄市役所で公共施設の整備などに関わっている。

部活や消防団でまちのイベント参加

旭川で生まれ、2歳くらいの時に美唄に引っ越してきました。親戚が美唄にいたんです。

小学校から高校まで、陸上競技では走り幅跳びと三段跳びをやっていました。美唄尚栄高校に進学し、全道大会にも出場することができました。

毎年開催されている、「ピパオイヘルシーロードレース」に参加をしています。今年はボランティアとして関わりました。ほかにも消防団の活動で、空知神社のお祭りのお手伝いをしたこともあります。

建築の道

大学は建築の道に進みます。

美唄に引っ越してきた後に、自宅を建てたのもあって「家を作るのって面白いな」と思っていました。少しずつ作られていく工程を目の前で見ていたのもあったかもしれません。

美唄の飲食店やスーパーでアルバイトしながら、片道1時間半くらいかけて市外の大学に通ってましたね。

最初の頃は、設計事務所に入るんだろうなと漠然と思っていましたが、建築士の仕事がイメージと異なることも多く、違う道に進むことに決めました。

営業から技師へ

施工管理の仕事とかは自分に合わないなと思いつつ、大学で学んだ建築の知識は活かしたいなと思い、建築資材の営業会社に就職をしました。

3年くらい経ったタイミングで、美唄に戻ろうかというのと重なり、建築の技師を募集していた市役所の試験を受け、美唄にUターンしてきました。

そして今は、都市整備部の都市建築住宅課というところに所属しています。市で管理している公共施設の整備や、公共工事の見積もりなどをする部署になります。委員会で何度も出てきた「アルテピアッツァ美唄」のギャラリーの補修も担当をしています。

後輩たちの堂々さに驚いた委員会

市役所の上司から、「美唄の未来に夢を描く委員会」のことを聞きました。転職した直後だったので、まちの魅力を知ったり、つながりをつくれたらと思って参加しました。

美唄の未来に夢を描く委員会
困難な状況が想定される2040年の美唄を見据えた上で、市民主体のまちづくりを進めるために、20年後のまちを引っ張っている世代の10〜30代の市民11人で立ち上げた委員会です。この委員会では月に2回程度開催し、「美唄の軸となる魅力」の言語化を進め、「市民と想いを共有するシンボル(ロゴ・キャッチコピー)」を作っています。

高校の後輩たち2人が大人顔向けの発言をしているのには、いつも驚ろかされています。刺激をもらうと同時に頼もしいなと感じました。

まちを見る視点が変わった

一度札幌に出ましたが、基本的にずっと美唄だったので、まちを客観視する機会はほとんどありませんでした。

それが委員会に参加するようになってから、これまで注目することのなかった”当たり前の光景”にも目が止まるようになりました。また、他のまちに行った時も、美唄に活かせるところはないかと考えるようになりました。

大学の卒業設計を思い出しましたね(笑)。

子育てがしやすいまちへ

プライベートでは子供ができ、またまちを見る視点が変わりました。子どもを連れてまちに出ると、これまで見えなかった色々な課題が見えてくるんです。

子どもがすくすく育ってくれるようなまちというのが、自分の目指す美唄です。そのためには子育て世代に選ばれる魅力を磨いていく必要があるし、環境の整備も並行して進めていきます。


編集後記

僕も大学で建築を専攻していたこともあって、似ているところが多く、うなずきながらお話を聞いていました。僕たちが今やっていることはソフト面(仕組みづくりなど目に見えないもの)がほとんどですが、ハード(都市整備など目に見えるもの)と連携して進めることで、一層加速させていきたいなと思いました。

→ Vol.48 委員紹介⑧ 美唄市職員/藤田栞さん


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