【エッセイ】変化していった我が夫
その日は早朝からドン!ドドン!!という音が響いていた。
大きな音で目を覚ました夫は、早朝から起こされたことにかなりイライラ。
起こされただけならまだいいが、春の夫は重度の花粉症に悩まされている。
しかも仕事まで忙しいときた。
結局この日は、夕方近くまでずっと音が鳴り響いていて、昼寝をしたい夫にとって、大きな障害となっていた。
祭りというものは、歴史ある文化だと思う。
豊穣を願ったりするものが一般的だ。
しかし、昨今の祭りは、その意味も分からず参加している人も多い。
大騒ぎしたい人。お酒を飲んで怒声を響かせている人。
甲高い声を出す子供たちに、それを注意しない大人たち。
ただ、昔にもそういう人たちはいたと思う。
でもきっと、気になる人は少なかったはず。
なぜなら、家同士もご近所も声が筒抜けだっただろうから。
今の住宅環境や家族の構成、近所の人たちとの関係性も全く違った時代。
おせっかいなんて当たり前で、近所の人とも家族のような接し方でいたであろうことは容易に想像できる。
今は違う。静かになった住宅街。隣が誰だかも知らない生活環境。
家の中だって、各々に部屋ができ、自分だけの空間を手に入れる人が増えた。
そんな影響をもろに受けている我が夫は、騒がしい環境やお祭りが大嫌いな類の人間である。
さて。
そんな彼だが。
翌日も同じように大きな音が続いていたわけだが、全くイライラしていなかった。
そう。あるものを見てしまったから。
本当に美しかった。
もちろん、大きな音が花火の音だということは分かっていた。
分かってはいたが、実際にこうして肉眼で見たら、怒っていた感情はどこかにいってしまったのだ。
人はこうして美しいものを見ると、怒りの感情が消えていくのだと改めて知ることができた。
夫はと言えば、あんなに怒っていたくせに、冷蔵庫からビールを取り出し、壮大な花火を静かに楽しんでいた。
結婚してから10年が経つが、彼は「変われる人間」なのだ。
偏見が強く、自己防衛の概念も強い。
頑固だし、意見を曲げないところもある。
だけれど、彼は「変わらない人間」では決してない。
結婚当初、私が大きな声で笑うたびに
「シーーーッッ!!」と言われていた。
誰かに聞かれているかもしれないと。
・・・・だれが好き好んで「スズメが面白い行動をしていた」という話を聞きたがるのか疑問ではあった。
何度も何度も話を遮られたので、一瞬本気で、
「・・・・スパイか?」
とは思った。
一瞬。
まぁ、銀行口座の話とかしてるならともかく、自作日本昔話をしている私たち夫婦の会話を、誰に流すのかは知らないが。
そんな夫。今ではスーパーに行くと小刻みに揺れながら歌を歌っている。
そう。彼は変われるのだ。
・・・決して私が洗脳したわけではない。
カラオケで私が『うたのプリンス様』を歌った時には
「え・・・?何この歌??正気??歌ってほしくないんだけど」とドン引きしていた。
今では車内で「ドッキドキでこっわれそう1000%ラァブッッ♬」と軽快に歌っている。
・・・決して、決して私が洗脳したわけではない。
彼が変われる人間だっただけだ。
出会った当初は声も小さく、カラオケに行って歌う時も、ほそーい声で、出だしの声なんて聞き取ることすらできなかった。
それが今では、近所の方に気を遣うほどに大きな声で喋っている。
体験すること、身近に私というデカい声の人間が四六時中いることで、彼とという人間が徐々に変化していった。
大きな花火を見たことも、夫にとってすごくいい思い出になったようだ。
そうして彼は「知りもしないで見もしないでイライラすることは良くない」ということを学び、これから大きな音を聞いても怒ることはないんだろうと確信できる。
彼はそういう人だから。
ちなみに運転中もイライラしがちな彼だが、
私に褒めてもらいたいのか、「俺はこれから安全運転をしっかり守るエリートになる」と宣言し、煽られてもキレることが少なくなった。
そのたびに私はでっかい声で「ブゥラボォォォォォォ!!!さすが!!」と叫んでいる。
「当然だから」と言いながら、耳まで真っ赤になって嬉しそうに笑っている夫。そういうところが好きなのだ。
あ、ちなみに私は全然、全くもって「変われない人間」なのである。
「変われる人間」を目指して、夫を観察せねば。
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