見出し画像

毒の付いた鎖(2)

ということで第2話です。第4話まであると思います。


 うんざりした。同じことを二回も言いたくは無かった。このキムラという男、思ったよりもバカなのか? そんなことを思った。話の通じる人を呼んでほしいと思った。
「さっきも言ったじゃないですか。別にあれが本物でも偽物でも茶番であっても、別にぼくにとってはどうでも良いんですよ」
「じゃあ、何だというんだ?」
 怪訝そうにキムラは返した。前言撤回だ。少しは話が通じるかもしれないと思った。だが、ぼくを子どもと軽蔑している眼に変わりは無かった。別にそれでも構わないとは思ったけれど。
「マスクを着ける、そしてワクチンを打つ。これってもっと別にある手段なんじゃないかって、ぼくは思うんだ」
「都市伝説系の話は受け付けないぞ」
「ぼくはフリーメーソンとかそういうの興味ないよ」
 意外とそういうの見る人なんだ、とぼくは思って笑った。何がおかしいという顔をしていたけれど、彼が目に見えている物に対して四角四面に生きてきた何よりの証拠だと思った。
「マスクやワクチンに関する事件、あなたなら一番よく知っているでしょ?」
「もっとも、私たちが取り締まっているのだからその通りだな。そろそろ良いか? 尋問を始めるぞ」
「なぜワクチンを打たないか、についてだよね?」
「分かったような口をきくな」
「別にぼくは反乱軍でもなければテロ組織でもないんだから」
「ワクチンプログラムに反するものは、全員テロリストのように取り締まれと言われている」
「分かった。じゃあ、その前になぜワクチンを打たないかについても含めて話すから、まだ話していても良いかな?」
 じっとキムラの目を見た。思ったよりもキムラは従順だった。というよりも彼は決して尋問をする人間として不適格なほど、会話が下手なのかもしれないとふと思った。
「ぼくが一番気になったのはね、なぜ最初からワクチンを義務化しなかったか、ということなんだ」
「それは……、ウイルスがそれほど脅威ではなかったからだろう」
「でもすぐに義務化された。それはなんで?」
「それだけ脅威だと感じられたからではないか?」
 なるほど、キムラは決して間違ったことは言っていないと思った。だが、決して彼が納得いく正解を持ってはいないからでもあるように感じた。
「じゃあさ、何でこんな性急にワクチンが出来上がったんだろうね?」
「それは色んな人たちが頑張ったからだろう」
「ワクチンは普通、何年も臨床してその結果初めてできる物なのに?」
「何が言いたいんだ。つまり、副反応があるからとかそういうことが言いたいのか?」
「そんなに焦らないでよ」
「ここで尋問しているのは俺だ。答える義務がお前にある」
 意外とつまらない男だ、とぼくは思った。強く机を叩いたキムラに対して、ぼくはそう思った。
「別に副反応の話をしたいわけじゃないよ」
 感情を殺して、ぼくは言葉を走らせた。
「じゃあ、何の話だ」
「どうして、すぐに副反応というリスクが明らかになったのかな?」
 キムラの顔が変わった。
「何が言いたい?」
「その気になれば情報なんてシャットアウトできるのに、どうして政府は副反応については抑え込まなかったんだろう?」
 その言葉にキムラが固まった。だが、表情には出さないまま言葉を探していた。

 瞬間的にヒロイハヤトへと返す言葉が無かった。私は固まったまま、彼をじっと眺めた。彼の目は濁っているどころか、至って澄んでいるのだから。
 確かに、政府がその気になればいくらでも情報統制をすることができるものではあった。むしろ「副反応はあるもの」として世間に定着させてそれを日常にさせようとしているようにも思えたからだ。
 確かにワクチンを打つとそれから数日間は高熱に苦しむ、という臨床結果があるにはあったそうだ。それは毒性を薄めたウイルスだからというの論調もあるが、明らかにウイルスにり患したのとは異なる症状を訴える者も少なくなかったからだ。高熱はもちろんだが、それ以外にも体のだるさや頭痛、寒気に体中の痛み、下痢など様々な副反応が報告されたのだという。中には死に至ったものも居た。そういうニュースも流れていた。だが、当初はワクチンに副反応は無いという触れ込みであったこともまた思い出された。そして、ワクチンを打てばウイルスにり患することも無くなると。しかし、実際にワクチンを打ってもり患する人は後を絶たないし、また何度も感染するものさえ出てきた。
 そして、当初はこれも「努力目標」のはずだった。だが、いつの間にかそれらは「義務」に変わって行った。ワクチンを打った者だけが行動を許され、ワクチンを打たない者はそれだけで白眼視されるまでになっていた。いつの間にか、である。
 それ以上にウイルスの脅威もまた人々を恐怖に陥れていたのは紛れもない事実だった。
 だからこそ、多くの国民がワクチンを打ったのだ。そして今も尚、マスクを着ける生活を義務付けている。
 そうした生活が次第に私たちの心を蝕んでいったのか、ワクチンを打たない者への差別も次第に始まるようになった。感染したら誰が責任を取るんだ、自分だけで済むと思うなよ。最初はいわゆる同調圧力というものだったが、それが次第に大きくなるとまるで異教徒に石を投げつける様に変貌を遂げていった。自分は打ったのに、どうしてお前は打たないんだ。こうした罵声も飛び交うようになっていた。
 その中で政府もまた、ワクチンを打った者をプログラムとして登録し、打たない者へと取り締まりを次第に強化するようになった。それが今の法律で反乱なども相次いだことから、気が付くと管轄も警察から首都軍に変えられていた。尋問は専門外でありながらも、私がこうしてヒロイハヤトに尋問をしているのはそういう理由もあった。
 確かに最初から副反応があることを認めていれば、あるいは義務化していれば。ここまでの暴動には決してならなかっただろう。もちろんそれでも蜂起する人間が出たとしても私たちまで借り出されることは無かったはずだった。それは、首都軍が出てくるということに意味があり、そしてこの暴動そのものが目的だったということになるのか。まさかそんなことはあるまい、と私は思いながら彼が口を開くのを待つ。

(3)へと続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?