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"優れた戦略には非合理な要素が潜んでいる" 楠木健「ストーリーとしての競争戦略」

読書メモ#8です。

500ページというボリュームと「経営戦略」というゴリゴリに固いジャンルを扱っているにも関わらず、異例のベストセラーとなった本書。イカツイ出で立ちとは裏腹に非常に軽い読み口で、かつとても奥深い内容の本になっています。

自分はこの本を初めて読んだのが4年前だったのですが、それ以降(自分が経営に携わるような職種でないにも関わらず)いろんなところでこの本や著者についての言及を見かけることがあったので、もはや言わずと知れた、というか現代の経営者の間ではひとつの一般常識のレベルにまでなっている本のように感じます。


優れた戦略は"面白いストーリー"になっている

本書のタイトルの通りでもあるのですが、変化の激しい時代でも持続して利益を上げ続けられる企業の戦略は人に語りたくなる面白いストーリーとなっている、ということを本書は一貫して述べています。

一方企業が戦略を立てる中で重要視されがちなものとして項目ごとのアクションリストがあります。「新機能としてこういうものを開発しよう」とか「この顧客セグメントを狙うぞ」とか「このお店で商品を並べてもらおう」とか、、時に世にある戦略策定の分析手法などを用いながらビジネスの個々の要素ごとに合理的で最適な解を目指すというものです。

このようにビジネスの要素ごとの部分最適化を図っていき、それらを同時並行で走らせることは一見すると合理的で異論の余地のない戦略のように思えますが、この本ではそれを真っ向から否定します。

この本で最も重要視されていることが、良い戦略とは個々のアクションごとが他社との違いをつくりながらつながりあうこと。そしてそれが面白い独自のストーリーとして流れていくことです。


ストーリーは奪われない、複製されない

持続的なビジネスの成功の必須条件は他社との差別化です。

しかし、アクションリストに分解されたビジネス要素ごとの論理的最適解を追求した場合、そのアクションは他社にも真似できるものになってしまいます。
論理的な最適解は、誰にでも考えられ得るものでかつ再現性が非常に高いものです。それは前回の読書メモの「世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか?」で「正解のコモディティ化」という言葉で語られていましたが、論理的最適解のみの追求しては他社との差別化を図ることは不可能です。

しかし、そのアクションが単なる論理的な最適解ではなく、ひとつのストーリーとしての繋がり合っているものであると、アクションごとに取り出して真似することができません。
要素と要素が関連し合いながらストーリーの文脈の中に埋め込まれているため、その中の一つを取り出して再現しようとしても意味がなくなってしまう類のものです。

これが長期的な差別化を実現し、持続的な利益を企業にもたらす戦略であると本書で述べられています。


非合理な要素をストーリーに組み込め

もう少し話を深堀りします。優れた戦略、すなわち人に語りたくなるような面白いストーリーには一見すると非合理な要素が必ず埋め込まれていると言います。それを本書ではクリティカルコアと呼んでいます。

優れた戦略の必須要素として「ゴール」「コンセプト」そして「クリティカルコア」が挙げられています。まとめると以下のようになります。

◎ゴール
どのようにして利益を生み出すか。平たく言うと、低コストで多く売る、価値を向上させて高価で売る、ニッチな分野に特化するの3つのどれかに最終的には分類されます。

◎コンセプト
顧客に提供する価値を明確にしたもの。後で挙げるスターバックスだと「第三の場所」というオフィスでも家庭でもない、"安らげる場所"を提供するという考え方。
その時重要になるのが「何をやらないか、誰に嫌われるか」をしっかりと明確にすることだと言います。
例えばスターバックスでは喫煙を禁止し、最近までは食事のラインナップも少なく、お酒の提供もありませんでした。「誰にでも愛される」ではなく、「コンセプトの"第三の場所"を実現するために、合わない客は排除する」という姿勢の現れのようにも感じます。

◎クリティカルコア
これが恐らくこの本の最も重要な要素だと感じます。上記のコンセプトに基づいて「一見すると非合理的な要素だけど、全体のストーリーの文脈の中では合理的」になる要素です。
これが、他社に再現不可能で持続的な利益を上げる戦略のキモとなります。


スターバックスの戦略からみる良いストーリーの具体例

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すでに少し書いていましたが、スターバックスを例に具体的に「良いストーリー」とはなにかを考えてみます。

●ゴール
スターバックスの戦略のゴールは低価格路線というよりは、どちらかというと高付加価値、高価格路線と言えます。

●コンセプト
ゴールを目指す上でのコンセプトが「第三の場所」の提供です。スターバックスは美味しいコーヒーを出すことが目的ではなく、あくまで第三の場所の一つの要素として美味しいコーヒーを位置づけているとも言えます。
スターバックスは顧客にオフィスのようなストレスある空間でなく、家のようなしがらみもなく、ゆっくりとくつろげる場所を提供する、というコンセプトを掲げました。
この「第三の場所」を実現するために、様々な非合理的で、業界から見て非常識なことを行っていきました。

●クリティカルコア
スタバの最も象徴的な非合理的要素は「全店直営店方式」を採用したことです。
コーヒーショップなど店舗数を増やし規模を拡大させることを追求するビジネスにおいては、土地を所有する店長を雇ってその人に店舗を運営させるフランチャイズ方式を採用するのが常識です。そのほうが本社は土地を探し、所有する手間とリスクも正社員を抱えることもありません。本社側の視点に立てばまさしく、論理的に異論の余地のない正しい戦略です。

しかし、スターバックスは手間もリスクもかかる「直営店方式」を選択しました。それはスターバックスの目指す「第三の場所」には本社の理念に共感し、直接指導を受けた店舗スタッフによる高いホスピタリティが必要だったからです。

フランチャイズ展開をした場合、フランチャイズのオーナーは自己の利益をまず優先させます。コーヒーショップであれば客の回転率を上げるため、席数を増やしたり、コーヒーのクオリティを下げて作る時間を短縮させたり、人件費削減のため劣悪な条件でスタッフを働かせて疲弊させたり、、第三の場所の実現が遠のく施策を打つ可能性が非常に高い。そこを避けるために、スターバックスはあえて手間とリスクを取ってまで、非合理的な直営店方式を採用させました。
また、フランチャイズの場合、通常店舗を設置する場所の選定が土地を所有するオーナーの権限が強くなるようですが、直営店方式のスターバックスは直接本社が「第三の場所」にふさわしい場所を選定することができます。

そして、直営店方式の脇を固めるかたちで「ゆったりとくつろぐ空間を作るための他のコーヒーショップよりも広々とした座席」、「カチャカチャ音を鳴らさないようにするため食事の提供は最低限に」、「店内に漂うコーヒーの匂いを阻害する喫煙を徹底排除」など第三の場所を実現するための他のコーヒーショップが行っている施策と逆行するような施策を打ちました。

それによってスターバックスは私達の中で他のコーヒーショップと異なる独自のポジションを確立しました。この「直営店方式」というクリティカルコア、言葉にしてしまえばそれまでな要素なのですが、ここまで述べてきたとおり、スターバックスという文脈の中に深く埋め込まれているがためにそれのみを取り出して複製することが不可能となっています。

このような「一見非合理なはずなのに、全体のストーリーから見た場合合理的になってしまう」というクリティカルコアの存在が、持続して利益を上げ続ける戦略には必須であることがこの本で述べられています。


感想:日本のジョブ型採用は大丈夫?

著者の楠木さんの「経営って面白い!」という気持ちが伝わってくるような本で、本自体は本当にイカツイ見た目なのですが、経営書の入門としても読める一冊だと感じました。

しかし、こんな面白い経営戦略って自分みたいな組織ピラミッドの最底辺の人間にはほとんど耳に入ってこない内容です。「✗✗国の売上が下がっているから、国内の売上を●●億円伸ばす」とか「●月までにこの開発を終わらせて、●●月に新製品を投下する」のようなアクションレベルの情報は降りてきますが、その大元にあるはずの戦略の画が共有されていないように感じます。

例えば「●月までにこの開発を終える」というアクションは確かに「●●月に製品をリリースしなければいけないから」という理由があるのは理解できますが、「そもそもなぜ●●月に製品をリリースしなければならないのか」「その製品がリリースされることはこの会社の戦略の中でどのような位置づけになっているのか」という全体が見えなかったりします。

「いや、会社ってそういうもんだよ」と言われるとそれまでなのですが、楠木さんはこの本の中で「日本はストーリー的戦略が得意なはずなので、また日本が勝てる可能性がある」と説いています。

日本は欧米的な専業化された機能分化型な組織とは異なり、もともと同じ価値観を元に人々の立ち回り方を流動的に行う組織になっていると言います。
確かに「総合職」として一括で採用して、採用後にどんな職種とするかを分配したり、定期的な人材配置転換があったりというのは日本独自の文化と言われています。それが、ストーリー戦略の中で有効に働くのではと楠木さんは説いていました。

しかし、前述のように末端の人間には戦略の画が共有されていない現状に加え、最近では欧米的な「ジョブ型採用」の動きも活発になってきました。

人材を「この人が何ができるのか」というジョブという部品単位に置き換えて、組織の中で必要に応じて調達するという動きは非常に合理的でこの流れは今後も大きくなることでしょう。

しかし取替可能な部品として組織に属する人たちは、果たしてその組織が目指すビジョンや戦略に想いを重ねて仕事に取り組むことができるのでしょうか。

コロナの影響で社会構造が変革を迎えている今こそ、社会人一人ひとりが読んで考えを巡らせるのに非常に良い一冊に感じました。
〜横浜のスタバでMacbookをカチャカチャしながら


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