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"すべてのビジネスマン必読の日本型CIの父" 中西元男「コーポレート・アイデンティティ戦略」

読書メモ#6です。

自ら「デザインを切り札とする経営コンサルタント」を標榜し、NTTやマツダ、キリン、ベネッセなど錚々たる日本の大企業のCIを手掛け、企業の社会的意義を美的観点から再定義してきた日本のCIの父、PAOSグループ代表中西元男さんの著書です。あまり本を読み直さない自分が何度も読み直しているバイブル的な本で、もしお金があれば自分の会社に配って回りたいほど膨大な熱量と感動を内包している本でした。

なお、この本はエイトブランディングデザインの西澤明洋さんのセミナーでの読書課題にもなっている本なので、受講されている方の参考になれば幸いです。

ちなみに著者の中西元男さんを知ったきっかけも、4年前に西澤さんのセミナーを受けた際の課題図書(その時は「価値創造する美的経営」という本)でした。こちらも素晴らしい本です。

あと、今までの読書メモでは割と著者の実例などは飛ばし気味でまとめていたのですが、今回の本は著者が実際に携わった事例紹介がメインで、そこに体系的なロジックを補足説明していく構成となっているため、今回はこの本の中でも自分が特にアツくて好きな「INAX」(現LIXIL)の事例を取り上げながらこの本の主張をまとめられたらと思います。


その前に、、ざっくりまとめ

書き始めたらだいぶ長文になってしまったので、本題に入る前にに大まかな内容をまとめておくことにしました。

中西さんが代表を務めるPAOSは前述の通り「デザインを切り札とした経営コンサルタント」を生業としています。

その内容はクライアント企業の課題をリサーチして経営戦略を策定するところから社内の構造・意識改革、新規事業開発など一見すると一般的な経営コンサルタントと同じなのですが、一般的な経営コンサルタントが論理的な分析を重視しするのに対して、PAOSは「デザインを切り札」とした感性訴求をベースとするコンサルタントを行うことにその独自性があります。
さらにPAOS自身がデザイナー集団でもあるため、必要なら自らも手を動かすことで経営方針の策定から最終的なデザインのアウトプットまでを一貫して行えることも大きな強みと言えます。

同じく西澤さんのセミナーの課題図書になっている山口周さんの「世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか」の言葉を借りればそれは「真・善・美」の観点からの経営コンサルタントを体現した存在と言えると思います。

CIを企業の単なるマーケティング的な差別化要素とし、利潤追求のための1ツールと捉えるのではなく、その企業が社会に対してどのようにあるべきか、未来の世界の中でどのような存在とされるべきか、という大きな視点からCIと向き合う姿勢と手法は感動的とも言えるほど心を打たれます。

なんかわかるようなわからんようなまとめとなってる気がしなくもないですが、、素晴らしい内容なのでその一部でも伝えられることができたら嬉しいです。


地方の堅実・実直なメーカーから文化価値想像企業へ

ここから本題です。INAXのはなし。

後にINAXとなる当時の伊奈製陶からCIの依頼を受けた中西さん率いるPAOSは、まず伊奈製陶のリサーチを行いました。INAXといえばトイレのイメージがやはり強いですが、当時の伊奈製陶の主製品は建材のタイルなどのBtoB製品を作る地方の1メーカーでした。

そのため、確かな技術力はあるものの愛知県外には知名度がないマイナー企業というのが実情でした。


TOTOとの戦い

一方トイレで今もおなじみのTOTOは当時もトイレのシェアを80%とるトイレ界の王者でした。伊奈製陶はシェア17%程度。

しかし伊奈製陶の主力製品は建材用のタイルのため、互いに主力とする製品が異なるため棲み分けがされているかに見えていましたが、実はタイルもトイレも流通ルートや工場が共通なこともあり、伊奈製陶のトイレ分野への進出・シェア拡大は発展を目指すビジネス上必至なものでした。

しかしトイレ分野ではTOTOの力が圧倒的で、伊奈製陶は自社のトイレカタログにTOTO製品との読み替え製番を付け、TOTO製品から安価な自社製品への買い替えを促すような、言わば負け犬商売を行っていました。このようなビジネスの姿勢から脱却し、伊奈製陶としてお客様から選んでもらえる存在にならなければなりませんでした。


経営指針により素材メーカーからの脱却を掲げる

リサーチからはさらに以下のような問題点が分かってきました。

1.商品はナショナル展開されているが企業はローカル体質のまま
愛知県外の知名度がまったくなく、新卒採用でも人気がない。

2.製品力はあるが、商品力がない
ビジネス上、顧客として意識しているのは建設工事会社や内装業者で、一般消費者への視点が欠如している。性能の高い「製品」は作れても、消費者が求める「商品」を作る力やその姿勢がない。

これらの問題点から2つの指針提案が行われました。

ひとつは形骸化してしまっていた企業理念を新たなものに再構築すること。もうひとつは、その理念をCIプロジェクトによって具現化・展開させていくというものでした。

そして今回は「素材メーカーではなく、生活美・都市美・環境美の提供企業へ」という指針を掲げ、従来にはなかったエンドユーザー視点、さらにはその先の社会を見据えた企業へ変貌させていく意思を表したものでした。


伊奈製陶からINAXへ

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次に社名変更を行うこととなりました。そもそも当時伊奈製陶が使用していた「ina」という文字を使用したロゴがあったのですが、商標登録をしておらずその間に海外企業が日本にて「INA」の商標を登録してしまっていたという事情がありました。(ロゴ自体は形状が特殊で「inaの文字には見えづらい」との理由でギリギリ使用ができているような状態でした)

しかし、INA(いな)は創業者の名前であり、そこにはこれまで培ってきた信頼や既得評価が存在していたため、そのままでは使えないものの「INA」の文字は残す方向で調整に入ることになりました。

そこで方向性としては大きく「INA○○」「○○INA」という2つありましたが、前者の「INA○○」は英語圏で否定的なニュアンスを含む表現(IN○○)の単語に捉えられたり、後者の「○○INA」はスペイン系の女性名詞的なイメージが付いてしまう、など他国から意図しないイメージが付けられやすい名前ということが調査で分かってきました。

しかし、継続して調査をしていき、最終的にはINAに未知の領域や可能性を意味するXを加え、音韻的な強さも持ち合わせた「INAX」が正式な社名として決まりました。

社名は言うまでもなく非常に重要ですが、このPAOSのように世界中から音のつづりや響きについての綿密な評価とリサーチ力は本当にプロの仕事だとうならせられるものがありました。(本書にはそのリサーチ資料も載っているためぜひ読んでほしいです。「ここまで考えてるのか!」と唸りました)


打倒TOTOを意識したロゴデザイン

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社名が決まったため次はロゴのデザインに取り掛かりました。

ここでもやはり今後今以上の戦いが想定されるトイレ王者TOTOを意識して作成されました。

TOTOのロゴは文字のみよるシンプルなロゴですが、アルファベットの造形的に直線と曲線の反復で作られた非常にインパクトの大きいものでした。
そのためINAXは文字のみによる訴求ではインパクトに負けてしまうため、文字だけでなく見る人にINAXの想いが伝わるような感性訴求へ主眼を置いたロゴを戦略的に考えました。

さらにロゴデザインを考える上ではINAXならではの以下のような要件もありました。

1.便器に印字されていてもロゴがワンポイントとして鮮やかに認識される
2.便器に印刷するため、素材の都合上細い線を用いた繊細な表現は不向き

そうしていくつかの候補から最終的に決定したのが以下のようなデザインでした。

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左側にある青い四角形は「スペースシンボル」と呼ばれ、この部分を伸ばしたり拡大したりする柔軟性をもたせることで名刺などの小さなものから建築物の看板など様々な場面に展開できる仕組みを取り入れました。

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独自の企業理念を策定し、部門ごとのチェック体制を敷く

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次は企業理念の策定に入りました。

最初の段階で「素材メーカーではなく、生活美・都市美・環境美の提供企業へ」という大きな指針は示していましたが、具体的な企業理念とするまでの言語化がなされていませんでした。

伊奈製陶時代の企業理念の内容は文言は凡庸で伊奈製陶ならではの独自性がなく、社員にも浸透せず形骸化していた実態がありました。

そこで"INAXならではの理念"として、環境美の創造や、挑戦する姿勢を表した5か条からなる「INAX5」という企業理念を策定しました。

ここですごいのは、企業理念を掲げただけに終わらせないように、意識改革につなげるため行動を触発する仕組みまでを作ったこと。

具体的にはINAX5の冊子を作成し、各理念について、個人レベル、部門レベルでどう行動するか、毎年具体的な目標をかかげ、各部門ごとに毎年目標として具体的に書き込んでもらう仕組みを作りました。

この活動への理解を得るために当時の伊奈社長は全社をまわって社員に直接この理念を説明し、社員からも意見を聞く活動を続け、5700人もの社員と直接対話をしたと言います。

そう言えば、、ビジネス系Youtuberでプログラミングスクールの会社を経営している若手実業家の「マコなり社長」の会社でも同じことをしていると言っていました。

やはり理念を掲げた後には、それに沿って各部門、個人が具体的にどのような行動に移すかを日頃から考えさせ、理念を本当の意味で浸透させていくことが重要なのだと感じました。(あと関係ないですがマコなり社長の動画は面白いです)


理念を体現するための新規事業開発・新ビジネス

理念を掲げ社内への啓蒙活動を行っても、それが実際に製品を通してお客様に伝わらなければ意味がありません。

ここでは「トイレを日陰者から日向者に」というコンセプトのもと、もともとどちらかというと家の中でも陰に隠しておきたいような存在だったトイレを表舞台に押し上げるビジネスを展開していきます。

ここでも意識したのはTOTO。TOTOはすでに販売先である多くの建築家や建設業者などをおさえた上で、実用性を売りにした高性能なトイレの開発に傾倒していました。同じ手法をやるにもINAXに入り込む余地がありませんでした。

そこでINAXは生活者へ直接訴えかける戦略を取りました。

1.著名デザイナーとのコラボによるINAX独自のハイクラスの製品開発
トイレを日向者にすべく、INAXはTOTOがすでにおさえているボリュームゾーンではなく、ハイクラスな独自製品を作る方向性にシフトしました。
国内外様々な著名なデザイナーへデザインを依頼し、これまでのトイレを覆すようなトイレの開発に着手しました。

2.海外製品の輸入・販売
当時実用性重視だった日本のトイレに比べて、海外のトイレには独創性のあるトイレが多くありました。それを海外企業と粘り強く交渉し、INAXが日本の代理店として販売する大胆な戦略を立てました。
そこには独自製品の開発にどうしても数年の開発期間が必要で、その間企業理念を体現させるような施策を商品を通して体現できない、という事情もありました。

3.東京にトイレのショールーム「X SITE」をオープン
そしてトイレの概念を変えたのは個人的にこれが最も大きかったのではないかと思いました。
都心京橋の高層ビルの最上階のスペースをちょうど借りることができ、そこにトイレのショールームを開設しました。それまで日陰者だったトイレがまさしく日向者になった象徴的な出来事だったと思います。
ラインナップについても、独自製品の開発はまだだったものの、海外から多種多様なトイレをすでに代理店として仕入れていたためそれらを展示することでとても見栄えする展示空間を作り上げました。

このX SITEは非常に話題を呼び、多くのメディアに取り上げられました。さらに社長が全国の社員がこのショールームへ訪れる費用を負担することを決断し、多くの社員がショールームを見学し、その素晴らしさに士気を高めたと言います。これにより、社内外に企業理念を浸透させただけでなく、当初の大きな目標であった企業自体の知名度向上も達成させられました。すごい!

このようにいくつかの施策を見ても、そのどれもが環境創造企業としてのINAXの姿勢を貫きながら「トイレを日向者へ」というコンセプトを体現しています。さらに、それらは単発の施策ではなく、独自製品の開発→海外製品の代理販売→ショールーム開設→社内外に理念が浸透するまで一つ一つが関連しあいながら一本のストーリーを描いていることもすごいと思いました。


感想:もっとみんなでデザインの話がしたい!

本文に書けなかったのですが、自分がこの本で特に好きな部分を抜粋します。

経営者は「好き嫌い」と「良しあし」の峻別が大切
新しいロゴは、いくつかの候補に絞り込んだ上で、常務会などで決めることが普通です。そのとき私は、「好き・嫌い」と「良い・悪い」を分けて考えてほしいと言っています。
(中略)「自分個人としてはこちらが好きだが、企業やビジネスにとっては本当はどちらが良いか」という発想ができないと、的確な判断はできないのです。また、全員が希望を言い合っていいとこ取りをした妥協折衷案は、インパクトが弱く、良いものになりません。

ここでは「デザインは感情でなく論理的に判断せよ」という主張と「最終的には誰か一人が責任を持って決めれる体制を作れ」という主張があると解釈しています。

前者については「デザインはロジックで判断は不可能」という議論もあったり(「世界のエリートは〜」の山口周さんはその姿勢な気がする)しますし、自分もデザインのすべてを言語化できるとは考えていませんが、それでも自分はこの中西さんの姿勢が好きで、自分もなるべくデザインを作成するときは、そのデザインの背後に隠れた論理や、そのデザインが今後もたらすであろう効果なども言語化して伝え、そこから判断してもらうように意識しています。

デザインが重要と言われながらなかなか会社の中で浸透しないのは、やはりコミュニケーションがまだまだ足りていないのだと考えました。

そのためには会社の経営層や重要なジャッジを任されているポストの人がデザインへの意識を高く持ってもらうのと同時に、デザイナー自身もきちんと俯瞰した視点から自分のデザインを語れるスキルが必要だと感じます。

本の内容はほとんど何十年も前に中西さんが行ったものですが、まだまだこの領域に行けていない周りの現状に、自分自身が何ができるか、何を学ぶべきかを考え実践しながらデザイナーとして生きていかなければならないと強く思いました。

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@やました
Portfolio : https://saito-design.tumblr.com
Twitter : https://twitter.com/yamashita_3
読んでいる本のメモをつぶやいています。
デザインご依頼 : https://coconala.com/services/793294
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