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リセットアクションのススメ

ギターの弦を張り替えるように

久しぶりに真新しい気持ちになれることをすると

スッキリしたなと思えて次の日からの活力になったりする。


しばらく掃除していなかった金魚の水槽の水を入れ替えるのもそうだし

磨いていなかった靴を丁寧に磨くのもそう。

洗車していなかった車を丁寧に洗ってワックスをかける。

庭木の草むしりでドクダミを抜いた後の手についた体に良さそうな悪そうな匂い。

本棚の並べてある書籍の配置を変えてみたり

冬物と夏物の衣類の入れ替えを行ったり。


日常は連続しているけれども

リセットアクションによって連続のカウンターがゼロになるような

それでいて完全にゼロではなくてカウンターは回っているんだけど気持ちだけゼロになったような

その気持ちだけゼロになる瞬間がたまらなく爽やかだったりする。


こういった日常は気分がいいから仕事がはかどる。

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会社員として何かに帰属していたときはもう少し違った気持ちになることもあった。


日々の仕事が上手くいかない
人間関係が上手くいかない
日常の仕事に嫌気が差してきた


そんな時に心のリセットとなるようなアクションだけでは切り替わりきれない時がある。

その時にふと思うことがあった。


『会社に行かなくても良いような理由ができないものか。』


といった類いのこと。


『大雨で電車が止まらないかな』
『今やっている業務がきれいさっぱりなくならないかな』
『いきなり人事発令で上司が変わらないかな』


という他力本願である。

得てしてこの手のお願いは神様にも届かず実現することは皆無なのだがなんとか日常の苦しさから逃れたい一心でふと思い浮かべることがあった。

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どんな日常を過ごしたいのかは自分の中に明確にあるのに

それができないでいるのは

何かきっとそれをさせてくれないものがあって

その堰を切らなければ日常は変わらない。

日常を変える力は強い自分の念いしかない。

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でも日常は居心地がよく

安定していて

怠惰であっても過ぎていくものだから

日常を変えることは難しい。

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そんな時どうしたらいいか悩んでいる人はきっとたくさんいるはずだ。

あの頃僕も悩んでいたように。

心のリセットアクションでは何も変わらない日常の変え方を知りたいはず。

他力本願では変わらない日常を変える変え方を。

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まずは一歩踏み出すのだというのはどこにでも書いてある言葉で

踏み出したから変わるかというと変わらない。

他人は変わらないから自分が変わるしかないというのはどこにでも書いてある言葉だけれど、自分が変わっても結局変わらないことなど日常茶飯事だ。

踏み出し方が悪いのか?

変わり方が悪いのか?

万能な答えなどないというのも聞き飽きた。

いざとなったら逃げればいいというのも他人事すぎるアドバイス。

我慢をしろというのも時代錯誤。

では、どうすれば日常が変わるんだろうか。

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まず、大前提として


「本気で心から変えようと思わなければ日常は変わらない。」


当たり前のことだが、日常を変えたいという人が変わらないのは、実は心の底から変えたいとは思っていないことが大半だ。

不平や不満を言ってその日常を否定することを行っても変えたいと思うほど悩んでいなければ、言葉にすることですでにストレスが軽減できていたりする。

自己保身に人間は組織に所属している以上、その上位職でなければ走るのが常であり日常。


心の底から本当に変えたいと思っている人は本当の意味で実行している。

上手く行かないのではない。

上手くいくまで様々なことを実行している。


日常を変えるのは、その人の「覚悟」以外のなにものでもない。


不確実性が高まった世の中で「覚悟」できるかどうかで未来は変わる。


だから、「覚悟」ができるまでは多いに不平や不満を言い続ければ良い。


言うことで「覚悟」の準備運動になっていく。


そして、「覚悟」して実行して変わることができたら


ギターの弦を張り替えてみよう。


日常の中にある非日常を日常とするために。

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