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新緑は緑色、だけではない。

「さて、皆さん。今、まさに新緑が芽吹いてきていますが新緑の色といえば何色か。はい、間詰さん」

この季節になると、いつも思い出す。高校の化学の担当だったN先生のことを。

N先生の授業は、いつもスリルに満ちあふれていた。化学の授業ではあるのだけれど、化学以外のことに時間をやたらと割いていた。なんというか、連想ゲームみたいなことに。

N先生の口癖は「そんなことでは皆さん、サンデー毎日に掲載されませんよ」というちょっと意味の分からないものだった。ただ、クラス全員がきょとんとしているため「サンデー毎日という雑誌には国立大学合格者を排出した高校の名前が掲載されている。そこで、みんなサンデー毎日に高校名が掲載されるよう国立大学を目指してがんばりなさい、という意味だった。

あまりにもみんなが反応しないため次第に「そんなことでは東京大学、京都大学へは合格できませんよ」という口癖に変わっていったのだけれど。

N先生の授業は化学の授業の中に件の「連想ゲーム」織り交ぜられていて、正直厄介だった。化学そのものが厄介な科目だった。
しかし、そのなかで、突然
「鍾乳洞では洞窟の天井から垂れ下がってできる形態のものが一般的には鍾乳石と呼ばれておるのですが。垂れた物質がぽたりぽたりと床に溜まり、もりもりと盛り上がった形を成しているものもあるわけです。さてそれはなんと呼ばれているか、知っていますね? はい、○○君」

このぐらい、一気に問題を言うのである。N先生の口調を思い出して書いてみたのだけれど。
分かりません、分かりません、と当てていく生徒が回答できないでいると、ちょっとずつヒントをくれる。そうして、答えられる生徒が現れるまでぐるぐると教室内を歩き回るのだ。

ちなみに、正解は石筍(せきじゅん)タケノコのような形であるため、このように名付けられたらしい。

突然指名されるため、多くの生徒はN先生がそばを通るたびにビクビクしていた。ただ、数名は「N先生に勝ちたい!」という謎の対抗心を燃やしていた。そして私もそのひとりだった。

ある日の授業で「いままさに、新緑が芽吹きはじめました。新緑といえば何色か、はい間詰さん」
そう言われた私はおずおずと「......緑、に見えます」と答えた。
するとN先生は、「まだまだ君は観察不足ですね」と言い、ふふんと鼻で笑ったのだった。

N先生の回答は「新緑は赤い」というものだった。若い芽が育つとき、赤い葉を出すものがある。すべてが赤ではないけれど、すべてが緑とも限らない。また、緑といっても薄い緑から、黄色味を帯びたものなど様々ある。美術の先生に緑に属する色味はどのくらいあるか聞いてみてはどうか、とまで言われた。

クラスの雰囲気は「N先生、またうるさい〜」というものだったけれど、私はちょっと目からウロコが落ちた気分だった。

葉っぱは緑。紅葉の時期だけ赤から黄色になり、やがて枯れる。それが普通だと思っていたのだけれど、すべてがそうとは限らないのだ。

授業を受けた後、帰り道にあちこちの庭を眺めながら帰ったところ確かに赤い葉っぱを勢いよく茂らせているものがあった。アカメガシワやベニカナメモチといった、サムネイル画像のような赤い葉っぱをつけるものもある。また、薔薇や紅葉の若葉でも、一部赤みを帯びているものもある。

若葉が赤い理由は、はっきりとは解明されていないそうだ。ただ、いくつか「こうではないだろうか」と考えられているものもある。

不思議だとか、ちょっとした違和感を日常の中で感じることが勉強や研究に繋がるのだとして、N先生は相変わらず、クイズみたいな授業を展開していた。皆ウンザリとしていたけれど、私はとても楽しかった。

いまだに、このN先生の考え方は私の中で根付いている。あたりまえだと思い込んでいることの中に「?」は潜んでいる。
「まだまだ観察が足りませんねぇ」と言われるほどにしか見えないいないけれど、じっくりと目を凝らして見渡していきたい。


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