見出し画像

猫との暮らしはスピッツの名曲を思い起こす

カリカリカリカリ……。
絶対に、諦めない。妥協は許さない。しつこくしつこく、アピールしてくる。私の動きをつぶさに観察して、まとわりついてくる。

我が家の猫の話である。

私の人生の中で、猫と暮らせる日がくるなんて、思ってもみなかった。実家の家族もみんな動物が好きだったし、私自身獣医師になりたいと憧れたこともあった。

しかし、猫だけは例外で「触れられない存在」だと思っていた。その原因は父にある。

父が生まれる前のこと。おそらく昭和10年とか、そのくらい昔の話。父の兄弟は猫にひっかかれた傷口から破傷風を引き起こし、亡くなられたのだという。
祖父と祖母は猫のを毛嫌いし、ことあるごとに「猫には近づくな」と言っていたそうだ。

父自身、自分が生まれる前のことで、時代も時代だから猫にひっかかれた傷の処置に問題があったのだろうと言っていた。けれど、幼いころから「猫には近づいたらあかん!」と言われて育ってしまったため、その教えはかたく、心の中に根ざしていたのだった。

そしてその教えは、父の子どもである私にも伝えられた。私は「猫はかわいいけど、ちょっと怖いのかな?」と思いながら幼少期を過ごした。近所にすみついているノラ猫たちを遠巻きに見ては「かわいいなー。でも……」とむやみには近づけなかった。

成長するにつれ「猫にひっかかれた傷から破傷風になった」というのは、時代のせいじゃないのか? という思いが私の中で大きくなっていた。それにつれ、猫に近づいてみたいという欲が出てきた。けれど、やっぱりノラ猫たちは、おやつも何も持っていない人間には心を許してはくれなかった。

私とは対照的に、夫は小さいころから猫と一緒に暮らしていた。猫の毛の柔らかさや、ぐんにゃりと伸びる身体、泣いたときはずっとそばにいてくれたという思い出を語っていた。

あまりにも私の知っている猫の姿と違っている。私は猫に対する憧れがどんどんと高まっていった。夫も、また猫と暮らしたいという。思い切って我が家で一緒に暮らす猫を探そうと決めた。もちろん、私の父には内緒だ。

そうして、私は2012年から猫と暮らし始めた。

猫と暮らしてみると、私が思い描いていたものとはかなり違っていた。

猫は、どんくさい。

私のイメージの猫は、人間に愛想なんて振りまかず、自由気ままで、軽やかな動きをするいきもの。

一緒に暮らしてみると、全然違った。
自由気まま、に関しては当てはまることもある。
私の動きにぴったりとくっついてくる。さみしいのか、私が行く場所には、オレも行く権利がある! ということなのだろうか?
トイレに入っていても、お風呂に入っていても、「ドアを開けろ!」としつこくしつこく、扉をカリカリとひっかき、ニャァニャァとアピールする。根負けして、私が扉を開けるまでは絶対に諦めない。

文庫本のカバーをビリビリに破いたり、机の上にあるテレビのリモコンを落としたり、カーテンレールの上に登ってみたり。

毛布や柔らかいタオルを前足でフミフミしながら、喉をぐるぐると鳴らし、甘えてくれる姿はたまらない。かと思えば、突然部屋の中を猛ダッシュして「ゥオニャアォー」となぞの雄叫びをあげたりもする。

騒がしいなぁ、と言いながらも何をしても猫はかわいいのだと思う。
私が憧れていた猫との暮らし。それは想像した以上に騒がしい未来だった。スピッツの「チェリー」の歌詞のようなこの日々が、いつまでも続いてほしい。猫の頭をやさしく撫でながら、願っている。


この記事が参加している募集

#コンテンツ会議

30,756件

最後まで読んでいただきまして、ありがとうござます。 スキやフォローしてくださると、とてもうれしいです。