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国の宝と、言われるためには

最後まで読み通したとき、胸が苦しくて仕方がなかった。

終わりを迎える、少し手前のページで涙がこぼれて仕方がなかった。あまりにも残酷で、あまりにも孤高で、あまりにも美しい喜久雄の人生を、思い返さずにはいられない。小説のなかの登場人物なのに、主人公・喜久雄の人生を、考えずにはいられなかった。

吉田修一さんの小説「国宝 青春篇・花道篇」を読んだ。

この本を知ったのは、病院の待合室で放送されていた「王様のブランチ」というテレビ番組だった。吉田修一さんが、実際に歌舞伎の黒衣として、舞台の裏側に立ち、伝統芸のである歌舞伎の世界を取材して作られた小説だと、放送されていた。

わたし自身、歌舞伎についてまったく知らず、ちょうど勉強したいと思っていた時期だったこともあり、「読んでみよう」と思うまでに時間はかからなかった。ハードカバーで上下巻の大作だから、読み応えがあるなと思ったことを覚えている。

「国宝」あらすじ
 任俠の一門に生まれながら、この世ならざる美貌を持った喜久雄。上方歌舞伎の名門の嫡男として生まれ育った俊介。二人の若き才能は、一門の芸と血統を守り抜こうと舞台、映画、テレビと芸能界の転換期を駆け抜けていくが――。長崎から大阪、そして高度成長後の東京へ舞台を移しながら、血族との深い絆と軋み、スキャンダルと栄光、幾重もの信頼と裏切り、数多の歓喜と絶望が、役者たちの芸道に陰影を与え、二人の人生を思わぬ域にまで連れ出していく。(*好書好日 吉田修一さんインタビュー記事より抜粋)

歌舞伎役者になるには、どうすればいいのか。

御曹司と呼ばれている、名門の家の息子にしか、歌舞伎役者へと進む道がない、訳ではない。主人公の喜久雄は「部屋子」と呼ばれている、ざっくりいうと弟子として、名門一家に迎え入れられることになる。

部屋子という制度は、歌舞伎界では実際に行われているものだ。テレビなどでもお見かけする片岡愛之助さんとか、中村梅丸さんも部屋子として知られている。

歌舞伎の知識がたくさんある人ほど、この「国宝」を読むとグッとくるものがあるかもしれない。もちろん、小説の中でもわかりやすく説明されているのだけれど、それぞれ歌舞伎の演目であるとか、役柄などの難しさがより理解できるのかもしれない。わたしはまだまだ歌舞伎を知らないため、「ふーん、難しい演目なのか……。実際の歌舞伎上演リストなどもチェックしてみよう」と思いながら読み進めたところもあった。

歌舞伎の世界を通した人間ドラマ。この小説を簡単に言うならば、これに尽きる。けれど、人間の欲や、嫉妬や、絶望や愛情などがぐちゃぐちゃに混ざり合って煮詰められている。伝統芸能を受け継ぐからには、とか、そう言う難しさではない。単純に「あの子が欲しい」「あの子が憎い」といった感情こそが難しい。すべては「芸を極めたい」と言う、ただその一心のために。

この試練は一体なんのためにあるのか、読み進めるたびに思わずにいられない。波乱の人生を泳ぎついた先に、喜久雄自身が「宝」と呼ばれるほどの場所にたどり着いたのだろう。。ただ、そうだとしても、その宝とは、あまりにもあっけなくて、あまりにも儚い。

触れようとすると、はらりと散ってしまった、桜の花びらのように。ただ、春の、夢のように。


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