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惑っております??

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#fumori

世間知らずは、自分知らずでした。

結果を目的にしない。

なら、なにを人生の目標にしたらいいのだろう?

結果より過程とは言うけれど、
その過程で得られる感情の豊かさかな。

決めることは、知ること。悩むこと。
やることは、怖いこと。高揚すること。
結果に応じた感情を味わうこと。

なら、面倒くさいは、できること。
飽きたサインなのかもしれない。

命には今しかないけれど、
心が揺れ動き、
感情が生み出され、
絶え間ない変化が流れ

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自己否定は、必然だった。

人が怖かったのではなく、
自分の本性が怖かったみたい。

私の中には、
表に出したくない自分がいる。

劣悪な癖に、度胸がない。
強がっていなければ耐えられないくらい
脆くて、弱い。

悪を悪として切り捨てられず、悩んできた。
より良くなろうとして、苦しかった。
嫌な自分を許せなくて、辛かった。

けれど、私の中にある悪は、人間の本質。
つまり私は、人間性そのものに罪悪感を
抱いて生きてきたのだろ

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諦めるまで気力が尽きないから、夢を見ていたのかな。

問題を解決するためには、
原因を解明すること。

それが当たり前だと思っていた。

けれど、ない理由を考え出すと、
間違った答えに辿り着くかもしれない。

自己保身があると、
無自覚に答えを隠そうとするから。
そして、自己保身は自覚できない。

なので、ない理由ではなく、
なる方法を尋ねてみようと思う。

原因よりも、今できること。
過去ではなく、現在。

振り返りがちな視点を今に向ける。

例え

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ない理由ではなく、今から出来る方法を問う。

無気力なのは、やりたいことがないから。
やらなければならないことしかないから。

やらなければならないことも、
終わった後のご褒美があれば頑張れる。

けれど、そのご褒美が思いつかない。
理由は二つ。

一つは、お金が惜しいから。
もう一つは、興味が薄れているから。

なぜ、これほど興味を持てなくなって
しまったのだろう。

どうして、
この世界に興味が持てないのだろう?

という発想が、
そもそ

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自分を肯定できない時は、誰かを肯定している。

愛とは、全てがある状態。
命であり、今。
もちろん勝手な思い込みですが、
今のところ、そう信じている。

フナの教えによると
「愛とは共にある幸せ」らしい。

なら、命と共に今にあること。
今ある全てが、愛。
だとしたら、現実そのものが愛
ってことになってしまいそう。

どうなのだろう?

現実には、酷いことも、理不尽なことも、
とても愛とは思えないことが溢れている。

そういう悲しい出来事がない

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これからの現実は、偽善者をやめる練習。

やりたいことがたくさんあって
とりあえずやってみて
失敗してもヘコタレず
こうすればできるかもと考えて
再チャレンジする。

そんな人間になりたかった。

けれど、今の私には、
やりたいことさえない。

気楽に生きていたいだけ。
なら、それで生きてみる?

そんな惰性的な生き方に、
眉を顰める私のいるけれど、
動けないよりはマシだもの。

自己肯定感は高くないけれど、
自己否定はない。なら、上出来

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現実は生理現象くらいの負荷で生きてみようと思う。

そろそろ現実に戻ろうかな。

思考回路の目処がついた。

自己否定を元にしたネガティブな回路から
現実に対応可能な面白みのないものへ。

醜い感情に心が掻き乱されない代わりに
踊り出したくなるような夢心地を味わう
こともない現実へ。

そんな退屈な人生へようこそ。私。

やりたいことが見つかるんじゃないか?

そんな期待を抱いていたけれど、
私が最優先で願っていることって、
現実を気楽に過ごすこと

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本当の自分を、私は知らない。

ずっと不思議だった事がある。

命が存在の肯定であるなら、
なぜ、私は生きていられたんだろう?

存在を否定し続けることは、
命そのものを否認すること。

なので、自己否定は、
命を捨ててるようなものなのに、
結構長いこと生きながらえている。

その謎が解けた気がする。

自分の命を否定する代わりに、
誰かの命を肯定し続けていたから。
憧れや、羨ましさや、妬ましさを使って。

誰かの命を肯定するこ

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軽やかで、朗らかで、温かで、自由な愛として、いられたらいいな。

ハワイは、向いていない。そんな気がしていた。

格安ツアーで行ったことがあるのだけれど、人生初の時差ボケにやられ、オプショナルツアーを寝過ごした思い出しかありません。

その後、ホオポノポノに出会い、たぶん2冊読んで、卒業。今でも唱えるくらい好きなのにね。

接点はあったもののハマらず、ハワイ系のスピリチュアルは合わないのだろうと思っていたのですが、ついに来たかもしれません。
古くからハワイに伝わ

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私の視点は、我が身可愛さで溢れている。

自己肯定感を高めるチャレンジを始めた途端、自己否定さえしていなければ高くなくていいのかも、なんてことを思い始めています。
チャレンジ14日目。

根底に自己否定があると、同じ現実でも印象が悪くなります。

感じの良くない店員さんに出会ったら、何か悪いことしたかな、と不安になったり、何かあった時、過去に原因を探したり、ちょっとしたミスにも、理由をつけて、納得したがったり…

気分が良ければ、「やらか

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いつだって現実は理想ではないから、可能性とともに未来が与えられている。

これからを生きるための心構えと優先順位。

存在を肯定し続けること。
生きるというのは、たぶん、そういうこと。

自分を肯定することは、命の肯定。
命は私だけのものではないので、生きとし生けるものへの肯定になり、この世界そのものへと繋がる。私は、存在する全てを肯定する。

なんて、思うだけでその通りに生きられるなら、挫折なんかしてません。
今の私には、嫌いな自分も、赦せない自分も、どうしようもない

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明日に繋ぎさえすれば、命の使い道は自由だと思うんだ。

「100%死ぬよ。人間だもの。いつかはね」

私は、死ぬつもりはないし、実際に死のうとしたこともない。
生きることが面倒すぎて、楽になりたいとは思っているけれど、死ぬことを心底、恐れている。

なのに、ここ数年、毎日のように死にたいというワードがやって来ては、胸をエグって去っていく。恐怖から怒りで反論したり、機嫌をとって宥めようとしたり、手を尽くしたけれど、効果はなかった。

それが、このところ胸

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敷かれたレールの中で社会性を身につけていたら、自由な大人になれたのかもしれない。

人生は、目標や志を立て、それを目指すこと。
いつの間にか、そんな価値観に捉われていたけれど、それは社会や自我の目的。

現実に求められているのは、命を繋ぐこと。たぶん、それだけ。

やりがいのある仕事とか、社会の役に立ちたいとか、人生の使命とか、人並みの贅沢とか、もちろんあるに越したことはないし、並み以上の金満な贅沢だって味わってみたいし、権力握って媚び売られてみたい。そんな欲望を汚いとも思わない

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感銘を受けたことは、未来に必要なこと。

私という人格は、自我が選んだ都合のいい価値観の寄せ集め。

なりたい自分に相応しい価値観を善、正義として、それ以外の自分を否定する。無意識に。そんな洗脳チックな思考回路で、本音を支配するものだから、当然、心は苦しくなる。

そんな世界で生きるのは、もう嫌だ。

と、思っているのに、気づけば同じことをしていたりする。
ノートに書き出しているフレーズは、ああなりたい、こうなりたい。今の自分以外になるこ

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