そこにいる、大切なあなたへ
今年の七夕、小2の長男が書いた短冊は「はやくコロナがおわりますように」だった。
小さなギザギザのついたウイルスっぽいイラストが添えられていて、それは場違いにかわいらしく、その短冊を眺めながら本当にその通りだな、と思った。
なんだか憂鬱になる話だけれど、今年はがんが多い気がする。
全国的にみても人間ドックをかなり多く実施している私の職場では、だいたい年間で20~30件のがん、つまり悪性腫瘍が見つかる。ところが、今年度に入ってから4ヵ月、すでに10件を超えるがんが見つかっている。これは体感的にかなり多い。
もちろん年によってばらつきはあるし、きちんと統計で出したわけでもないので根拠はない。けれども、私たちスタッフはコロナの影響をうっすらと感じ始めている。
というのも、去年度は緊急事態宣言でスタートしたので出足をくじかれ、そのあと延び延びになっていて結局健診を受診できませんでした、という人や、例えばいつもは胃カメラを受けていけるけど今年はバリウム検査にしました、みたいに検査項目を変更した人が一定数いる。
あとは、健診は受けているんだけれども、要精密検査や要治療判定がついた項目があっても病院を受診していない人が多い印象がある。つい先日は去年の胸部レントゲンで精密検査になっていた人がその後受診しておらず、影が巨大化しており結局がんだった、という例もあった。
個人のリスク背景がまったく違うし、人間ドックで見つかるがんは早期のものが多いので、去年健診や病院をきちんと受診していたとしても見つかっていたかどうかはわからない。でも、なんだか落ち着かない。もやもやする。
話は少し遡って、去年、最初の緊急事態宣言が出る前の、初春とはいえまだ寒い日だった。私は採血をしていたのだけれど、ある若い男性のお客さんが差し出した腕に、ぎょっとした。
アトピー性皮膚炎の重症化した状態、つまり皮膚は全体的に赤く腫れ、硬くなって粉をふいたような状態で、それが両腕全体、そして首から顔の一部にまで広がっているのが長袖長ズボンの健診着の外からでもわかった。おそらく広範囲に及んでいるだろうその皮膚症状と、とんでもない痒みや不快感と闘っているだろう毎日が、想像できた。
皮膚がとにかく硬くなっているし、あちこちで浸出液も滲んでいるので、かなり慎重に血管を探してもなかなかここ、というところを決められず、ベッドで横になってもらい、時間をかけて探すことにした。
そこで彼は、ぽつりぽつりと話してくれた。
アトピーが去年から悪化していて、ステロイドを使わない自然派療法の先生のところに通っていたけれど、コロナの影響なのか突然閉院していた。普通の病院に行きたくても、こんな死なないような病気で受診してもいいのかわからなくて、病院に迷惑になるかと思って我慢していた、と。季節的に乾燥もひどかったのだが、あまりきちんと保湿もしていないようだった。
うん、うん、と頷きながら話を聞いていたが、頭の中は驚きでいっぱいである。集中して血管を探すどころではない。自然派療法は今は横に置いておくとしても、この状態の皮膚を何も治療せず今現在を過ごしていることが、信じがたい。
あなたの皮膚はかなり重症だと思われるよ、食事に気をつけるのは大事だけれども、今はステロイドを使ってきちんと治療したほうが良さそうだよ、あとで医師の診察があるからよかったらそこでも相談してね、と伝えた。
病院に行ったほうがいい、と伝えたときの彼は、ホッとしたように見えた。そうですか、じゃあそうします、と嬉しそうだった。
彼はがんではなかったけれども、仕事のなかで初めてコロナの影響を感じたのがあの一件だった気がしている。
それから、1年半が経った。
内容に差はあれど、彼のような人は毎日のように現れる。真面目な人ほど、こんな程度で病院なんて、と我慢してしまったり、コロナが怖くて病院に足が向かなくなる。
でも、その裏にがんなどの悪性疾患が潜んでいることが、実際にあるのだ。どうか、めんどうだけれど、忙しいけれど、コロナは怖いけど、必要な健診や病院はきちんと受診してね、と切に願う。あと、その症状があなたにとって辛いものであるなら、充分に受診の理由になると私は思う。
どうかあのアトピー性皮膚炎の彼が、健やかに日々を過ごせていますように。夜はきちんと眠れていますように。
なにより、みんなが安心して健診も病院も受診できる世の中が、戻りますように。
長男が書いた短冊は七夕が終わった今になっても、我が家のリビングで風に揺れている。
その願いはいつか叶うと、私は信じている。
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