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西口一希氏、ビジネスを成長させる「顧客起点」の概念とは?

これまで200社を超える企業の経営者に助言してきた西口一希さん。西口さんが提唱する「顧客起点」という概念を、皆さんはご存知でしょうか?私たちマクロミル社員がこの概念について理解を深め、クライアントへより良いサービスを提供するために、今回、西口さんにお話をうかがいました。
マクロミルからは、代表執行役社長 グローバルCEO 佐々木徹、消費財メーカーを担当する部門責任者であり上席執行役員の西部君隆が参加して鼎談。当企画はマクロミルの社内報「ミルコミ」の企画ですが、マーケターの皆様にもお役立ていただけたらと思い、noteでもご紹介します!

鼎談企画の背景

社内報「ミルコミ」では、社会やビジネスの第一線で活躍されている方にお話を伺う「Special Interview」という企画があります。この企画で、今回は西口さんに、社内広報を担当する神前(こうさき)がインタビューをしました。

西口さんが共同創業されたM-Force株式会社はマクロミル・コンソーシアムの参画企業でもあり、マクロミルと、西口さんの考案したフレームワークである9segs®︎の共同研究 も進めています。
2022年6月に、著書『企業の「成長の壁」を突破する改革 顧客起点の経営』を出版された西口さん。インタビューでは、マクロミルがクライアントの「顧客起点の本質的なマーケティング」を支援するために必要な考え方や視点をお聞きしました。

株式会社Strategy Partners 代表取締役
M-Force株式会社 共同創業者
西口一希さん
代表執行役社長 グローバルCEO 佐々木徹
上席執行役員 西部君隆

さて、前置きが長くなりましたが、鼎談の内容をご紹介してまいります! 

1. 顧客戦略とは「WHO」と「WHAT」を決めること

―この度は、『企業の「成長の壁」を突破する改革 顧客起点の経営』のご出版、おめでとうございます。西口さんは、2019年にも『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』を出版されています。それから3年を経て、改めて今回の出版に至った経緯を教えてください。

西口:出版に至った理由は二つあります。一つ目は、顧客起点の経営こそが企業を成長させる、それを広く伝えたいと思ったからです。私は個人でコンサルティング等も行っていて、今までさまざまな業界の経営者から多岐にわたる相談を受けてきました。数百人規模の方々から、事業の課題や悩みをお聞きする中で、どれも根本の問題は「顧客が見えなくなっていること」だと気づいたんです。二つ目は、経営とマーケティングの分断をなくしたいという想いですね。2019年に出版した本は、多くのマーケターが読んでくださり実務で活用されていますが、一方で経営層の理解を得るのが難しいという声も聞くようになりました。そのため今回はマーケティングのテクニカルな部分をできる限り排除して、主に経営者向けに執筆しました。

佐々木:西口さんの著書は実務にすぐ落とし込めるように書かれていて、マクロミルでも早々に取り組めることが多くあると感じました。昨今、マクロミルが置かれている環境は大きく変化しています。2020年にESOMAR※が業界定義を「マーケティングリサーチ産業」ではなく「インサイト産業」に変更し、「マーケティングリサーチ」という業界は実質的になくなったと思っています。これは、クライアントのマーケティングを支援する企業の役割分担や、業界の垣根・線引きがなくなり始めていることを意味します。マクロミルは依頼されたリサーチを請け負うだけでなく、クライアントに対して「顧客起点のマーケティング」をしっかりと支援できるようになっていかねばと思っています。
※欧州で誕生し75年の歴史を有する世界最大級のマーケティングリサーチの業界団体。ESOMARが発行する年次レポートは、マーケティングリサーチ会社のみならず、世界中のさまざまな企業が参照している

西口:そうですね。私は、マーケティングにおいてお金と時間を一番使うべきは顧客戦略調査だと思っています。顧客戦略とは、顧客を理解し、「誰(WHO)に対して、何(WHAT)を提案するのか」を決めることです。しかし実際には、どうやって届けるかという仕組みやプロセス、つまり「HOW」の部分だけに目が向いていることが非常に多いのです。日本では特にそういったケースが散見されます。マクロミルにはマーケティングリサーチが正しく活用されるところまで入り込んで欲しいし、担うべき役割はとても大きいと思います。まだまだ伸びしろがあると思いますね。

「マーケティングにおいてお金と時間を一番使うべきは、顧客戦略調査」だと語る西口さん

2. ビジネスのヒントは異常値や外れ値にあり

―M-Forceとマクロミルは、西口さんが考案された9segs®︎(※下図参照)についての共同研究を進めています。顧客戦略の中で、9segs®︎はどのように活用していくと良いのでしょうか。

西口:9segs®︎は顧客戦略を策定する上で、切り口を見つけるための手法です。「誰(WHO)に対して何(WHAT)を提案するのか」において、「WHAT」というのは「便益」と「独自性」に分解できます。「便益」はその商品やサービスを買う理由、「独自性」は他を選ばない理由。この2つを明確に導き出すことが一番重要です。9segs®︎はきっかけ作りに過ぎないのですが、活用することで「便益」と「独自性」になり得るヒントを多く得られると考えています。

9segs®︎ カスタマーダイナミクス
9segs®︎は、顧客を「認知・購買経験・購買頻度」と「NPI(Next Purchase Intention:次回購買意向)」の2軸で9つのセグメントに分類し、顧客情報を戦略的に分析する手法。M-Forceとマクロミルの共同研究において、9segs®︎で導き出す「NPI(次回購買意向)」が、事業成長の先行指標とされてきた認知や好感度等の従来のKPI以上にマーケットシェア拡大との強い相関を示すことが明らかになった。

私が以前代表を務めていたロクシタンジャポンで実施した戦略を例に挙げると、9segs®︎でいう離反と認知未購買の中で、NPIの積極層(上図の5と7の層)がかなり大きいボリュームを占めていました。ご想像の通り、これは珍しいことです。なぜNPIが積極なのに購入に至らないのかを探っていくと、「憧れはあり欲しいけれども、自分向けではない気がする」という人が多いことが分かりました。そこでこの層に向けてギフト購入を提案したところ、売上は急拡大。中でもハンドクリームの売上が伸びて、Amazonのスキンケア部門では1位になりました。ハンドクリームが1位になるのは史上初のこと。プレゼントにしやすいアイテムだったんですね。

佐々木:素晴らしいですよね。西口さんにご説明いただくとスムーズに理解できるのですが、実際に戦略を導き出す過程では、アイデアの引き出しや経験則が必要となり、難易度が相当高いように思います。西口さんのように豊富な経験がなくても可能だと思われますか?

西口:可能だと思います。もちろん経験は必要ですが、色んな調査結果を9segs®︎で分類してみて、どこに差異が出るか、それはなぜなのかを毎回考える癖を付ければ、アイデアを生み出す力は誰にでも付いてくると考えています。

西部:「WHAT」の「便益」と「独自性」についてですが、時にはプロダクト側の「便益」と「独自性」が起点になることもあるのでしょうか?それともやはり顧客である消費者側の「便益」と「独自性」が必ず起点となるべきですか?

西口:顧客が起点になるべきだと考えていますが、顧客の自己理解以上に、企業側が顧客の理解を深めることが重要だと思います。顧客が自分でも欲しいと認識すらしていないものを、「こういうものを作ったら欲しいと思うのではないか」と0から1を作ることはありますね。こうしたケースで、インサイトの抽出が重要だとする理論も多いですが、私はインサイトだけだと不十分だと考えています。インサイトが分かっても、どんな「便益」と「独自性」を提案したら、顧客に価値を見出してもらえるかまでは分かりません。逆に言うと、インサイトが分からなくても、価値を見出してもらえる「WHAT」を導き出せれば良いのです。人間の感情や行動は、言葉などで表せないことも多くあります。インサイトにこだわり過ぎると、時には制限を掛けてしまうこともあると思っています。

―ご著書の中では、顧客起点のマーケティングとして、1人の顧客を徹底的に理解する「N1分析」の重要性も挙げられていますよね。

西口:はい。私は今までの経験から、ビジネスが大きく伸びるときのヒントは、異常値や外れ値にあることが多いと感じています。顧客がものすごく高頻度に商品を使っているとか、ある顧客の単価が飛び抜けて高いなど、そうした異常値を丁寧に深掘っていくと、自分たちが気づけていなかった提供価値、つまり自分たちは提供していると認識できていなかったけれど、お客様が価値を認めてくれた「便益」と「独自性」が見つかったりする。それを抽出して拡大すると、同じようなお客様が増えて事業が伸びることはよくありますね。

西部:最近はクライアントからエクストリーム・ユーザー・インタビュー※のご相談が増えています。エクストリーム・ユーザーの方は斬新なアイデアをくださることが多くありますが、それを「便益」と「独自性」にどう結びつけるか、インタビューをする側のリテラシーが重要だと感じることが多いです。
※商品・サービスへのニーズや使い方、環境などが「極端な人」をインタビューすることによって、多くの人が抱えているニーズを深く把握する手法

西口:そうですね。これは経験値が一定必要な部分もありますが、回数を重ねることで習得できると思っています。私も、最初はクライアントが実施するインタビューに同席させてもらい、見解をお伝えして、レポートまで確認することが多いです。ただ徐々に、クライアントがご自身で主導されていくことが増えるように思います。

西部:なるほど。社内で見解を導き出せる人材を育てていくことはもちろん、その考え方をクライアントに提供していけるようになりたいですね。インタビュー対象者となるエクストリーム・ユーザーについて、特に重視すべきと思われる行動や性質はありますか?

西口:高頻度ユーザーの方は含めるべきだと思います。高頻度ユーザーにとって、その商品やサービスはマインドシェアが常に高い状態なんですよね。一方で高単価ユーザーは、何らかの価値を強く感じているけれども、思い出す頻度は低いので、実は忘れられてしまう確率もかなり高い。高頻度と高継続率こそ、ロイヤリティにつながります。どのようなビジネスでも、マーケティングが目指すのは、「ユーザーの高頻度・高継続率(習慣)を作ること」だと思っています。

3. クライアントが求めている「WHO&WHAT」を提案する

―今後、M-Forceとマクロミルはどのような取り組みを一緒に進めていくのでしょう。

西口:いろいろな取り組みができると思います。例えば、BtoB、BtoCを問わず、消費財カテゴリで複数のブランドの自主調査を実施し、9segs®︎で分類した結果をもとに、マクロミルの持つケイパビリティを組み合わせることで、さまざまな角度から顧客戦略に関する示唆や仮説を出していくのは面白そうですよね。9segs®︎は「もっとも包括的に、市場全体のブランドに対する顧客心理と行動を一度に理解する」メソッドなので、9segs®︎を行った後に特定のセグメントの顧客をより深く理解したり、「WHO&WHAT」の仮説を検証したりする手法は、N1も含めて他にも様々なアプローチがあり得ると思います。そうした新しい取り組みを一緒にできたら、マクロミル社内にナレッジも溜まりますし、戦略性を持った、意思決定に伴走してくれる会社というイメージもより強くなるのではないかと思っています。

佐々木:面白いですね。9segs®︎を活用した業界マッピングは、クライアントも関心が高いと思います。セグメンテーションした後に、それぞれのセグメントの顧客理解を深め、「WHO&WHAT」を作り、ライフタイムバリュー※を最大化していく、このフレームや考え方をクライアントに提案していけるとすごく良いなと感じます。
※「顧客生涯価値」と訳される指標で、ある顧客が自社と取引を開始してから生涯にわたって、自社にどれだけの利益をもたらしてくれるかを表した数値

西口:良いですよね。そこまでできる企業は少ないと思うので、マクロミルの中でナレッジを溜めて提供できたら非常に価値があると思います。ちなみに「WHO&WHAT」という顧客戦略のフレームワークは、今回出版した本で初めて使ったのですが、出版後、「WHO&WHAT」が複数存在しうることを知らなかったので驚いた、という声が多く寄せられました。
私は、レジャー・遊び・体験の予約サイトを運営するアソビュー株式会社(以下、アソビュー)の経営を支援しているのですが、ライフタイムバリューを最大化できる「WHO&WHAT」の組み合わせパターンが分かっていて、それを推奨するようユーザーにメルマガやデジタルメディア等でレコメンデーションしています。アソビューはコロナ禍の外出自粛により、サービスにおける取引金額が前年同期比で95%減になったことがありました。言わずもがな大苦境でしたが、顧客起点の経営改革を実践して見事に乗り越え、今は大幅な事業成長を継続しています。

―マクロミルは、クライアントの「顧客起点のマーケティング」をご支援する立場として、どのような考え方を日々の仕事に取り入れるべきだと思われますか。

西口:今までのお話と重複する部分もありますが、ビジネスで重要なことは非常にシンプルで、商品・サービスのどういう「便益」と「独自性」が価値につながるのか、そしてその価値を感じる顧客はどういう人なのか、その「WHO&WHAT」を見つけ出すことだけです。価値について、私は「人が持っている有限のお金や時間を差し渡してでも手に入れたいと思うもの」だと定義しています。マクロミルのクライアントが望むのは、もちろんビジネスを成長させることですよね。クライアントは「WHO&WHAT」が知りたいと直接的には言わないかもしれません。でも最終的に求めていること、必要なことは「WHO&WHAT」なんです。それを忘れずに仕事に取り組んでいただけたら良いと思いますね。そこまで考えた提案ができれば、クライアントがマクロミルを選ぶ「便益」となり、同時にマクロミルの「独自性」にもなるはずです。

佐々木:ストレートかつ分かり易いメッセージをありがとうございます。今日お話を伺い、消費者への価値提供にはマーケティングリサーチが有用であることを改めて実感しました。また、クライアントにとって「顧客(=消費者)起点のマーケティング」を支援することが、マクロミル自身の「顧客(=クライアント企業)起点の経営」につながることも分かりました。西口さんとは9segs®︎の共同研究以外でも、今後さまざまな取り組みを一緒に進められたらと思っています。

西口:リサーチが非常に有用であることは間違いないですね。私はこれまでさまざまな経験、勉強をさせてもらって、ここ7、8年でようやく、ビジネスやマーケティングの本質が見えてきた気がしています。私のモチベーションの源泉は、ビジネスやマーケティングの本を真面目に読んで大混乱している方たちの無駄な努力をなくしたい、ということです。私の知見をお伝えすることで、少しでもショートカットして、本質に辿り着いていただきたいんです。私が今まで行ってきたことをマクロミルの皆さんに引き継ぎたいとも思っていますし、ぜひ一緒に取り組んでいきましょう!


西口さんのお人柄も相まって、終始会話が途絶えない鼎談となりました。
西口さん、ご協力いただき本当にありがとうございました。

著書紹介

企業の「成長の壁」を突破する改革
顧客起点の経営

西口さんプロフィール
1990年P&Gに入社。ブランドマネージャー、マーケティングディレクターを歴任。2006年より、ロート製薬の執行役員マーケティング本部長として、60以上のブランドマーケティングを統括。2015年より、ロクシタンジャポン代表取締役社長に就任し、翌年にはグループ最高利益を達成。2017年からスマートニュースへ日米のマーケティング担当執行役員として参画。2年で日米累計5,000万ダウンロード、上場前の時価総額1,000億円超えのユニコーン企業化に貢献した。2019年に顧客戦略の構築を行うM-Forceを共同創業。事業コンサルタントと投資業務を行うStrategy Partners代表取締役。著書多数。

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■社内報「ミルコミ」について

「マクロミルの“リアル”を伝える」がコンセプトの社内報。社外公開もしており、Webマガジン版で全コンテンツをご覧いただけます。
※本記事は、社内報「ミルコミ」Vol.169(P32~37)から掲載しています。
<受賞歴>
社内報アワード2022にてグランプリ受賞
2019年度 経団連推薦社内報審査 新設の「審査委員特別賞」を初受賞
など

この記事の執筆者:

写真撮影・「ミルコミ」誌面デザイン:マクロミル 経営戦略室 柳川亜紀子

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