<おすすめ図書(英語)> How The World Really Works: A Scientist's Guide to Our Past, Present and Future - Vaclav Smil
題名:How The World Really Works
著者:Vaclav Smil
出版社:Penguin Books Ltd
出版年度:2022
ISBN-13 : 978-0241989678
ジャンル:環境学、公共政策
*下記内容につきまして誤解や間違い等がございましたらすべて筆者のみの責任に帰属しこの書籍の著者とは無関係であることを申し上げます。
この書籍の著者はマニトバ大学の教授で環境学や公共政策に関して多分野にまたがった研究をしている。私がこの著者を知ったのは、ある投資家向けのポットキャストでこの著者がインタビューに呼ばれていたのがきっかけである。昨今気候変動に関連した環境活動家のロビーが激しさを増すなかで、投資家としてこのマクロへのリスクをどう理解したらいいのか注目されているところ、科学者の目線からの意見を求められたことからこの著者が抜擢された。余談ではあるが、著者の母校の一つは筆者と同じであった。誇りに思う。
この本の結論は、2030や2050年度までの地球規模での脱化石燃料(ネットゼロ)は現実的ではないということである。その理由は鉄鋼、セメント、アンモニア、プラスチックが化石燃料に依存しており、かつこれらの材料は現代の生活を支えるのに欠かせないもので、これを否定することの意味は単に生活レベルの低下だけでなく生命の維持に必要な食糧や医療を否定することと同意義だからという。また、政治的にも世代間の利害や国際間の利害の違いを乗り越えて50から100年等の長期にわたって一貫した政策を執ることは現実的でなく、かつ現在の状況の延長線上として何十年も先のことを予測して行動することの無意味さを指摘する。1950年代の戦後当時の世界観から2020年代を予測して一貫して遂行されえる政策を立案できたであろうかと疑問を投げかけ、実際当時の予測では2020年代の今頃はすべて原子力に頼っている世界なのだという。原子力で飛ぶ超音速機が大陸間の旅客を運んでいるのである。もちろん現実はそうなってはいない。もっとも技術革新がなかったわけではなく、実際自動車や農業でのエネルギー効率、生産効率が向上したおかげで地球規模での人口が8兆人近くまで増加したのである。今後数十年間も技術革新はあると推測されるものの Sci-fi の領域の期待にまで到達することは非現実的であり、完全な脱石油は見込めないという。誤解のないように書くと、著者は地球温暖化を否定しているわけではなく、ネットゼロは非現実的な政策であるといっているだけである。
地球温暖化、気候変動、脱石油といったトピックは政治的にデリケートな話題であり、学者であっても政治的に間違った発言をすると言論封殺、懲戒免職、最悪の場合銀行口座凍結もありえる。実際にカナダではロックダウン反対のデモ行進に寄付した者の銀行口座が凍結された(関連記事)。このような状況で現実論を説くというのは地雷を踏むリスクを高める行動でかなり勇気のいることである。筆者もこの著者の騎士道に習いたいものである。
一つ筆者から質問を投げるとしたら、今後の石油生産力の向上はどこからくるのかということである。深海探索のプロジェクトやシェールといった類の非伝統的な油田はお高い上に枯渇するまでのライフスパンが比較的短い(深海油田は7-10年程度、シェールは掘削して生産開始から1年程度で半減)。したがって常に油田を探索、開発するために巨額の設備投資をしなければならず、これを怠ると石油価格が高騰していても売却できる石油量が限定されてしまうのだ。そして昨今の環境活動ロビーにより欧米の石油メジャーは石油開発の設備投資を増やしずらい状況がある。ハリバートンやシランベルジェといった欧米の石油関連サービス企業と取引ができないか限定されるところでロシア、中国の国営石油企業がどこまで生産力を増やせるのか疑問である。またOPECがどこまで増産できるのかも疑問である。
石油産業において5兆円規模の設備投資とかいってもイメージが沸かないと思うので、読者の参考までに2つの Youtube 動画を以下にリンクしようと思う。1つはメキシコ湾沖での大事故を題材とした映画の紹介動画で Deepwater Horizon (日本語版:バーニングオーシャン)、もう一つはシェルの動画で Prelude という LNG を生産している巨大な船を撮ったものでこの LNG は日本にも確か輸出されてるはずである。日本人の生活に欠かせない LNG がどこからどうやってきているのか知るのはいいことである。
筆者は今後数十年という長期に渡って石油需要は緩やかに減少していくのではないかと思っている。その理由に関しては英語であるが下記専門家(Art Berman)の ヒューストン地質学協会(Houston Geological Society)でのプレゼンに投げたいと思うが、要は今後生産コストが上昇していく蓋然性が高く、よって価格は乱高下しても総じて現在の価格に比べて比較的高値で推移し需要が低下していくということだ。ようするに地球規模で生活レベルが落ちるのではないかということである。そしてこれはネットゼロ政策によるものではなく自然による制限である。この点筆者は著者よりも悲観的である。
最後に指摘しておきたいのは、石油というのは戦略物資といわれるだけあって地政学リスクに大きく影響されるものである。そして外国の石油関連企業に投資などを検討する場合特に注意が必要で、その企業の国籍と自分自身の国籍も考慮にいれる必要があるのではと思う。なぜなら万が一その国と自国が経済制裁や戦争、紛争の状況になったとき資産没収などの対象になる可能性があるからだ。
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