こだわりの「純度」を保つため、事業は大きくしない 紳士洋品店経営 郷間裕さん
東京都墨田区の荒川と隅田川に近いエリアで、紳士洋品店を営む郷間裕さん。ファッションへの並々ならぬこだわりから、本当におすすめできるものだけをお客さんにご提案しています。「事業は拡大させない」と言い切る郷間さんに、開業の経緯やこだわりの裏側、新しい挑戦などについてお話をうかがいました。
豊富な知識を活かし、誠実に向き合うファッションパートナー
ーー現在の事業内容を教えてください。
「フィボナッチ紳士洋品店」というお店を営んでいます。革靴をはじめ、スーツ・シャツ・ネクタイなどを、お客様と対話しながらトータルでコーディネートしています。
百貨店などは間違いなく売れそうなものしか店頭に置かなくなっています。ネクタイで言えば、売れるのは無地やストライプなど無難なもの。そういったありきたりなもので満足しないような商品を求めて来店するお客さんが多いですね。私と同世代の40代の方が中心で、30代、50代の方もいらっしゃいます。
基本的にはオーダーメイド商品をご案内することがメイン。購入いただいた商品を長く使っていただくためのお手伝いもさせていただきます。クリーニングのアドバイスや靴の修理も対応します。クリーニングはサービスとして受けていませんが、お手入れを学ぶためにクリーニング師の国家資格をとりました。
ーーファッションについて頼れるパートナーですね。
そうありたいですね。この店で購入されたことのないお客さまが、お手入れの方法だけ聞きにこられることもあります。売上は発生しないですが、そういったところからお店のファンになっていただきたい。
ーー雇われの店員さんだとそこまで詳しくないこともあるなか、好きで開業している個人商店の強みなのでしょうか。
昔から、ファッションの表層的なことだけでなく、素材や製造方法などにもすごく興味がありました。これはもう性格ですね。
好きすぎて、お手入れ道具として革靴用のクリームを自分で手作りすることもあります。オーガニック化粧品のお店でオイルなどの材料を購入し、鍋でぐつぐつ煮るんです。
ーーだいぶ本格的ですね。
クリームの中には蜜蝋が含まれています。それが表面に膜を貼るので、革靴に光沢がうまれる。いい革は表面のキメが細かいんです。毛穴が目立たないのででこぼこが少なく、膜をはりやすい。だから光沢もきれいに出ます。靴の革も、もとをたどれば動物の肌。人間の肌と同じように、丁寧なお手入れが必要です。
ーー開店のきっかけを教えてください。
もともとは靴が好きでファッションの業界に入りました。靴メーカーに12年ほど勤めるうち、次第に靴だけに関わることに物足りなさを感じるように。頭からつま先まで、トータルコーディネートとしてのファッションに関わりたく、独立しました。
ーー靴から領域が広がるわけですが、ファッションの知識はどうやって身につけたのですか?
作り手のところに足繁く通って、素材や採寸、作り方などについてひたすら教えてもらいました。
ーー靴以外にも関われるファッションの会社に勤めることは選択肢になかったのですか?
会社員の立場では、当たり前ですが会社の方針に沿ったものを売らないといけない。いまのこの店は、私が自信をもっておすすめできるものしか、最初から置きません。それに、お客さんが検討しているネクタイとスーツの組み合わせがイマイチだったら、その組み合わせは似合わないですよ、と個人の意見としてきちんとお答えします。
ーー買ってもらうための接客ではなく、プロデュースのための接客だと。
会社員だったら、売上のために必要以上に勧めることもあるかもしれません。この店では、そんなことはしたくないんです。
ーーとても信頼感がありますね。
高校生の頃に「渋カジブーム」が起き、アメ横や渋谷にあるアメカジのお店に通っていました。そこで店主のおやじさんに「そんなの似合わない」「ださいぞ」なんて言われながら、ファッションについて学ばせてもらったものです。
いまとなっては私があのときのおやじさんの立場ですね。ファッションについて学ぶために、このお店に通っていただける関係も大事にしたい。なんでもかんでも無責任に「お似合いです」と言うことはせず、似合わないものは似合わないとお伝えできる。そんな誠実に向き合える関係が理想です。
格安物件・在庫ナシ 開業しやすい環境が整っていた
ーーお店の雰囲気も素敵です。この場所に店舗を構えた理由はありますか?実はこの建物は親戚が所有しています。一階部分が使われておらずボロボロの状態でした。独立の話をしたら、使わせてもらえることに。個人の資金だけで路面店を持つことはかなり大変です。リフォームはしましたが、なんとか自分の蓄えだけで始めることができました。
ーーなるほど。開業当時、仕入れのための資金はどう工面されたのですか?
オーダーメイドのお店なので在庫はありません。受注してから製作するので、製品在庫はゼロ。店頭にあるのはサンプル品です。新型コロナの影響でお客さまの来店は減りましたが、売上がゼロなら仕入れもゼロです。
ーーひとりでも開業しやすい条件が揃っていたんですね。
ランニングコストは、家賃と、あとは水道光熱費くらい。一人で切り盛りしているので人件費もかかりません。
量販店であれば立地で商売する必要がありますよね。通行量で勝負し、たくさんのお客さんにたくさんのものを買ってもらう商売。それに比べ当店は、ファッションが好きな方がわざわざ足を運んでくださるんです。一日一人でもご来店いただき、一着スーツをオーダーしてもらえばそれでやっていけます。
ーー開業当初からすぐにお客さんに来てもらえたのですか?
最初は集客が大変でした。靴メーカーのお仕事だったので、スーツを買うお客さまを抱えていたわけではありません。常連のお客さまがゼロの状態からのスタートです。最初の1〜2カ月、ずっとSNSで情報発信を続けましたが、不安はありましたね。
ーーSNSでの集客は勉強されたのですか?
勉強というほどでもないです。前職で自社製品をSNSで発信する仕事もしていたので、それが役に立ちました。
好きだからこそ、こだわりは曲げたくない
ーー独立前後でよかったこと、悪かったことはありますか?
会社員時代に比べて、不安定ではあります。来月から急に来店がゼロになる可能性だってあります。新型コロナの状況が続けば、洋服なんて買っている場合じゃない、という世の中になってしまうかもしれない。その不安定さとは、今後も付き合っていかないといけない。
一方で、サラリーマン時代と違って、すべて自分の判断で仕事ができます。その判断が積み重なると、お店の色となって、その色を気に入ってくださったお客様が継続して来店してくださるようになる。
ファッションが好きなので、こだわりも強い。そのぶん、そのこだわりに背くのはとてもつらい。せっかく好きなことを仕事にしているのだから、徹底してこだわりたいです。妥協はしたくない。
ーー開業前といまでは、どちらのほうが満足度が高いですか?
いまのほうが満足度が高いですね。
キャッシュレス決済とインターネットバンキングで経理を楽に
ーー経理周りについてもおうかがいします。普段どのように経理を行っていますか?
開業時に事業専用の口座を開こうと調べたのですが、個人事業用のビジネス口座を開けない銀行が多かった。法人じゃないと開設できないと断られたんです。そのなかでもジャパンネット銀行では口座を開けました。
そのジャパンネット銀行を中心に使いやすい環境を整えるため、会計ソフトは会計freeeを選びました。店頭ではキャッシュレス決済に対応できるようSTORESターミナル(旧:Coiney) を導入。商品の仕入れ時は銀行振込で決済しています。
ーー会計ソフト導入時、比較検討したのでしょうか。
昔からあるインストール型の会計ソフトも考えましたが、ジャパンネット銀行との連携や、カード決済の管理のしやすさなどをトータルで考え、会計freeeにしました。すでに会計ソフトを使っている知人から使い勝手を聞いたり、Webで調べたりしました。
ーー確定申告にはどのくらい時間がかかりましたか?
お店にいるとき、空いた時間でコツコツ入力しているので、期日近くに慌てることもありませんでした。日々の入力があれば、あとは細かい追加情報を入力するだけ。「あれ、こんなもんか」と。とても楽に終わらせられましたね。
ーーオンラインストアも始められたんですね。
オンラインストアもSTORESを使っています。月額無料プランだと、売れたときに手数料を払う仕組みなので、はじめやすかったです。
店舗では少数のお客様がオーダーメイドで商品を注文されますが、オンラインストアだと雑貨など単価の安いものが複数売れていくので、細々とした手続きが発生します。そのあたりの管理を今後スムーズに行えるようになるといいですね。
領域を広げながら、一人でずっと続けることを目指す
ーー今後の展望について教えてください。
このまま引退までお店を続けたいと思っています。
自分がこれまでこだわってきたトラディショナルなビジネススタイルは、よりマニアックに掘り下げていきたいです。例えばコート。現在はチェスターコートのオーダーを受けていますが、新しくトレンチコートにも挑戦したい。
ただ、次の数十年も続けていくとなると、変化への適用が必須です。当店のメインはスーツをはじめとしたビジネススタイル。しかしノーネクタイの方も増え、スーツを着る機会も減っています。
この春から新しく領域を広げ、休日に着るようなカジュアルスタイルもお客様にご提案しています。南国のリゾートで着るようなカプリシャツやサファリシャツなどを、生地の選定から採寸して、お仕立てしています。
深く掘っていくことと、横に広げていくことを同時に行って、縦横に少しずつ領域を広げていきたいです。
ーーファッションが好きだからこそ、新しい領域への探究心もあるのでしょうね。
「これが売れそう」ではなく、自分が好きかどうか、を大事にしています。
好きなものを説明するときは自然と熱が入る。そうするとお客さまも好きになってくれます。器用なセールストークではなく、ストレートに熱を伝えることが、一番お客さまに響くのだと思います。世間で売れ筋の商品をうちの店においても、売れないと思いますね(笑)。
ーーお店を大きくしたり、多店舗経営などは考えていますか?
規模を拡大するつもりはありません。新型コロナ拡大が起こったときに、リスクを抑えてやっていてよかったと実感しました。
事業を拡大するとチャンスも増えるだろうけど、その分、守りが難しくなる。
ーーお店が忙しくなったら人を雇う必要もでてくるのでは?
いくら忙しくなっても人は雇いません。自分の好きなものだけを好きに売りたい。雇ってしまうとお給料を払うために売上を伸ばそうとこだわりを捨てたり、お店の趣向を変えないといけなくなるかもしれません。それではお店をやっている意味がない。
もし仕事が忙しくなってどうしようもなくなったら、お店を臨時休業して、事務処理をするような考え方ですね。
目的はお金儲けではなく、こだわりの純度を保ちながら、大好きなファッションの仕事を一生続けていくこと。そこを見失しなわないようにしています。
ーーありがとうございました。
フィボナッチ紳士洋品店
フリーランスの方にも知識ゼロで確定申告できる『会計freee』
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