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【童話】七夕の願い


僕は、小学1年生の時に、日本に住むようになって5年が経った。お父さんが日本人でお母さんがアメリカ人だ。ちょっと髪の色が茶色くて、肌の色も白くて、瞳の色も茶色い。それもあって、学校では変に目立つみたい。

僕は目立ちたくないから何となく学校へ行って、授業もたんたんと受けて、とりあえず休み時間は誰かと一緒にいて、放課後はまっすぐ家に帰る。

今日は七夕。学校で、みんなで短冊に願い事を書きましょう、なんて行事をやってて、とりあえず願い事書いたけど、みんなに見られるのも嫌だし、丸めてポケットに突っ込んだ。

その日の学校の帰り、通学路と反対の道に進んだところにある神社が何となく気になって、中に入った。普段なら何か怖くてひとりでなんて入りたくないんだけどね。

石段を登って、鳥居をくぐって神社に入った。本当にそれだけなのに、様子がおかしい。別な場所に来てしまった気がする。
何かが違う。鳥居から石段、そして見える街並み。街が静かだ。街の音がない。

少しあたりを歩いてみると、そこで、僕と同じくらいの子と出会った。歴史の授業で習ったような格好をしている。
「何だお前、見ない顔だな」
「ここは、どこ?何かよくわからないんだけど」
「疎開してきたのか?」
「疎開?何変なこと言ってるんだよ、学校から家に帰る途中だよ。でも、ここがどこなのかわかんなくなったんだ」
「変なやつだな。名前は?」
「山口翔太郎」
「おれは、武藤鉄雄。とりあえず木の下へ行こう。こんなとこに突っ立ってちゃ危ないぞ」
「何が危ないの?」
「は?お前本当にどうかしちゃってるのか?敵の戦闘機飛んできたら狙われるぞ」
「え、もしかして、戦争してるの?」
「そうだよ、お前どうやって生きてんだよ」
「本当に?今日はいつ?」
「7月7日だよ」
「おんなじだ…」
日にちはね…。時代が変わっちゃったんだ。

僕は突然、戦争中の日本の中に来てしまった。
と、いう夢でも見ているんだ。教科書で見る写真は白黒だけど、この時代もちゃんと色がある。まあいいや、夢見て見よう。夢でそう考えるのもおかしな話だけれどね。

「武藤くん、僕の言うこと信じるかわかんないけどさ」
「鉄雄でいいよ。何だ?言ってみろよ」
夢なんだから、話を面白くしようと思った。
「僕は、少し未来から来たんだ」
「…」
少しの沈黙の後、鉄雄は大笑いした。
「何だよ、こんな時に、面白いヤツだな」
「本当なんだよそれが。僕は2019年の7月7日にいたんだ、何か証明できるもの…」
ポケットからスマホを取り出した。
「ほら、これ、鉄雄は知らないだろ?」
鉄雄は物珍しそうに見ている。
「何だこれ?」
「スマホ。電話とか、メール送ったり、写真撮ったりとか、ゲームなんかもできるんだ。ほら」
僕はスマホのロックを解除して、カメラを起動させた。そして鉄雄を撮影した。
「何だよ変なことすんなよ」
スマホに映った鉄雄はびっくりした顔をしていたから、思わず吹き出してしまった。
「ごめんごめん、悪かったよ。今度は一緒に撮ろう。写真が撮れるんだ」
僕は画面を切り替えて、2人が入った自撮りをした。鉄雄は一文字に口を結んで緊張した顔で映っていた。教科書で見たような昔スタイルだ。
「見せろ」
鉄雄はスマホをのぞき込んだ。
「まあ、男前だな」
鉄雄は自分の写りに満足げだ。令和的には全然いけてないんだけど。

それから、僕はスマホの中のゲームを少し教えた。ネット環境がないから、オフラインのパズルゲームをしてみせた。俺様キャラな鉄雄が、初めて見るものに興奮していて、小さな子供みたいに見えて笑えた。
「何だこれ、未来ってすごいんだな。とりあえず、俺、何かお前気に入った。今日から俺たち友達な翔太郎。また会おうぜ。お前んち、どこだ?」
「ここにはなさそう」
「は?やっぱり変わったやつだな。行くところないなら、うちに来るか?」
「う、うん。ありがとう」

鉄雄の家族は、お母さんとお父さんとお兄さん2人、そして妹1人。お父さんとお兄さん2人は、徴兵されて家にいないらしい。鉄雄のお母さんと妹は僕を優しく受け入れてくれた。鉄雄の家はもともと農家で、よその家に比べたら食べ物には困っていないらしい。

僕は、夕食も一緒にさせてもらって、夜は鉄雄と布団を並べた。
「翔太郎、もし本当に未来から来たんならさ、未来のこと教えてくれよ」
「僕は、朝起きてご飯食べて、学校に行く。それから帰っておやつ食べながらゲームして、夕方コテツの散歩に行って、夜ごはん食べて風呂入って寝る。どう?」
「何か普通だな。コテツって何だ?」
「コテツは僕の唯一の親友なんだ。犬だけど」
「親友いないのか?」
「まだ出会ってない、かな」
僕はすごい眠気が来て、うとうとして鉄雄の声が少し聞こえる。
「そっか。翔太郎、未来ってさ、戦争ないのか?」
「…」
「なあ、日本は勝ったんだろ?」
「…」
「なんだよ、寝たのかよ…」

静かな夜を過ごして、朝が来た。
僕は、これは夢ではないのかも知れないと思いはじめた。夢でも寝て、朝が来るって、そんなことあるか?

スマホの充電は翌日には切れてしまって、使い物にならなくなった。

僕は毎日毎日、鉄雄と家族と共に過ごした。畑の仕事を覚えた。普段、土を触ったりすること、全然していなかったから、気持ちが良かった。リアルどうぶつの森って感じ。

あるときは、防空壕の中でも過ごした。僕はゲーム感覚だから、本当に爆弾が落ちてきて死んじゃうとも思えない。リアルぽいけれどゲームな体験だと思っている。
やっぱり長い夢の中なのだろうか。

何か表が騒がしい。外に出てみると、鉄雄と鉄雄のお母さんが、近所の人と言い合っていた。どうやら僕が敵の国のアメリカ人の子供で、その子供にご飯を食べさせたり世話をしていることに対して色々言われている。日本人に食べ物が足りていないのにって。

僕は、この時代に来て、鉄雄達以外の誰かに接したわけではないのだけれど、畑仕事を手伝ったりしているところをたぶん見られているんだ。僕の見た目は、やっぱり皆とは違う。

鉄雄は僕が見ているのに気づいて、鉄雄は肩を怒らせたまま何も言わず、家の中へ入っていった。僕は、ここにいると鉄雄たちに迷惑をかけてしまうのかもしれない。 

僕は、少し外を歩いた。どこに行くあてもないから、木陰に座り込んだ。これからどうしたものか。なんでこんな時代にいるんだろう。どうせなら、もっと昔、そうだな、平安時代とかに行ってみるのも良かったな。

夏の日差しがじりじりと地面を照りつけて暑い。体操座りした僕の目の前を、ありの行列が一列になって歩いている。兵隊みたいに列も乱さずみんな小さくて黒くて、おんなじ格好。どこに歩いて行っても、そう遠くへは行けない小さな働き者たち。
僕は、大きな石を、列の途中にずずっとすべらせて行進のじゃまをした。ありの兵隊たちは、右左にごちゃごちゃしたけれど、そのうちに、石をよけながらまた列になって進んでいっている。

どれくらい時間が経っただろう。鉄雄が僕を探しにやってきた。
「こんなところにいたのか」
「うん。ごめん、僕がいない方が良いかなって考えてた。僕はお父さんが日本人で、お母さんがアメリカ人なんだ。だから、見かけがみんなと違って、学校でも仲間はずれされたこともある。だからひとりぼっちも慣れてるんだ。鉄雄やお母さんに迷惑かけられない」
「翔太郎、お前は日本とアメリカどっちの味方なんだ?」
「僕は日本人だし日本が好きだ。でもお母さんの国も好きだよ。お父さんの仕事の関係で僕は5歳までアメリカに住んでた。仕事とか旅行で世界中を行き来できる時代なんだよ。僕の時代は、日本は戦争していなくて、日本人は平和を望んでる。僕らは、敵とか味方とか、そんなんじゃなくて、人の命を人が簡単に消しちゃだめだと思うんだ。でも、世界のどこかでは戦争が繰り返されるし、国の関係って複雑みたいなんだけど」
「アメリカ人のお母さんはどんな人なんだ」
「鉄雄のお母さんみたいに優しくて、明るくて。日本の料理を頑張って覚えてるし、お母さんのごはん、美味しいんだ。日本の子供達に英会話教えていて、みんなのお母さんて感じかな。とにかく日本が大好きなんだ」
「ごめん」
鉄雄は急に謝った。
「さっき、俺は翔太郎がアメリカ人に見えて、スパイの子供かもしれないと疑ってしまった。そして、翔太郎の荷物をのぞいてしまったんだ」
「良いよ別に。学校の勉強道具だけだったろ」
「ああ…。ただの小学生」
鉄雄は、らしくないような、いつもの強気が無い。
「俺は、大人になったら立派な兵隊になって日本を守るんだ。でも、翔太郎の時代に生まれたら、兵隊になっても役に立ちそうにないな」
「一緒に僕の時代へ連れて行きたい、空襲警報とかにびくびくしない毎日だよ」
「翔太郎のいる日本は良いところか?」
「鉄雄も気にいると思うよ。空から爆弾が落ちてくることもないし、物も食べ物も何だってそろってる。大人達は忙しく働いていて、子供達も学校や習い事に忙しいんだ。僕はまだちゃんとした将来の夢もないけどね。頑張ったらみんな夢が叶えられるんだ」
「良かった。日本は、ボロボロになってしまうけど未来があるんなら」

鉄雄は何か様子がおかしい。鉄雄がのぞいたランドセルの中には…。もしかして、見てしまったんだろうか、僕の歴史の教科書を。

「畑の仕事は今日はもう終わり。ちょっと散歩しようぜ」
だいぶ歩いたところで、ふと懐かしい感じがした。
「あっ」
僕は思い出した。この神社…
「翔太郎、どうした?この神社には神様がいて土地を守ってるんだぜ」
「僕はここから来た気がする」
「お前、神様かよ。ほんと、面白いよな。あ、未来人だったもんな。忘れるところだった」
鉄雄が笑うから、僕も笑った。

鉄雄は僕を本当に未来人と思ってるんだろうか?それともちょっと変わった外国人っぽいやつと、タイムトリップごっこでもしているんだろうか?

境内に入ると、大きな木が僕たちを取り囲んだ。僕たちは、その中でもひときわ目立つ、強そうな木の前に立った。
「この神社の楠木でかいよな。未来はもっとでかくなってるか?」
「うん、しっかり生えてるよ。今と変わらない」
「そうか、この木を俺たちの友情の印にしようぜ」
僕らは鳥居の前の石段に座って、語り合った。
僕は鉄雄に出会えて良かった。戦争なんてやってる時代でなければ、本当にもっと良かった。

戦争をしているなんて思えないほど、今日の夕日は真っ赤で綺麗だ。太陽がだんだんと海の向こうに半分見えなくなってきて、空も紫や青やピンクが混ざってまるでしゃぼん玉の中のゆがんだ虹みたいだ。いや、僕の視界がゆがんでいるみたい。
「お、おい翔太郎、身体が薄くなってるぞ」
「えっ」
自分の脚から地面がが透けて見える。映画とかでよくあるやつだ。
僕は鉄雄の手をつかんだ。いや、つかめない。何で夢なんだよ、急すぎるよ。
「翔太郎・・・」
「鉄雄、一緒に行こう、連れて行きたい」
「翔太郎、俺は母さんや妹を父さん兄ちゃん達の代わりに守らないといけないんだ。日本人として負けられない。この時代を生きるから、あと少しだとしても残る」
「あと少しだなんて。死ぬみたいなこと言うなよ。いなくならないでくれよ。鉄雄、置いて行きたくないんだ、僕につかまってくれよ」
「いなくなるのはお前だろ?親友、ひとりじゃないぜ、お互いに生き…」
鉄雄の言葉はそこで消えた。

僕は、目が覚めた。どこなんだろう。
「ショウ」
お母さんの声がした。
「良かった、目が覚めたのね」
「僕、何で?」
「あなた、神社で倒れていたのよ。宮司さんがあわてて連絡してくれて。病院まで運んでもらったのよ。熱中症だったみたい」
「鉄雄は?」
「コテツは家よ」
「違うんだ、僕くらいの年の男の子だよ」
「ショウ、あなただいぶうなされてたわ、夢を見ていたのじゃない?」
やっぱり夢だったのか…。長かった。

もう、向こうは8月9日を迎えてしまったかも知れない。何もかも一瞬で消えてしまったのかも知れない。
鉄雄はどこかで無事だろうか、お母さんと妹さんと一緒だろうか。

生きて8月15日を迎えただろうか。

それから、僕はまた普通の毎日が始まった。通学路の木々は蝉の大合唱で暑苦しい。

学校から帰って、コテツの散歩がてらに神社に行った。今日の神社は、何か怖くない。境内の樹々は風が吹いてザワザワと葉を揺らしている。
僕は一礼して鳥居をくぐって進んだ。この鳥居は片脚しかない。

宮司さんが手招きをしている。
「少年、元気になったか」
「はい、ありがとうございます」
「そうそう、これ、君のだろう?掃除していたら拾ったんだよ、中を見てしまったよ。すまんね、翔太郎くん」
宮司さんは、優しく笑っている。手渡されたものは、僕が七夕に書いてクシャクシャに丸めた短冊だった。しわが伸ばされて折ってある。開いてみると、僕の字が書いてあった。

〈親友ができますように 山口翔太郎〉

そしてその横に…力強く書いてあった。

〈オレが人間の親友1号だ 武藤鉄雄〉

「鉄雄…。字、下手くそだな」

僕は楠木を見上げると、楠木の大きさに泣けてきた。
「この楠木は、原爆の被害を受けたにも関わらず、生き続けて、緑を取り戻したんだよ」
宮司さんが教えてくれた。

コテツも僕の横にちょこんと座って鼻をクンクンさせている。
「テツ」
僕はコテツを抱きしめた。風が吹いて、楠木の葉はサワサワと風に揺れている。

夏の青空に、ひと筋の飛行機雲がすーっとのびていった。


*****


 シャリ、シャリ、シャリ・・・ 

敷き詰められた石の上を歩いて近づく足音がする。
「こんにちは!もしかしてあなた翔太郎くん?」

僕は涙を拭いて、声のする方を見ると、麦わら帽子の女の子が立っている。

「そうだよ、君は誰?」
「ひいじいちゃんの言ってた事って、本当だったんだ。私は武藤友愛。よろしくね」





あとがき…

一昨年に、書いた童話の楠木の神社が実在していて、驚いた私です。
物語自体はフィクションです。

書き終えて、ネットで長崎の神社を調べたところ、ここだ!という場所があったのです。
ほんとうに不思議な奇跡的な体験でした。

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