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ジョニーベア【10】2600文字

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【10】孤高の戦士 ジェロベア 後編
「俺が生まれた時、
おふくろのお乳が出なかったんだ」
ジェロベアは右肩のキズを押さえながら
話しをはじめました。
「それでおふくろは人間の動物だった
ウシに頼みこみに、寒い冬だというのに
毎夜広場に通ったのさ。
そしたら、年老いたウシがよ、
『私のお乳でよかったら
いつでもこの広場にいらっしゃい』
と言ってくれたのさ。
その日以来広場にあるウシの囲いの片隅で、
俺はお乳をもらっていたんだ。
ある夜のことだよ、
手に光をもった人間が
ウシの囲いに現れたんだよ。
おふくろは人間に気づいて、
俺を守ろうとウシの前に立ちはだかったんだ。
そしたらだよ、
“ダン、ダン、ダン、ダン、ダァーン”
おふくろは人間が放った鉄の玉に撃たれて、
俺の目の前で死んでいったよ。
あいにく俺はウシの乳の下にいて助かったんだ。
おふくろが俺の目の前に倒れて言った、
最後の言葉は忘れられないさ。
『坊やゴメンね。
私のおっぱいがでなくてごめんね。
しっかり大きくなるのよ』
それが最後のおふくろの言葉だよ
一生忘れられない悲しい言葉さ。
一生忘れられない優しい言葉さ」
ジェロベアはキズを押さえていた腕を
ダラリと垂らすと瞳に悲しみを湛えて、
地面の一点を見つめていました。
そして肩を震わせて
頭を左右に振りながら言いました。
「何故だ。どうしてだ。まったく分かんねぇよ。
俺たちが何をしたっていうんだ。
人間たちはよ、
ウシたちから好きなだけ乳を取ったり、
ウシを食ったりしているのによ。
俺らクマだってこの森に生きているんだよ。
人間は自分らの好きなようにお構いなしだ」
ジェロベアは眉間に険しいシワを寄せて顔の前で拳を握ると、
「俺はそんな人間が許せない。
俺は人間が憎いのだよ」
ジェロベアの話を聞いて、
ジョニーベアはママベアとの別れの話しと重なりました。
そしてジョニーベアはジェロベアに
ママベアとの辛い別れ話しを打ち明けました。
「そういうことか、ジョニー君。
それなら君も分かるだろ。この俺の深い悲しみと憎しみを」
ジョニーベアは胸が締め付けられるほど
ジェロの気持ちが分かりました。
ジョニーベアも人間達に傷つけられた心が
癒やされることは決して無かったのです。
そしてジョニーベアもまた、
ジェロベアと同じように人間を憎んでいました。
けれど、憎しみ以上にママベアとの約束を大事にしていました。

“立派なクマになる”

憎しみが癒えることは決して無い。
けれどジョニーベアは憎しみを乗り越えて
立派なクマになる。
それがママベアと約束したことであって、
立派なクマになって、
楽園森を見つけて森のみんなに知らせる。
それこそがジョニーベアが
心に強く思うことでした。
 
ジェロベアの元には、
人間に襲われて親兄弟を失い、
悲しみの恨みを募らせた仲間が集まりました。
そして幾度となく人間に戦いを挑んでいきましたが、
仲間たちはことごとく鉄の玉や
鋭い歯を持ったワナの餌食となっていきました。
やがてジェロベアの元に集まるクマもいなくなり、
今ではジェロベア一匹になっていたのでした。
それでもジェロベアはたとえ最後の一匹となったとしても、
人間に戦いを挑んでいたのでした。

「人間は僕ら森の動物と暮らせないのかな」
ジョニーベアがそう言うと、
ジェロベアはせせら笑って答えました。
「それは到底無理な話しさ。
クマと人間の生き方が違いすぎる。
いや、クマだけじゃない。
人間はどんな森の動物とも
暮らすことはできない。
人間の餌食になるのは、
クマだけに限ったことじゃないんだ。
シカもイノシシもタヌキもイタチもキツネもウサギも、
人間の目障りになれば鉄の玉や鋭い歯でやられてしまうのさ」

ジェロベアはさらに続けました。
「かつてオオカミという森の動物がいたんだ。
彼らは狩りの天才で、よく群れをなして人間に囲われたヤギやらウシをハンティングしたものだった。そのあまりにも美しく見事なハンティングが人間には目障りだったんだろう。それでもオオカミたちは逃げることはしなかった。オオカミ達も最後までオオカミとしての美しい生き様を貫いたんだ。
そして一匹残らず人間にやられてしまった。
もうこの森にオオカミはいなくなってしまったんだ」
ジェロベアはそこまで言うと深いため息をつきました。

「いつか俺たちクマもやられてしまうだろうって事も分かっている。
けれどクマである以上、クマにだって生き方があるんだ。
俺等だってこの森にいるんだ。
他に行かれるところなんて無いのさ。
俺たちが生きる全てはここにしかないんだよ」
ジェロベアがそう言うと、ジョニーベアが答えました。
「僕はクマのいられる森もあると思うのです。
人間達がいない森があると信じています」

 ジェロベアはそれを聞いて何かに気づいたようで、耳をピンと立てました。
「ほほぉ、それは北のどこかにあるという楽園森の事かい?。
ジョニー君、君は北を目指しているのかい?。
なるほどそういう事か。君は楽園森を信じているんだな」
「はい、信じています。その楽園森のメッセージを夢に見たんです」
「その道もある。俺とは違う道だ。
しかし俺とは違う道だろうけど、俺たちの思う事は同じだよ。
悲しみは決して癒えることなど無いが、
俺たちがいられる場所はどこかにあるはずだよ。
俺はここの森で生きる道。君は楽園森を探す道。
どこかにあるその楽園森を見つけてくれよ。
見つけた時はフクロウを飛ばして教えてくれ。
君がたどり着いてくれたら、俺も楽園森を目指してみるさ」
ジェロベアはそう言うと立ち上がり、
ほら穴の奥から干した鮭を持ってきました。
 
「またキズが治ったら、戦いに出るのですか?」
ジョニーベアが聞くと、ジェロベアは鮭を齧りながら答えました。
「あー、この体が動く限り俺は人間に挑み続けるさ」
「ジェロさんは強いですね」
「俺が強い?、いつも負けてばかりさ。
それよりもまだ見ぬ夢に向かって歩いている
ジョニーくんの気持ちの方が強いと思うぞ」
「僕が強いのですか?」
「君と俺は進む道こそ違えども、その先に見ている景色は同じだよ。
本当の強さは心なんだよ。君はその強い心を持っているよ。
それじゃなかったら、憎しみを超えられないさ。
俺は憎しみの中でもがいているのさ。
俺はここでもがく事しかできないんだよ。
でも黄金色に輝く君はちがう。
君は悲しみを超えて、新しい道を歩んでいる。
俺たちの動物の楽園森を見つけ出してくれる
英雄のクマに違いない、俺が保証するよ。
俺はそんな英雄のクマに出会えて光栄だよ」
ジェロベアはそう言うと、豪快に笑って、干し鮭を頬張りました。
 
―――つづく―――


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